道すがらの話
いつも通りに町中を歩く。冒険者ギルドまでの数十分、クロードは人々の視線を受けながらも死人同然の風体でのそのそと移動するのが日課となっていた。
背にした『攻勢魔剣』の切っ先が地面を微かに引っ掻く音が、断続的に響く。身の丈以上もあるその鉄塊を、引き摺るように運ぶ男がどのようにそれを扱うのか──今や連邦最強の剣士ではないかとさえ町中では噂されている彼を、好奇の目で以て観察する者は多い。
「おっ、『半裸の奇行士』だ……今日も亜人を退治してくれるんだぜ」
「ありがたい話だねえ……あんなナリしてても、心根はそこらの冒険者より冒険者してるよ」
「見るからに若い身空だろうに、どこでどうしたらあんだけ強くなるんだろうね」
「やっぱりものすごい修行とかしたのかしら」
概ね好意的な視線。けれどクロード当人だけは、そうした向けられる目をすべて、己への侮蔑と嘲笑として受け取っていた。
分不相応にも『英雄』などと目指し、道を違えて人間を裏切った己が、今更謗り以外の何を得られるというのか。そんな思い込みが、彼をひたすらに自虐へと誘っていた。
「また、嗤ってやがる……良いさ、嗤えよ。俺なんか、俺なんてどうせ」
「……困った人ですね、まったく。ここまで拗らせた人、シオンはこれまで見たことがありません」
「あ、あはは」
嘆息するシオンに、苦笑するミスティ。クロードに同道している二人の美少女は、彼の自虐に対して呆れも露に反応する。
分かっていたことだが、あまりにもひねくれている。『魔剣騒動』での己の行為を以てそのようになったのだろうが、それにしても極端から極端に振れるその言動は、事情をある程度知っているシオンにしてみれば何とも言えないものだ。
「王国での彼の行いは、控え目に言っても擁護できるものではありませんでしたが……それでも罪なき人間を殺してはいない以上、罪償いをすれば社会復帰できる程度のものでもあります」
「クロードさん、やっぱり人殺しはしてないのね……! 良かったぁ」
「もっとも状況証拠からすれば亜人の方は殺しているのでしょうが。ねえクロード、『風の魔剣』の力を引き出すのにどのくらいの亜人と戦ったのですか?」
「あぁ……?」
賊でもない、何ら無関係の人間を殺すというこれ以上ない決定的な外道だけは働かなかったらしいことを受け、安堵するミスティ。しかしてそんな彼女をよそにシオンは問い掛けた。
人間はともかくとして亜人の方は、魔剣騒動のそもそもの目的とクロードの現状を鑑みれば殺していないはずがないのだ。そもそも今、亜人狩りで生計を立てていることも踏まえての質問に、億劫がった声は否やを唱えた。
「何でそんなこと、てめえに言わなきゃならねえんだ」
「割と重要なことですよ? 人の戦歴というのは、思っている以上に色々な事実を浮かび上がらせてくれます。実力や戦闘スタイルだけでなく性格や考え方、それに信頼できるかどうかさえも」
「……俺を試すつもりか」
「まさか! すみません、ただ私のこれがスタイルなものでして。『クローズド・ヘヴン』No.3『輝賢』シオンは、戦闘力がない代わりに情報を武器に道を切り開くのです」
胸を張って誇らしげに謳う。世界最高峰の冒険者集団『クローズド・ヘヴン』の一員たる者として、シオンにはシオンなりの矜持を強く抱いていることが窺えた。
そんな彼女を、静かに見据えて。クロードは鼻を鳴らして呻くように呟いた。
「……どうだったかな。たしか魔剣を受け取ってすぐに一人殺って、そこで第一段階に至ってからしばらくは亜人ばかり相手にしていた。つってもそう、長くはないが」
「段階……報告ではたしか、三段階に分けて徐々に機能解放するのでしたか、魔剣というのは。『焔魔豪剣』と貴方が最終段階まで至ったとは知っています」
「口振りからすれば、リムルヘヴンも今じゃ最終段階になってるみてえだがな。当時は第二段階止まりだった、奴は」
振り返りたくもない過去だが、問われて振り返る。手にした魔剣を使いこなすべく、クロードはひたすら亜人を相手に戦った。
