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連邦魔獣戦役クロード-よみがえる刃-  作者: てんたくろー
第一章・錆び付いた刃
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帰途

 連邦領は現在、異様な事件が多発している。失踪事件──老若男女の隔てを問わず、行方不明者が続出しているのだ。一年程前から徐々に明るみになってきた謎の失踪者の数は、今月までに100人を超えようとしている。

 これは言うまでもなく異常であり、連邦を統括して治める連邦政府も事態の解明から解決に向けて特殊チームを結成、捜査に乗り出してはいる。

 

 とはいえ戦後の混乱から亜人によるテロリズムなどでそもそも領内全域で治安が確保できておらず、経済的にも今を乗り切ることで手一杯という現状においては一向に状況が好転する兆しを見せていないのが実態だ。

 つまるところこれからも失踪者は続くのだろうというのが連邦に住まう大多数の認めるところであった。

 

 そして。

 商家の娘として生まれ育ったミスティが、たった一人で亜人のうろつく危険な外界へと飛び出していたのは、その失踪事件が関係していた。

 

「一月前にね。パパが……いなくなっちゃったの」

「貴女のお父様が?」

「うん。書きかけのお手紙とか、開きっぱなしのインクの瓶とか、飲みかけのコーヒーとか。そんなのを全部置いたままどこかに消えて……保安の人が言ってたわ。『例の失踪事件だ』って」

 

 力なく呟くミスティは、不安を押し殺すように胸に手を当てている。突如姿を消した父親への不安や恐れ、再会への希望。そうした心境の入り交じった、年に似合わぬ重苦しい表情だ。

 ドクター・マッスルが気遣わしくその背を撫でるのを微笑んで受け入れつつも、少女のこれまでが語られていく。

 

「ママはショックで寝込んじゃうし、商いはスタッフの方々に今はお任せしてるけど、いつ限界が来るかも分からないし……だったらパパを見付けないとって、それで」

「外に出たわけね。ずいぶんと無謀だけど、気持ちは理解するわ。保安の特別捜査チームも、あまり動きが迅速とは言えないし」

「居ても立ってもいられなかったの。パパがいなくなって初めて、パパがいてくれたお陰で幸せだったんだって、分かったの……っ」

 

 心中を吐露していく内に諸々感極まったのか、目が潤み泣き出していく。気丈でもやはり10歳程のミスティには、ここ最近のすべてがストレスだったのだろう。それがこうして言葉にすることで、涙腺が決壊したのだ。

 失って初めて気付くもの。ドクター・マッスルにも当然覚えのある感覚だ。思い遣り、少女を優しく抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫よ。良く今まで頑張ったわね。大丈夫、大丈夫……」

 

 このような年端のいかない少女を、こんな風に泣かせあまつさえ、絶望などさせてはいけない──そう考え、クロードを見る。椅子に座り足を組み、だらけた態度でいる彼は話を聞いているのか聞いていないのか一見しては分からない。

 だがドクター・マッスルには分かっていた。海岸に流れ着いて死にかけていた彼を拾ってから半年、とにかく陰鬱で自虐的な自暴自棄男だが、彼の根底にあるのは善良さだ。今は色々あってやさぐれているが、きっと、何だかんだと為すことは正しさなのだろう。

 信頼を込めてクロードを見る。視線から何かを察したか嫌そうに顔を歪める彼に微笑み、ドクター・マッスルは告げた。

 

「クロード、貴方ミスティちゃんのお父様を探してあげなさいな」

「言うと思ったぜババア……てめえでやれ。俺は忙しい」

「『殺されるまで殺すこと』にかしら? 冗談じゃないわよ。そんなことのためにその剣を渡したわけじゃないこと、貴方もよくよく承知のはずよね?」

「…………『組織』が関わってるってのか、そのガキに」

 

