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連邦魔獣戦役クロード-よみがえる刃-  作者: てんたくろー
第一章・錆び付いた刃
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幕間2・シオン

 未成熟な少年の腹を抉る、凶悪な勢いの膝。衝撃から肋骨が何本か折れた、そのことを直感的に把握しながらもワーウルフはその場に蹲り、血と唾液と胃液を吐き出した。

 

『ぐ、が。え、ぇ──』

「汚ぇ」

『ぐかっ、あっ!?』

 

 吐き気を堪えようと呻く少年の、無防備な後頭部をそのまま踏み抜く。汚液にまみれた大地を叩き割る程の勢いで追撃を仕掛けたクロードの容赦のなさに、さしものシオンも戦き呟いた。

 

「むむむ……容赦ないですね、クロード」

「こんなガキでも亜人ならな。それともてめえらの流儀じゃ、見た目によって加減するってのか」

「まさか。単純に実力差がありすぎるんですね、貴方と亜人とでは。私たちではまずあり得ない光景なので面食らいました、おねーちゃんびっくりです」

『ぐ、く……っう」

 

 会話が続けられていく間にも、ワーウルフの少年は後頭部を踏みにじられ、大地に顔面を陥没させていく。たった二撃だが、すさまじい威力だった──体力ごと戦意までへし折るような衝撃に、『獣化』が解けていく。

 すっかり元の少年の姿に戻った後も、どうにか抵抗しようと足掻く。その度にクロードの足の重みが加速度的に増していき、ついには亜人を以てしても抗いがたい激痛となり、彼に絶叫をあげさせることとなった。

 

「ぎぃっ……あ、ぁあぁあぁっ! ぎぃゃあああぁっ! みぎゃああああああ!!!」

「やかましい駄犬が。そこまで一丁前に吼えるならまともに抵抗くらいしてみせろ。それでもワーウルフか、てめえ」

「中々の無茶振りですね……にしてもまさか、その『攻勢魔剣』とやらを抜きにした徒手空拳ですらそこまで強いとは。シオン驚きです」

 

 悲痛なまでの叫び。見た目年若い少年であることから、亜人であり今しがた殺されそうになったとはいえ周囲の人々は聞くに堪えないと思わず耳を塞ぐ程だ。

 それさえ構わずシオンは、むしろクロードの戦闘能力の高さに着目していた。彼が元々魔剣騒動の最大の敵『風の魔剣士』その人であり、リムルヘヴンに加えて今やS級冒険者である天才剣士『焔魔豪剣』アインが二人がかりでようやく倒せた程の実力者であることは承知していたつもりだったのだが……それにしてもまさか、ワーウルフをここまであっさりと撃退してしまうとは。しかも武器も何もない、完全なる素手でだ。

 

「魔剣には使用者の身体能力を強化するという効果があると、報告にはありましたけど……亜人にも匹敵してるなんて予想外ですね。ちなみに『焔魔豪剣』もこれと同じことが?」

「知らねえよ。だがまあ、何せ野郎も魔剣の性能を完全に引き出してたからな。その辺の亜人なんぞ、目でもねえだろ」

「なるほど。たしか彼は共和国での魔眼事件においても、『特務執行官』に協力する形で亜人たちと戦ったと聞きます。クロードにも負けない実力者ならば、それも頷けますね」

 

 納得してシオンは、かの『焔魔豪剣』に思いを馳せた。勇者セーマの愛弟子にして新時代を担う英雄として広く知られる焔の剣士は、既に王国だけでなく共和国、更には二国の間にある砂漠国家、中央オアシスにおいてもその辣腕を振るっていた。

 魔眼事件──『オロバ』が画策した第二の計画に纏わる戦い。共和国が誇る最強の戦士『特務執行官』エルゼターニアが中核となり邪悪を迎え撃ったその事件に、アインも参戦していたのだ。

 