第一段階『ウインド・ドライバー』。第二段階『サイクロン・ドライバー』。そして最終段階『ハリケーン・ドライバー』に至るまでを、その才覚と努力によって驚異的なスピードで駆け上がっていったのだ。
その軌跡──今となっては罪業そのものの道程を、陰鬱に語る。
「魔剣同士で殺り合うのが一番手っ取り早い方法だったそうだが……アインはリムルヘヴン以前の水の魔剣士と戦っていて俺にはそんな機会はなかった。だからひたすらに亜人相手だ」
「なるほど。そうして最終段階にまで至ったのですね。結局あの騒動で貴方、何人くらい亜人を?」
「20は下らねえ。殺すまでいかなかったのも含めると、50いくかもな」
「ご、ごじゅう……」
戦慄の数字にミスティが顔をひきつらせた。亜人を50人、風の魔剣とやらで殺してきたと言うのだ、クロードは。恐怖よりももはや呆然となってしまう程に、桁違いの数である。
そう言えばと数日前、学校に侵入してきたワーウルフの少年を文字通り瞬殺してみせた姿を思い返す。あの時彼は、もはや武器さえ持たぬ徒手空拳にて恐るべき亜人を制圧してみせた。周囲の誰しもが唖然となるほどの、見事な立ち回り。
異様なまでの強さの基盤となったのが王国での『魔剣騒動』ということなのだろう。ミスティは知らず、唾を飲み込んだ。
「そうしてる内に最終段階まで力を引き出して……そして敗けた」
「『焔魔豪剣』アインとリムルヘヴンに、ですね」
「当然の敗北だ。外道のクズに本物の英雄たちが負けるわけねえんだから、あいつらは本物で、俺はクズだってことがあの時ハッキリと確定したんだ」
「そんな……」
きっぱりと言い切る。どうあれ負けた以上はそれがすべてなのだと、クロードは一切を己の外道の末路だと受け入れていた。
勝者たるアインやリムルヘヴンこそが『英雄』であり、翻って自身はかくあらんとして道を踏み外した、ただの悪なのだと思い知ったのだ。
そう嘯く姿に、シオンはたしかに『英雄』という存在へのクロードの拘りを見た。ミスティも同様に感じ取ったのだろう、息を呑みつつも不満げに彼を見て、小さく呟く。
「クロードさんは……クロードさんこそ英雄よ。私を、助けてくれて」
「ミスティ……」
「『焔魔豪剣』さんもリムルヘヴンさんも英雄なのかもしれないけれど、私が亜人に襲われていた時、助けてくれたのはクロードさんだもの。偽物なんかじゃないもの。絶対、絶対」
激情を抑えるかのように震えながら、クロードをひたすらに信じるミスティ。彼女にとって英雄とは誰あろうクロードそのものなのだ……アインがいかに強かろうと、リムルヘヴンがかつて彼を倒していたとしても。あるいはその時、クロードが悪の道をひた走る外道だったとしても。
自分を救ってくれたのは、そこにいたクロードだけなのだ。他の何も誰も関係ないそれだけがすべてだと、少女は強い眼差しで言う。
「私にとっての『英雄』はクロードさん、貴方よ……! これからどんなに時間が経っても、それだけは変わらないもの!!」
「……『英雄』を舐めんな。俺なんざが冠して良い称号じゃねえんだぞ」
「ミスティにとって貴方は、それを冠するに値する者だと言うことですよクロード。彼女にとってはそれが真実で事実なのです」
何やら尋常でない『英雄』への思い入れを示すクロードに気になるところはあるものの、シオンはミスティの純真なる訴えに与した。彼が自身をどう捉えどう考えているにしろ、ミスティがそれに頷くか否かはミスティの心ひとつで決めるべきことだ。この際、クロード本人の認識などどうでも良いとすら言っても良い。
強い眼差しで死人を見据える少女の、頭を撫でる。背丈や見かけの年齢は似たようなものなのだが、立ち居振舞いは自然とシオンを年長に、ミスティを年少に印象付けていた。
仲の良い姉妹にも見える、そんな二人を見てクロードは、はあとため息を一つ。そうしてからぼそりと、観念したように呟いた。
「……勝手にずれた期待抱えてろ。そのうち嫌でも失望する。俺はとうの昔に終わってんだ、それを思い知れ」