 拒否したいクロードだが彼女相手には分が悪いようで死んだ瞳を反らしていく。さすがに命の恩人、かつ戦うための武器を用意してくれた相手には強く出られないのだ。

 苦し紛れに問いかける。かつて鉄塊を受け取る際に交わした約束があった──とある邪悪を追い、討ち果たすこと。その一環で彼はこれまで、亜人を相手に連日戦い続けてきた。無論ながら今しがたドクター・マッスルの言った通り、いつか殺されるまで戦いたかったという自殺願望めいた側面もあるが。

 

「本当に『組織』の仕業なのか、そこから疑わしいぜ……連中がこんな、巷でも話題になるような事件を早々に起こすのかよ」

「目的到達までの手順として、それが必要ならば彼らはやるわね、間違いなく。らしい手口だもの……本当に、1000年前から何も変わらない。浅ましい程の執念」

「……ふん」

 

 追い求める邪悪をそのように語るドクター・マッスルの、哀れむような蔑むような、それでいて怒りと恐れをも内包したような表情。並々ならぬ想いを抱くこの様子に、クロードも静かに鼻を鳴らすばかりだ。

 この女の感傷などどうだろうと構わないが、かの『組織』が関与しているというのがどうやら真実味を帯びてきた、そちらは見過ごせない。

 

 ミスティを見る。未だ泣いているが、それでも期待の瞳でこちらを見ている。正直なところ、戦う以外のことを求められたとて困るだけなのだが、さりとてドクター・マッスルがすっかり絆されているようで肩入れしているのだ、無下にもできない。

 はあ、とため息を一つ。そっぽをむいてぼそり、一言だけ彼は告げる。

 

「……家で大人しくしてろ。その内てめえの親父なり何なりと、首根っこ掴んで突き出してやる」

「! クロードさん!!」

「ちっ……死人が人助けかよ。嗤わせやがる」

 

 喜色満面の少女に、舌打ちしながらも。

 クロードは結局、彼女の父親探しに協力することとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、調整は終わり。返すわよクロード」

 

 ドクター・マッスルの家、散らかり放題ゆえに決して居心地の良いとは言えないリビングにて居座ること一時間程。その間ミスティの他愛ない話を右から左へと受け流していたクロードであったが、渡していた鉄塊が返却されてようやくかと立ち上がった。

 呆れたように彼女は言う。

 

「相変わらず貴方、これの力をほとんど使わずに亜人と戦ってるのね。本当に出鱈目だわ」

「使うまでもねえ連中ばかりだからな。鉄屑振り回してるくらいでちょうど良い」

「滅茶苦茶ね……貴方本当に人間?」

「くたばり損ないのゴミクズをそう呼ぶんなら、そうなのかもな」

 

 鉄屑を背負い答える。淡々とした自虐の言葉からは、凡そ生気を感じられる要素がない。ポジティブの欠片もない、陰鬱な物言いばかりだ。

 ミスティが眉を潜め、率直に告げた。

 

「クロードさん、自分のことをそんな風に言うのは良くないわ! クロードさんが可哀想よ!」

「下らねえとこに噛みついてんじゃねえよガキ、てめえはてめえのことだけ気にしてろ」

「イヤ! 貴方は私の恩人だもの、そんな貴方を馬鹿にするのは、たとえ貴方でも許さないわ!!」

「めんどうくせえ……」

 

 真っ直ぐな瞳で見つめる少女の、すべてが彼には鬱陶しい。深い闇の底に堕ちた己などにわざわざ、何をそんなに気にかけるのか。

 まるで理解できずにクロードは歩きだす。去り際ドクター・マッスルと、軽く言葉を交わして。

 

「……いい加減、こちらから打てる手はねえのか」

「残念ながら。とはいえ『プロジェクト』や『ミッション』がそれぞれ発動したのだから、『オペレーション』が本格的に始まるのはそう遠くないはずよ」

「ちっ、まだるっこしい」

「『プロジェクト』? 『ミッション』? ……『オペレーション』?」

「何でもないわ、ミスティちゃん。こっちの話、こっちの話」

 

