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エルゼターニア

『ぐるぁぁぁぁあああああっ!!』

「何じゃこりゃあ、空飛ぶ蜥蜴ぇっ!?」

「半年前にも似たようなのがいたな。アレとは違う奴みてえだが……!」

 

 飛来してきた魔獣の、鳥とも蛇ともつかない異様な風貌とおぞましい威嚇。それを受けてヴァージニアが愕然と叫ぶ中、クロードは半年前を思い返していた。

 魔剣騒動の折、存命だった頃のミシュナウムの手懐けていた化物とよく似ているように思えたのだ。

 

 あの時の化物の同じような代物ならば。クロードは当たりを付けた──炎を吐くだとか、鋭い爪で上空から襲いかかってくるだとか、一筋縄でいかなさそうな手合いだろう。

 雑魚を幾万と相手にするよりよほど、甲斐がある。攻勢魔剣を手に、獰猛に呟く。

 

「ふん、少しはまともなのが来たか。ムーロルーロの前にこいつから血祭りにしてやる」

「待ちなさい、私も──ああもう鬱陶しい! 死ねこらぁぁあっ!!」

『ぐげげっ!?』

 

 新手の魔獣へと、明らかに狙いを定めて臨戦態勢のクロード。彼に先を越されまいとヴァージニアも奮起して、けれど周囲に屯う魔獣の数の多さに苛立ちの叫びをあげながら攻撃する。

 魔獣の数自体は明確に減ってきているものの、それでも遠方からの追撃そのものはまだまだある。少しでもよそ見していればたちまち、二人の処理能力を突破してしまうだろうことは容易に想像できることだった。

 

「デカいのを相手してると数が増えるか。おい『獅子』、てめえだけでこの量賄えるか」

「無理! あんたさっきの『ストライクドライバー』は!?」

「しばらくは使えん。手数不足か、ここに来て」

 

 舌打ちする。ようやくまともな怪物が出てきたというのに、雑魚の処理にかまけざるを得ない現状の歯痒さ。腹立ち紛れに攻勢魔剣を一振り、十体近くの魔獣がまとめて野に千切れる。焼け石に水だ。

 こうしている間にも空飛ぶ蜥蜴は宙を舞っている。向こうもいくらかこちらに興味を示しているようだが、それもなくなれば恐らくは無視して村の方へと出向くのだろう。

 

 そうなればシオンやゴッホレール、カームハルトの三人でどうにか相手をしなければならないのだ。

 それは『クローズド・ヘヴン』の面々には大分、荷の勝つ話だとクロードには思える。であればここでどうにかしなければならないのだが──

 

 いよいよ難局に至り、迷いも生まれ始めたそんな時。

 思わぬところから救いの手は差し伸べられた。

 

「──助太刀します、ヴァージニアさん」

「へ?」

「『ルヴァルクレーク"エレクトロキャプチャー"』ッ!」

 

 突如、横合いから網が投擲され、ヴァージニアに迫る魔獣の群れを文字通り一網打尽に捕らえた。

 電磁の網だ……触れれば人間はもちろん亜人であろうと例外なく麻痺させ拘束する捕縛機能。魔獣さえも当たり前のように、電磁ネットは機能を果たした。

 

 そしてクロードも、ヴァージニアも声の主を見た。一瞬で魔獣の群れを行動不能に陥らせた、恐るべき戦士の姿がそこにはある。

 栗色のポニーテール。小柄な体躯に似つかわぬ豊満な女性的なスタイルも今は、完全に厚着した防寒着に包まれている。素朴な印象の顔立ちながら、美少女と呼べる整った可愛らしいルックス。

 身の丈を大きく越えるサイズの鎌を持ち、悠々たる戦士としての雰囲気を纏っている。実力者なのは間違いない。

 

 先日出会った少女だ。震える声で、ヴァージニアは呟いた。

   

「あ、貴女は」

「間に合った──共和国治安維持局所属、『特務執行官』エルゼターニア! 只今より加勢に入ります!」

「並びにそのパートナー、ヴァンパイア・ハーモニも同じく! 先日ぶりだね、『獅子』さん!」

「特務執行官……! エルゼターニアさん! ハーモニさん!!」

 