「クロードさん……失望なんてしないわ。これから何があっても、あの時に見た貴方の姿はずっと、私の心の一番奥でキラキラしてるんだもの」
「シオン的にもたぶんですが、失望するなんてことにはならないんじゃないかなと思ったりしますよ。こう見えて『クローズド・ヘヴン』です、人を見る目にはそれなりに自負がありますので」
「物好きどもが……っ」
満面に渋い表情を浮かべて吐き捨てる。もはや己という存在に何の価値も、希望も期待も抱かなくなったかつての魔剣士は、それでもなお奇妙に好意を示してくる少女たちにそれ以上言うこともできないまま、冒険者ギルドへの足取りを早めるのであった。
冒険者ギルドはところ違えど、どこでも大して変わるところなく当たり前の光景を展開している。チンピラ同然の冒険者たちが適当なホラを吹きながら飯酒を食み、たまに依頼を受けては意気軒昂と外へ繰り出したりする荒くれの溜まり場だ。
基本的にその日暮らしの、将来の展望などろくに考えていない連中ばかり。中には冒険者としての大成や一攫千金を夢見る者もいるにはいるが、そうした手合いは早々に連邦に見切りを付けて王国に拠点を移すのがほとんどのため、結果として吹き溜まり同然の様相をひたすらに呈しているのが現実だった。
「……だってのに、何でかS級さんが三人もいるのよねこの町。何がどうしたらこうなるのかしら」
「『輝賢』さんもいますから四人ですね……過剰戦力に思えますが今、この辺りを取り巻く事情を鑑みればありがたいことこの上ありません」
そんなギルドのカウンターで受付のパルマと対面に座る、夕陽のようなオレンジの髪をセミロングに靡かせた美女が会話していた。
今この町が陥っている、あまりにも珍しい状況──『クローズド・ヘヴン』のメンバーが三人も逗留し、謎の組織『オロバ』と失踪事件について捜査していることについての話だ。
「『翔龍』、『凶書』、『輝賢』……前二人は武闘派で常々コンビ組みしてるからあれだけど、『輝賢』までいるのねえ。彼女のバックアップが必要なくらい、込み入ってるってことかしら」
「何しろ魔剣騒動や魔眼事件と同質の事態が、起きているものと思われますから……」
「『オロバ』ね。ここに来る直前に知り合った『特務執行官』からも少し話は聞いてたけど、マジであるんだそんな、よく分かんない悪の秘密結社」
困惑して美女が呟く。この町に到着したのが昨日の夜、それまではひたすらに雪道を歩いていたわけなのだが、道中彼女はとある人物と知り合い、かの組織についてちらりと話を耳にしていた。
『特務執行官』エルゼターニア。共和国が誇る国随一の戦士であり、亜人犯罪の頻発していた共和国を数年間、たった一人で守り抜いた少女だ。そして他ならぬ魔眼事件の解決に尽力し、共和国とその隣国から『オロバ』を撃退してさえいる。
『共和の守護者』という二つ名で世界的に知られつつあるそんな彼女が今、連邦にまで足を向けていることは当然のように人々の耳に入っている。しかしてそれがまさか、『オロバ』を追ってのこととまでは知る由もないことだ。
パルマは目を見開いて、予想外の成り行きに驚きの声をあげた。
「『共和の守護者』がこの近くにまで……!? も、もしかしてこの町に?」
「いや、その前に村に寄るとか言ってたわよ。向こうは向こうで何やら調べてるみたいだし、その後でこっちに来るんじゃないかしら」
「そうなのですね……! ありがとうございます『獅子』さん!」
「二つ名よりかは名前で呼ばれたいかしらねぇ。せっかくの親が付けてくれた名前だもの」
苦笑して美女、S級冒険者『獅子』は告げた。二つ名で呼ばれるようになってもう数年経過するが、すっかり本名の影が薄れてしまっているような気がして最近、彼女はむしろ名で呼ぶように周囲に呼び掛けていた。
「ヴァージニア。どうせ私を呼ぶならば、その名の方が嬉しいものだわ」
──つまりはヴァージニア。全身を重厚な鎧に身を包む彼女は、そう言って微笑むのであった。




