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連邦魔獣戦役クロード-よみがえる刃-  作者: てんたくろー
第一章・錆び付いた刃
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彼に何が起こったか

 昨年夏、王国は南西部地域を舞台に、亜人の一団による大規模なテロ事件が勃発していた。謎の秘密結社『オロバ』が画策した『プロジェクト・魔剣』が発動し、多種多様な亜人たちが群れを成して地域を脅かしたのだ。

 

 『人間の進化』を目的として行われたそのテロにおいては、魔剣と呼称される兵器が重要なファクターとなっていた。使用する度に人間の身体を強化改造するその魔剣を以て、組織は何人もの人間を魔剣士として見出だし、お互いに殺し合わせたのである。

 

 生き延びた先に魔剣士の『進化』が行われること、そして魔剣そのものをも精練させることを目論んでの一大騒動。

 対する人間たちも『剣姫』『疾狼』『タイフーン』『翔竜』『凶書』などの著名な冒険者たちが一堂に会してこれに抗った。邪悪なる『オロバ』の好きにはさせまいと、亜人たちと魔剣士を相手に果敢に挑んだのだ。

 

 果たして『プロジェクト・魔剣』は鎮圧された。前述した冒険者たちの奮闘に加え、アインという若き天才剣士が中心的な活躍を見せたことにより、首謀者のワーウルフ・バルドーを打ち倒して王国南西部を護り抜いたのである。

 この功績を以てアインは今や、史上最年少のS級冒険者『焔魔豪剣』として各地で活躍している。新時代を切り開く焔の英雄……そのような名声と共に。

 

「新たな時代の希望の焔。ずいぶんと大成してみせたものだ……かつて貴様が望んだ立ち位置に、奴が着いたわけだな。どんな気持ちだ、負け犬」

 

 リムルヘヴンが嘲りの笑みを浮かべ、言葉の刃を飛ばした。ゾッとする程に冷えた声音が、連邦の寒さより辛いものにミスティには思える。

 現在クロード、リムルヘヴンとリムルヘル、ミスティにアヴリルが屋敷の応接間にいた。さしあたり落ち着いて話をしたいというので一同集ったのであるが、今しがたのやり取りのようにリムルヘヴンがクロードに挑発的な言動をしているため、空気は中々に冷え込んでいる。

 しかしてそれを直接受けたクロード当人は、眉ひとつ動かさない。死んだ目、澱んだ瞳で呟くのみだ。

 

「何も……負け犬どころか俺は死人だ。死んでないだけのな」

「……ふん。ずいぶん腑抜けたものだな、私とアインを相手取り、しかも互角に戦った化物が。どういう心境の変化だ」

「俺なんてどうせ、お前の言うような虫けらだって分かったまでだ。いや虫けら以下だ。ゴミで、クズでウジ虫でどうしようもないカスで──」

「……何だ、こいつは」

 

 ぶつぶつと己をいたぶる言葉を吐き連ねるかつての難敵に、挑発したリムルヘヴンは呆気に取られた。半年前とはすべてが違いすぎる──容姿どころか言動、人格すらも変わってしまっているではないか。

 あるいは別人か? 一瞬過った考えだが、それはないとすぐに否定する。たしかに見た目は変わっているが感じる気配の濃さはまさしく、かつて風の魔剣士として『オロバ』に与した人間の敵、クロードのものだ。

 

 恐るべき剣士だったと、密やかに思い出す。当時アインが炎の魔剣、リムルヘヴンが水の魔剣を用いていたのだが、クロードもまた風の魔剣なる兵器を振るっていた。それも二人よりも早い段階で性能をフルに発揮し、あまつさえ複数の機能を同時平行して扱うという離れ業までやってのけた、紛れもなく魔剣騒動における最強の敵だったのだ。

 一度はアインもリムルヘヴンもそれぞれ敗北し、二人力を合わせての決戦にてようやく互角に戦えた程の相手。戦いの最中アインが覚醒し、炎の魔剣のフルパワーを行使できるようになっていなければ確実にまとめて殺されていただろう。亜人のリムルヘヴンから見ても怪物的な実力を持っていた、それが半年前のクロードだ。