 最終的には中央オアシスにまで及んだ戦いも今や、『焔魔豪剣』に続く新たなる英雄『共和の守護者』の名と共に世界規模で知られつつある。

 そのようなことをつらつらと述べれば、もはや息も絶え絶えのワーウルフを未だ踏みつけつつ、クロードは自嘲の笑みを漏らした。

 

「……さすが新時代の英雄様だな。さっそく国を跨いでの御活躍とは恐れ入る。成り損なって死人と化したどこぞのゴミとは大違いだ」

「強さならば貴方もそう変わらないのでしょう? だったらそこまで自分を卑下することなんてないと、おねーちゃんは率直に不満ですが」

「強さなんぞの話じゃねえよ……どうでも良いがな。とりあえずトドメだ」

 

 何かを言いかけようとして、それを誤魔化すように彼は踏みつけていた少年を解放し、そして胸ぐらを掴んで持ち上げた。既に意識もない状態でぐったりしているワーウルフに、最期の一撃を加えるつもりなのだ。

 既に死にかけている子どもを、真に殺すつもりの『半裸の奇行士』。助けられたことを重々承知の上でそれでも堪らず、大人たちの中からいくばくかの声があがった。

 

「は、『半裸の奇行士』! 何もその、殺すまでは良いんじゃないですか? 捕縛して、捕まえておけば」

「あん? 殺すなってのか。今まさに殺されかけといてどういうつもりだ」

「そこは分かっています。貴方にももちろん感謝しています……助けてくださりありがとうございます。けれどそれ以上は、ただの虐殺になりやしませんか?」

「今しがた虐殺しかけてきたのはこのガキだぞ。お優しいのは結構だがな、相手を見てそういうことは言えよ」

 

 とりつく島もないクロードの態度だが、実のところ彼の方が、連邦における一般的な亜人に対しての正しい姿勢ではあるのだ。人間に危害を加えてきた亜人はとにかく速やかに殺す、そうでなければ被害は拡大する一方となるがゆえに。

 現に少なくない数の人が、クロードの物言いに頷いて待ったをかけた男に非難がましい目を向けている。何のつもりなのか、子どもを大量虐殺しようとしたテロリストに、情けをかけるというのか、と。

 

 気まずげな沈黙が流れる。ふむ、とシオンがそんな空気を裂くように割って入った。

 

「連邦における一般的な認識とは異なるお考えをお持ちなのですね、貴方は」

「……え、ええ。そうでしょうね。ですが私は、たとえ亜人でも子どもが殺されるのは、辛いことだと思うのです」

「立派なお考えだと思います。私も半分亜人なので分かるのですが、そういう思想が誰かの救いになることは、往々にしてありますよ」

 

 さらりとしたカミングアウト。人間と亜人のハーフであることを当然のように明かしたシオンに周囲の人々は息を呑み、クロードですらも微かに驚きの反応を示す。

 通常、異種族間で子が成されることは滅多にない。それは人間の学者によって明かされている事実であるのだが、さりとて一切ないとも言えない。ごく稀にハーフが生まれることもこれまで何例か確認されており、存在自体はあり得ることだと認識されているのだ。

 

 だが実際、人間社会においてはハーフの居場所など基本的にない。亜人程でないにせよ人間以上の寿命、身体能力を持つがゆえにハーフは概ね、社会から排斥されて亜人のテリトリーへと移っていくのが常なのだ。

 それが今、目の前にいるシオンだという。相変わらずの無表情にて飄々と、彼女は続けて言う。

 

「……ですがクロードの言うように、そこなワーウルフが危うく大量殺人を引き起こしかけたことも事実です。私たちがここに来ていなければ、子どもたちはおろか貴方も含めたこの場の全員、今頃挽き肉だったでしょうね」

「っ……は、い」

「そして今ここで命拾いしたとて、おそらく近い内にまた、似たようなことをしでかすでしょう。言ってしまえば暴力で黙らせただけですし」

「…………」

「ここで殺さないことによって発生するリスクについて、貴方は何か対案を用意できますか? 彼に今後、虐殺を諦めさせるよう説得できるだけの材料が、貴方にはありますか?」

