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S級冒険者『獅子』

「『獅子』ヴァージニアですか。たしかにS級冒険者ですね……弱冠20でS級入りした天才。戦闘となるとまさしく獅子を思わせる勇壮な雄叫びをあげることからまんまな二つ名が付いたと聞きます」

「いやあお恥ずかしいわね。天才とか……今となっては『焔魔豪剣』がいるもの、過去のものでしかないじゃない。それに二つ名の由来だって、乙女に対してちょっと失礼よねえ」

 

 ギルド内にある食事処、その一角を陣取りシオンとヴァージニアが話し合う。隣にはクロードとミスティがいて、それぞれクロードは沈黙のままただ座り、ミスティはそんな彼を気遣うようにして見つめている。

 思わぬ出会い──特にクロード、ヴァージニアにとってはまったく予期せぬ再会だ──を受け、一旦落ち着いた場所で会話することが必要だとシオンは判断した。それゆえにクロードの朝食を兼ねて今、四人揃って食卓を囲っているのだ。

 

 上品にパンを千切り、口にする。シオンは事前に朝食を取っていたようで、口慰み程度にパンを一つと暖かなスープ、そしてサラダでこと足りるようだった。咀嚼して胃に流し込み、言う。

 

「それでヴァージニア。『獅子』たる貴女はなぜここに? 言ってしまえば片田舎のこの町に、貴女が訪れる理由は薄いように感じられます。それこそ旅の途中、とかでなければですが」

「そ、それと! クロードさんとどんなご関係なんですか?! たぶん同郷の方なんだろうなとは思うんですけれど、けど! あの、気になります!!」

「むむ。ミスティに先んじられましたがシオン的にはそこも……いえむしろそここそが気になります。貴女はシオンのライバルですか? ヘルちゃんさん風に言えばまさかの5号が参戦ですか?」

「え? うん? ヘル、何? 5号?」

 

 S級冒険者たる『獅子』がわざわざ、何の理由があってこの町までやって来たのか。至極当然の質問なのだが、シオンとミスティはそれよりもむしろクロードとの関係性について気にしているようだった。

 意味の分からない台詞──元からしてリムルヘルの適当な言葉なのだ、然もありなん──に混乱するヴァージニア。

 

 何やら二人の美少女が、それも片割れは世界最高峰の冒険者集団『クローズド・ヘヴン』のメンバーたるシオンが、どうしてかクロードをひどく気にかけている。それもまた困惑と、どこか穏やかならぬ心地を覚えさせていた。

 怪訝な面持ちで応える。

 

「ええと……まずはここにいる理由から話すわね。まあ単純にさ、連邦で起きてる失踪事件の解決依頼を受けてのことよ。もうかれこれ3ヶ月くらい、この馬鹿寒い土地のあちこちを彷徨いてるわ」

「貴女も、失踪事件を追っているわけですか……ちなみにシオンたち『クローズド・ヘヴン』も同じくかの事件を追っています。連邦政府からの依頼ですね」

「わーお、さすがに『クローズド・ヘヴン』は受ける依頼も国家レベルねえ。ちなみに私は例の事件の被害者が結成した団体からの依頼よ」

 

 目的が同じらしいことに、ヴァージニアは顔を緩ませた。こうなれば共闘の目も出てきたことに、冒険者らしい胸の高鳴りと高揚感を覚えたのだ。

 一方でシオンの方はいたって冷静に彼女を見た。『獅子』とは今回が初対面だが、これまでの短いやり取りでも見えてくるものはある。ましてや旧知らしいクロードとのやり取りも見ればなおのこと、培ってきた人格にも多少、当たりは付けられる。

 

 こうした洞察力こそが『輝賢』シオンの武器の一つだ。様々な角度から情報を読み取り、それを以て仲間を指揮、あるいは援護する。『クローズド・ヘヴン』の中でも特に頭脳派なのが彼女であった。

 

「なるほど、なるほど。ここに来た理由はシオン同様ということで得心がいきました。それではいよいよ本題です。貴女はクロードの何ですか?」

「本題そっち!? あ、あー、同郷の馴染みよ。はす向かいの家に住んでた、ご近所さんね」

「ほう、はす向かいですか」

「S級冒険者さんと、クロードさんが、ご近所さんだったんだ……」

 

 自身のことよりもクロードとの関係の方を気にされていることに、やはり釈然としないものは覚えながらとヴァージニアが答えれば、シオンもミスティも興味深そうにクロードへと視線を向けた。

 朝からステーキなど頼み、やって来た分厚い肉を切り分けることもなくそのままフォークで刺してかぶり付く。血の滴るそれを豪快に食らう姿は外見と相まって野性そのもので、ミスティにはそれがまた堪らない魅力的なものに見えていたりもする。