 

 ところがそんな男がどうしたことか連邦などに流れ着き、挙げ句このような、成れの果てとしか表現しようのない状態に落ちぶれている。

 まさか一度きりの敗戦でここまで堕ちたというのか。あり得ない眼前のクロードの姿に、思わず敵意も忘れてリムルヘヴンは呟いた。

 

「貴様、何があったのだ……半年前とでまるで別人ではないか」

「え……リムルヘヴンさん、本当なの? クロードさん、半年前はどんなのだったの?」

「あ、ああ……たしかこう、もっときっちりしたような神経質そうなガキだったはずだ。それにここまで暗くもなかったし、何なら無駄に自信に溢れていた」

 

 ミスティの問いにも素直に答える。リムルヘヴンはリムルヘヴンで、半年前とは大分、様相が変わっていた。

 半年前の魔剣騒動まで、彼女は人間を憎み嫌っていた。ヴァンパイアとしての誇りに過度に飲み込まれていたがゆえに、己が種族以外のすべてを見下していたのだ。

 

 それがクロードとの戦いの中、人間でありながらも果敢に難敵へと挑むアインを認めたことに端を発して徐々に、彼女も変わっていった。騒動後王国から連邦へと遠征の旅に出、人間のありのままに触れ、少しばかりだが色眼鏡を外すようになったのである。

 ゆえにミスティのような幼子にも柔らかな表情で答える。かつてならば邪険にしていただろうことを考えれば、これは相当な成長と言えた。

 

「『英雄』になるのだとか抜かしていたな。もっともその実、特定個人への嫉妬ややっかみで動いていたようだったが。そうだろう? 負け犬」

「『英雄』? クロードさんが、そんなことを」

「……嗤えよ。思い上がった挙げ句に暴走して地獄に堕ちた、下らないゴミがこの俺だ」

「クロードさん……」

 

 過去のいくつかを暴露されてなお、クロードに変化はない。怒りも悲しみも憎しみも何も、虚無の彼方に失せている。錆び付いた心は軋みひとつあげず、ひたすらに自身を痛め付ける。

 愚かだった過去の自分。死人となった現在の自分。そしていずれは誰かに殺されるのだろう、未来の自分。それらすべてが報いなのだ。邪道に堕ちた人でなしが歩むべき、終わり無き地獄。

 

 ミスティとアヴリルが、気遣わしげにクロードを見る。詳しい事情は分からないが、彼女らにとり過去はどうあれ今現在の彼は恩人だ。そんな恩人がかつての行いに苦しみ絶望し、そうして今こうなってしまっているのを見て、胸が痛むのは当然のことだ。

 たとえ悪事を為したにせよ、ここまで自己否定に走ってしまう必要があるのだろうか。特にすっかりクロードに入れ込んでいるミスティが強くそう思うのも知らず、彼は自虐を重ねる。

 

「俺なんてどうせ、生まれてきたのが間違いなんだよ。最初から死んでた方がマシだったんだ、俺は──」

「半裸ちーんにダーイブ! ヘルちゃんボデー・アターッ!!」

「──あん?」

 

 ぶつぶつと呪詛を吐き続ける男に、突然リムルヘルが飛びはねて全身での体当たりを仕掛けた。まったく予測不可能なタイミングにミスティもアヴリルも、双子のリムルヘヴンでさえも反応できなかった謎の突撃。

 しかしてそれをクロードはただ一人反応した。即座に身を翻して体をずらし、彼女を回避したのだ。必然、ソファに埋もれるリムルヘル。

 

「わぷーっ! 避けられちった、カウントスタート! 1ヘルちゃん! 2ヘルちゃん! 3ヘルちゃん、カンカンカーン! ヘルちゃん大勝利ー!」

「いきなりどうしたのだ、ヘル……しかも今のでなぜ、お前が勝つ……」

「半裸ちんに勝ったぜヘルちゃんいぇーい! ご褒美欲しいなー半裸ちん、何ぞおくれやふーぅ」

 