 疑問符を浮かべるミスティに、ドクター・マッスルが笑いながら誤魔化す。何やら自分の知らない何かについての話のようで好奇心を掻き立てられたものの、さすがに恩人や抱きしめてくれた素敵な女性を前にそのような、不躾な詮索を続けることはできない。

 仕方なしにクロードの後ろを付いて外に出る。最後にドクター・マッスルに向けて一度、頭を下げてから彼女は犬二匹を伴い、厳冬なる連邦の野外へとでたのであった。

 

 外は森の中、降り積もる雪が延々と変わらぬ白銀の世界を広げ続ける。気温も当たり前のように低く、先程までの温もりと落差が激しい。

 

「クロードさん、今更だけれどそんな格好で寒くないの? 『半裸の奇行士』だからって、風邪引いちゃうと思うの」

「黙れ。いくら死人でもそんなふざけた渾名を看板にしているつもりはない……暑いからこうしてんだ。ほっとけ」

「あ……暑い!?」

 

 今更ながらクロードの、薄着を通り越したファッションに心配の声をあげれば、信じがたい返事が帰ってきた。思わず叫び、ミスティは数秒、じろじろと彼を見る。どう考えても暑さとは無縁の格好だ。むしろ寒さしかない。

 怪訝に、恐れすら抱きながら彼に問う。色々と不可思議な点の多い男だがこれだけは別格だ、まるで意味が分からない。

 

「……その、何かお身体に差し障りだなんてあったりするのかしら。失礼なのは重々承知しているけれど、あの」

「ガキが知る必要なんざねえ。さっさと町に行くぞ」

「う、うん……その、ごめんなさい」

 

 身の上について一切、話すつもりのないクロードの完全なる拒絶。当たり前と分かってはいても彼を知ることのできない自身への失望に、ミスティの胸は痛む。それでも彼が歩き出したのだから、一緒に帰るべく彼女は犬ぞりを走らせて後へ続く。

 

 来た道を戻り森を抜ければ、辺りはそれなりに日が傾いている。ここから町までは精々一時間程、本格的に夕暮れるまでには辿り着けることだろう。

 ふと、そこでクロードは考えた。この場合、外でミスティを保護した、と事実はそうなのだが……こんな自分だ、果たして信じられるものか。下手をすれば誘拐犯、最悪の場合失踪事件の犯人扱いすらされかねないのではないか、と。

 

 死人めいた脳裏に浮かぶ、社会的な最期。捕縛され周囲からの憎悪に晒され、犯罪者のレッテルを張られる己の末路。

 想像するだけでも地獄だ。すっかり死んだ瞳を更に澱ませ、彼はぼそりと呟いた。

 

「……どうせ俺なんか」

「……えっ。どうしたのいきなり!」

「どうせ悪いのは俺だよ。俺が全部悪いんだ。雪がこんなに白いのも、空があんなに暗いのも、どうせ俺が。俺なんて、俺なんかどうせ」

「え、ええぇ……?! く、クロードさん!?」

 

 唐突にぶつぶつと呪詛を吐き出した男の、不気味さたるやミスティをして顔をひきつらせる程である。いい加減彼女にも、この男が昔何があったやら恐ろしく後ろ向きになってしまっていることを理解はしていたものの、こうしてそのネガティブさの発露するところを見ると中々に衝撃的だ。

 

「こ、この人……とても想像力豊かなのね。それも悪い方悪い方に考えちゃうのかしら。あんなに強くて、とっても良い人なのに」

 

 それでも彼の人柄、強さに何ら疑うところはないのだと確信している。多少奇怪でも、それを補ってあまりある程に、ずっと見ていたくなる程に魅力的だとも。

 

 ゆえに、ミスティは苦笑いをどこか嬉しそうに浮かべつつも、引き続き犬ぞりを駆ってクロードと共に町へと戻るのであった。

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