 

 一方でそんな姿を見、昔とのギャップに目を白黒させるヴァージニア。何があったのかいよいよ気になるものの、さておいて昔を振り返り話を続ける。

 

「家族ぐるみで付き合いとかあってさ。ほとんど姉弟みたいなもんだったわ。いやーあの頃のクロードったらもう甘えたでね。おねーちゃんおねーちゃんって後ろを付いてきてそりゃもう、可愛かったのなんのって──」

「……平然とホラを吹いてんじゃねえよ、『獅子』」

「クロードさん?」

「ガキん頃、てめえはむしろ俺の後ろに付いてきてた側じゃねえか。スッとろいのがことあるごとにぐずつきやがって」

「は、はあ!? な、なななななにをう!?」

 

 まさかの反論に慌てふためく。たしかに少し、いや多少は脚色して話したものの、ここまで辛辣な物言いがつくとは。

 かつてならば決してこのような口汚さはなかった。昔のクロードは真面目で誠実で、そして心優しい少年だったのだ。それがなぜ、どうして。

 

 もはや我慢ならず、怒りと困惑を胸にヴァージニアは直接、目の前の変わり果てた旧知へと問いを投げ掛ける。

 

「あ、あんたねえ! 何があったのよ、どうしちゃったのよ!? 昔と……最後にあった3年前と全然、別人じゃない!!」

「じゃあ別人なんだろ。てめえの言ってるクロードお坊っちゃんはどこぞで死んだんだ。盛大に道を踏み外してな、英雄様に焼き殺された」

「えい、ゆう?」

「そういうことにしとけ。それでてめえと俺とは終いだ、もう関わるな」

 

 言い放ち立ち上がる。分厚かったステーキも彼にかかればほんの数口、それだけですべて胃袋に収まる程度のものだった。

 そのまま歩き出す──依頼は既に受け取っている。シオンの望んだ通りの『オロバ』絡みのもので、ここ数日の内に町外れを魔獣らしき怪生物がいくらか徘徊しているとのことだ。その調査と場合によっては捕獲、ないし撃破という内容である。

 シオンをちらと見、告げる。

 

「てめえはガキを家にまで送り届けてろ……俺は先に行く。適当に彷徨いてりゃ魔獣だろうが『ミシュナウムチルドレン』だろうが、何ぞ連中と出くわすだろうよ」

「……分かりました。シオンには『気配感知』がありますので必ず後から追い付きます。くれぐれも死に急ぐような真似はしないでくださいね、クロード」

「知るか、状況によるんだよそんなもん。『オロバ』の連中が生温いことを祈っとくんだな」

 

 冷淡に返してそのまま去っていく。背に『攻勢魔剣』を負った半裸の男は、後ろ姿さえもどこか陰鬱な雰囲気を漂わせていた。

 まったくとため息を吐くシオン。すげなくされてもまるで堪えはしないが、彼を前向きにするのはずいぶんと骨が折れそうだと覚悟する。横向けばミスティも似たような心地なのか苦笑と共に、視線を合わせてきて二人、頷いた。

 

「『オロバ』……って、クロードも噛んでるの? 失踪事件に」

「ええ、というかむしろ我々の中でも随一、連中に詳しいと言えるでしょう。というかヴァージニア、貴女も『オロバ』について知っているのですね」

 

 『オロバ』について知っているヴァージニアを、シオンは意外に思った。かの組織の存在とこれまでの悪行に関して、現在知っているのは各国の上層部ばかりで一般にはほぼ知られていない。

 冒険者でも『クローズド・ヘヴン』や『焔魔豪剣』など、実際に事件に関係した一握りの人材くらいのものだ。それを目の前の女は、これまで関わっていたわけでもなかろうに組織の存在から名前まで知っているというのだ。

 

 不思議に思うシオンへと、頭を掻いてヴァージニアは応える。

 

「あー、うん。まあ一応……ここに来る直前までは知らなかったんだけどね。偶々、どえらい有名人と出くわして教えてもらったの」

「有名人? 『オロバ』を知っているような?」

「貴女たちも聞いたことあると思うよ。『特務執行官』エルゼターニアさん。共和国からはるばる連邦にまでやって来てるのよ、あの人」

「『特務執行官』!?」

 

 仰天するシオンとミスティ。今をときめく世界的有名人の名がまさか、今この場において出てくるとは。

 『特務執行官』エルゼターニア。昨年秋から冬にかけて共和国で起きた魔眼事件を解決した共和国最強の戦士であり、今や『共和の守護者』という二つ名と共に世界中にその名を広めつつある、『焔魔豪剣』アインに続く二人目の新時代の英雄だ。