 まったく意味も意図も分かりかねる行動を取る妹に、姉のリムルヘヴンも首をかしげる。リムルヘル……姉に比べて快活で天真爛漫と言っても良い朗らかな美少女だが、むしろ言動は理解不能な奇怪なものが多い。

 唐突に謎の行為に走ったリムルヘルを見るクロード。彼女とも、多少の因縁がある彼は少しばかりの心の軋みを感じながら、それでも冷淡に、無感情に告げた。

 

「何だ、てめえは」

「ヘルちゃんはヘルちゃんだよー? 忘れちったのかなしー! 慰謝料としてー、ヘルちゃんの頭撫でてー?」

「……おい、こいつイカれてんのか」

「我が妹ながらそう言いたくなる気持ちは分かるがな……貴様風情に言われると腹が立つのが複雑なところだ」

 

 率直に暴言を吐くクロードを、しかし否定もしがたく苦い表情でリムルヘヴンは応える。腑抜けた虫けらなどに愛する妹を悪し様に言われるのは不愉快だが、さりとて客観的に見て今の行動は一際意味不明だ。

 半年前の一件にてリムルヘルとてクロードに、思うところはあって然るべきなものをなぜこうも無防備なのか。姉としてそれが理解できない。

 

 ともあれクロードは息を吐いた。どうでも良いことだった……死人がどうなろうと、死人自身とて構うことなどないのだ。

 ぼやくように呟く。

 

「ふん──どうせ俺なんか、頭おかしいのに絡まれるのがお似合いなんだ。そこのガキと言い、マッスルと言い」

「私!? それにマッスルさんもおかしいだなんて酷いわ、クロードさん!」

「何の力もねえのに当てもなく野外をうろつくなんざ、頭おかしい以外に何があんだ。あのふざけた研究ババアもろとも、お前らまとめておかしいんだよ。自覚しろ」

「う、ううっ……!?」

 

 抗議したものの思っていたよりもずっと正論で言い返されて、ミスティは思わず言葉に詰まる。たしかに、今になって冷静に判断すれば、あの時の自分はどうかしていた。それは10歳と未だ幼い彼女ですら分かることで、クロードからしてみればまさしく頭のおかしな行為だったのだろう。

 いや彼だけでなく、母アヴリルまで否定しがたいと少女を見据えている。何ならリムルヘヴンも呆れたようにこちらを見ているのだし、ますます居たたまれなさが募る。

 唯一リムルヘルだけが陽気に明るく、ミスティの元に跳ね寄っては抱きしめて高らかに言った。

 

「うっぴょーん仲間増えたうぇーい! ミスティちゃまうぇーい、うぇーい!」

「う、うぇーい? え、仲間なの私たち……」

「筋肉さん? も一緒に三人まとめて『ヘルちゃんズ』ー! ヘルちゃん一号、うぇー! ヘルちゃん二号!」

「二号!? う、うぇええ?」

 

 いつの間にかよく分からないこの女の、後続か何かにされようとしている。幼い背筋に戦慄が走った。

 このままでは何やら恐ろしく不名誉な何かに仕立てあげられる気がする。そんな思いから抱きしめるリムルヘルから逃れようと身をよじるもやはり亜人、まるでびくともしない。

 見かねてアヴリルが制止をかけたのだが──

 

「あの、娘によく分からないポジションを宛がわないでいただけると助かるのですが……」

「おりょりょ、四号出現? ちなみに暫定三号は筋肉さんなので悪しからず」

「あ、いえ。私は遠慮しておきます。巻き込まないでください」

「お母様!?」

 

 あっさりと梯子を外し、生暖かい目で娘を見やった。いかに母とて保身に走ることもあるのだ。

 ショックを受けるミスティを今度こそ見かね、リムルヘヴンが深くため息混じりに止めるまで、そうしたやり取りは続いた。

 

「そもそも一番頭おかしいのはそこの半裸だろう、間違いなく。服装からして次元が違うではないか」

「がーん! ヘルちゃん敗北、がっくしー……」

「……どうせ俺なんか、頭のおかしな奴よりおかしいんだ。俺なんてどうせ」

 

 最終的にはクロードが最もおかしい、という落としどころにして、ひとまずミスティは助かったのであった。

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