 現れた少女──『特務執行官』エルゼターニア。次いではその隣、ヴァンパイアの女ハーモニもいる。

 共に数ヶ月前、共和国にて『オロバ』と戦った英雄たちだ。『魔眼事件』として世間に知られるその戦いにて、彼女らは力を合わせて共和国を邪悪の画策から守り抜いた。

 

 予てより耳にしていたその名に、クロードも気を惹かれる。いやもっと言えば、その名に纏わるかつての宿敵に、だが。

 

「『特務執行官』だと……アインの、関係者がここに……?」

「……アインさん? 貴方は、一体」

「うわ、すっごい格好! 寒くないの君?!」

 

 独り言つクロードに耳聡く反応するエルゼターニアと、彼の奇怪な出で立ちに目を白黒させるハーモニ。

 特にアイン……かつて共和国にて共闘した尊敬する英雄の名が出たことに、エルゼターニアの方が興味を示していた。そして間もなく、怪訝な面持ちで尋ねてくる。

 

「貴方は……リムルヘヴンさんの言っていた、『風の魔剣士』? たしか、クロードとか」

「……あの女、とうに接触してたのか。また要らねえ減らず口を叩いてたみてえだな」

「やはり……! 魔剣騒動であのアインさんですら追い詰められた、『オロバ』最強の魔剣士!!」

 

 言外にすべてを認めたクロードに、エルゼターニアの身体は緊張に強張った。

 先日遭遇したリムルヘヴン、リムルヘルから『風の魔剣士』なる者について、おおよその話は聞いていた。クロードという名で、かつてはアインとリムルヘヴン二人を倒した程の戦士であり、今では攻勢魔剣という武器を持ち『オペレーション・魔獣』に立ち向かっている自殺志願者とも。

 

 どうやら敵ではないようだが、尊敬するアインの宿敵だった男だ。心情的に、警戒とまではいかずとも二の足は踏んでしまう。

 そんな相方の微妙な機微を察し、努めて明るく朗らかにハーモニが話しかけた。エルゼターニアの助けになれるならば、何でもしてやりたい彼女である。

 

「いやーちょっと聞いてたくらいだったけど、これはとんでもない戦士だね! 魔剣とか無しでも全然、亜人並じゃん!」

「てめえは、ヴァンパイアか。『女帝』の関係者か何かか」

「あ、やっぱりアリスさんも知ってるんだ? いかにも私はアリスさんの弟子の一人だよ! リムルヘヴンやリムルヘルにとっては、そこそこ上役に当たるかもねー」

「……そうかよ」

 

 わずか、気まずげに逸らされる目。クロードの言う『女帝』、すなわちハーモニの師たるヴァンパイアの重鎮アリスとは、魔剣騒動にていささかの関わりがあった。

 最初にアインと交戦した際、居合わせたアリスにもかなりの痛手を負わせたのだ。その後にもいくらか、敵味方として辛辣な言葉を投げ合ったこともあり……今更のことだが、苦い記憶として錆び付いた心に刻まれている。

 

 有り体に言えばやりづらい相手だ。そんなクロードの心境を知るわけもなく、ハーモニは続けて語りかけた。

 

「前は色々あったみたいだけど、今は味方っていうならこんなに心強い話も中々ないよ! ね、エル」

「あ……はい! そうっすね。ええと、クロード、君? その、よろしくお願いします」

「しなくて良い……俺はクズだ、放っとけ」

 

 どうにか接したいらしい二人を、しかしクロードは冷たく突き放した。攻勢魔剣を構え、未だ浮遊する大型魔獣へと向き直る。

 素っ気ない対応に、ああリムルヘヴンの言うとおりにずいぶん、拗らせているのだなと察したエルゼターニアとハーモニもまた、周囲の魔獣たちを確認した。電磁ネットにより捕縛されたものたちはそのまま行動不能、それ以外もヴァージニアが順次、仕留めていっている。