 

 ミスティはともかくシオンからすればまったく無関係というわけでもない人物でもある──同じ『クローズド・ヘヴン』のメンバーが数人、かの人物と協力していたのだ。

 そうしたこともあり余計に驚きが強く、シオンは珍しくも無表情のまま、目を見開いていた。

 

「それはまた……驚きました。失踪事件の調査のため連邦を訪れてるとまでは聞いていましたが、まさかこの辺にまで来ているとは」

「も、もしかしてこの町にももう来てたり!?」

「あ、それはまだねお嬢ちゃん。何でもここから南東にある村の方に寄ってから、こっちに来るんですって。何だか賑やかな相棒さんを連れて、楽しそうに旅してたわね」

 

 言いながら思い出す、エルゼターニアとの邂逅。雪道にて迷っていた折、謎の生物に襲われたヴァージニアに加勢したのが彼女ともう一人、特務執行官の相棒を自称する女ヴァンパイアだった。

 ハーモニと名乗るその女と共に、エルゼターニアは親切にも町への経路と『オロバ』について、丁寧に説明してくれた上で村へと向かっていったのだ。

 

「相棒とは、恐らくヴァンパイア・ハーモニですね。最強最古のヴァンパイアたる『女帝』が育てた弟子の一人にして、ヴァンパイア互助会の役員」

「えっ──そんな大物だったのあのヴァンパイア?! あんまり軽いノリだったからそんな風にはちっとも」

「共和国で彼女たちと共闘したうちのメンバー、オルビスとファズもそのようなことを言っていましたね。威厳の欠片も無いが実力は本物だったと」

「うわ、まじかぁー……」

 

 恐ろしく軽薄にエルゼターニアへと抱き付いていたハーモニがその実、ヴァンパイアという亜人種の中にあっては指導者層の一員だったと知り、ヴァージニアは頬をひくつかせた。

 人間と極めて友好的な関係を築いているヴァンパイア社会の重鎮が、なぜエルゼターニアの相棒になったのかは定かではない。ともあれあの二人はどうやら、それぞれ異色の経歴を持つコンビなのだろうことだけは窺い知れた。

 ここまでに得た情報から、シオンが呟く。

 

「ふむ。『特務執行官』とその相棒がじき、この町にやって来るというならば……対『オロバ』において協力を取り付けられるかもしれませんね」

「クロードさんとリムルヘヴンさん、『クローズド・ヘヴン』のシオンさん、カームハルトさん、ゴッホレールさん。それに『獅子』ヴァージニアさん。そこに『共和の守護者』エルゼターニアさんとヴァンパイアのハーモニさんが加わるのね……! すごいメンバー!」

 

 案外ミーハーなミスティが騒ぐ。たしかにエルゼターニアとハーモニがこの町に到着して、更に首尾よくシオンたちが接触して協力体制の構築に成功するならば、連邦の田舎町に集結するにはあまりに過剰な戦力が揃うこととなるだろう。

 だがむしろ、『オペレーション・魔獣』を相手取るならばこのくらいはしておかなければならないのかもしれない。そう考えるシオンとしては件の二人は是が非にも会いたい存在だった。

 ヴァージニアもどこか期待するように高揚を孕んだ声音で反応する。

 

「たしかに半端ない顔ぶれよね、これは! クロードと、えっとリムルヘヴン? 以外はだけど……さすがにそこに無名の冒険者たちを並べるのは可哀想よ、手前ながらだけど」

「クロードにしろリムルヘヴンにしろ、実力的には何ら劣るところがないのでその指摘は的外れですね。正直シオン的には、今挙げた面子の中では我々『クローズド・ヘヴン』が一段落ちると見ているほどです」

「えぇ……? いやいやそんなご謙遜」

 

 シオンの言葉は到底、ヴァージニアには信じられるものではない。世界最高の冒険者集団『クローズド・ヘヴン』、そのメンバーが今しがた挙がった他の名前と比較して格落ちするなどとは、あまりに考えにくい。ましてやそれが無名の冒険者クロードとリムルヘヴンまで含めてのものならばなおのことだ。

 

「クロードやリムルヘヴンの戦うところを見ればご理解いただけますよ。さて、そろそろシオンたちも行きましょうか。ミスティを家に送り届けてから、クロードと合流しないと」

 

 にわかに信じがたいと表情に色濃く出しているヴァージニアに告げ、立ち上がる。ミスティも次いで立ち上がり、最後にはヴァージニアも立ち上がった──それぞれ食事はもう、終えている。ここからは仕事の時間だ。

 まずはミスティを家に送り届けるべく、シオンは歩き出した。

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