 

「っしゃあおらぁぁあああっ!! 死ねこら、化物どもぉおおおおぉっ!」

『ぐげげげ!?』

『ぴぎゃぎぎゃー!!』

「うーん、相変わらずの叫びと強さ。クロード君もそうだけど連邦の冒険者さん、個性豊かだねー」

「個性……まあ、個性っすねえ。っと、『ルヴァルクレーク"プラズマスライサー"』!!」

 

 どうにも愉快な冒険者たちに続いて、エルゼターニアも己の武器を振るう。ルヴァルクレーク──元『オロバ』科学者クラウシフが造り共和国にもたらした三つの『電磁兵装』の一つであり、エルゼターニアと共に数々の激戦を切り抜けてきた、物言わぬ大鎌の相棒。

 このルヴァルクレークにも星の無限エネルギーを引き出す機能がいくつも備わっており、それらは専用のボトルをセットすることで発動される。先程の電磁ネット『エレクトロキャプチャー』や今しがたの『プラズマスライサー』がそうだ。

 

 そして。『プラズマスライサー』の機能発動に伴い、ルヴァルクレークの刀身からエネルギーが鋭い刃の円輪となって無数に飛び出した。狙いは無論、魔獣の群れだ。

 敵めがけて、それこそ野生の獣めいて襲いかかる光輪が、歪な怪生物たちの肉を骨をも命ごと断ち斬っていく。

 

『ぐぐぉおおああああぁっ!?』

「ぬおあああああぁっ!? すごっ、あっという間にいいぃぃっ!?」

「ヴァージニアさん変な叫び声あげないでください! 巻き込んだかと不安になります──よっ!!」

 

 感情の赴くままに叫ぶ女に顔をひきつらせながらも、エルゼターニアは追撃を敢行した。『プラズマスライサー』、地上の魔獣を蹂躙した後は空へと舞う。

 空飛ぶ魔獣に狙いを定め、次々襲いかかったのだ。突然の方向転換からの強襲、さしもの蜥蜴も対応できない。

 

『ぐるぉおおお──!?』

 

 背に生やした巨大な両翼を切り刻まれる。浮力の源となっていたそれらを損ねたことで当然、中空でのバランスが崩れる。

 必然的に地上に向けて墜落を始める蜥蜴の、困惑と恐怖の呻き。動揺し混乱しているこの期を逃すことはすまいと、特務執行官はもっとも信頼するパートナーへ視線を向けた。

 

「任せます!」

「任されたよ!! ──『ヴァンピーア・ミゼラブル』! とあーっ!!」

 

 すなわちヴァンパイア・ハーモニの格闘術である。天高く舞い上がっては堕ちていく蜥蜴に組み付き、木の幹のような太い首を全力で締め上げた。

 師アリス直伝のサブミッション──関節技だ。最近になって再び指導を受けたことで技の繊細さ、種類、そして威力は段違いに跳ね上がっており、いかな魔獣であっても首の骨がへし折れるには無理もなかった。

 

『ぴぎぇ』

「さあフィニッシュ・ホールドご覧あれ! とあぁーっ!!」

 

 断末魔の短い叫びをあげる蜥蜴。この時点で勝負はついているのだが、『ヴァンピーア・ミゼラブル』で放つ関節技の数々はすべて、相手の状態がどうあれ放ちきってこそのものだ。ゆえにハーモニは、仕上げとばかりに締め上げへし折った首ごと、蜥蜴の顔面から地上に叩き付けた。

 

 轟音、舞い散る粉雪。霧じみて視界が埋まるのがしばらくして止むと、そこには止めを刺しきって立ち上がるハーモニと息絶えた蜥蜴とがいた。

 エルゼターニアを視認し、はにかみ、サムズアップを見せるハーモニ。

 

「勝った! やったよー、エルー!!」

「はい、お見事っす!」

 

 そしてそれに応え、惜しみ無く讃えるエルゼターニア。

 共和国最強のコンビは、かくして飛来した魔獣に完全勝利を果たしたのであった。

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