 

 力なく、沈黙を以て男は否と答える。事実上、少年の命運が尽きた瞬間であった。

 項垂れる男の肩を一つ叩く。シオンがクロードを見れば、彼は既に攻勢魔剣を手にして切っ先を天高くに向けている。

 振り下ろされんとする刹那、シオンはこほんと咳払いしてから、告げた。

 

「クロード、ストップです」

「あぁ?」

「一般論とは別に、チャンスの一つもあって良いかとシオンは思いました。なのでその子はカームハルトに渡します。殺すのは少し待ってもらえますか?」

「……『凶書』に渡す意味合いにも依る。下らねえ理由ならこの場で殺す」

 

 鋭い眼光。虚偽も誤魔化しもこの際、何一つ許さないとばかりにクロードはシオンを見据えた。あるいはここで、彼女を見定めるかのような見透しの色すらある。

 それを把握しつつも、彼女は至って平静に受け答えを始めた。

 

「カームハルトは我々『クローズド・ヘヴン』の中でも最も多種多様な毒の使い手です。人間相手はもちろんのこと、亜人にも通ずる毒をいくつも知っています……死に至らしめる類ばかりでなく、動きを封じ込める、無力化する類のものにも」

「このガキを無力化するってのか。それからどうするつもりだ」

「こちらの男性に預けます」

「えっ……!?」

 

 いきなり話を振られて困惑するのは、先程クロードを制止した男だ。少年がさしあたっての死を免れそうな気配は感じているものの、目まぐるしい展開に付いていけずに困惑しきりの様子である。

 そんな彼に構うことなく、淡々と無表情にシオンは続ける。

 

「無力化したそこのワーウルフを、貴方が改心させるのです。対案がないなら実績を作れば良い、簡単なことですね。ぶい」

「わ、私が……ですか!? そのようなこと」

「できないならこの場で殺しておしまいです。シオン的には別に、それでもまったく問題ありませんので」

「っ」

 

 動揺して二の足を踏む男だったが、少女のひたすらに冷静そのものな少女に心臓を一つ、跳ねさせる。自分が今、迷うことで少年の生殺与奪が彼女の手に握られている。

 試されているのだ、自分は──対案を示せるかどうか。ワーウルフの少年の意識を変え、人間に無害な生き物に変えられるかどうかを。

 歯を食い縛り、緊張に乾く喉をも無視して彼は、答えた。

 

「や……やります! やってみせます、それで一人でも命が失われないならば!!」

「できなければ貴方もただでは済まないと思いますよ? 人間に害意あるワーウルフを匿っていたなど、普通にテロ共犯ですし」

「構いません! 私も教育者の端くれ、子どもと共に歩むからには覚悟して臨みますとも!!」

「……グッドです。シオン的にはその覚悟、ハーフとしてとても嬉しく思えます。クロード!」

 

 目を少しだけ細めて、クロードに声をかける。一連の会話をじっと聞いていた彼は、ひどくつまらない顔のまま、シオンにワーウルフの少年を投げつけた。

 

「……『凶書』にはてめえが話通せ。そのガキの後始末は『クローズド・ヘヴン』がやれよ」

「分かりました。それとごめんなさい……シオンは今、シオンの都合で話を進めています」

「どうでも良い。ワーウルフのガキじゃ結局、俺を殺せそうもねえからな。興味もねえよ」

「そう、ですか」

 

 冷淡な態度。自分を脅かすものではなかったことから既に、クロードはぐったりと倒れた少年のことなど欠片も関心を持っていない。

 危うい、と内心にて思う。シオンはクロードの、破滅願望の強さを改めて感じ取っていた……己を殺せないならば興味を持たないなど、心理として常軌を逸している。

 

 何一つ余所見することなくひたすらにまっすぐ目的に向かう姿は立派だが、そもそもその目的が言ってしまえば狂っているのだ、彼の場合。

 これはワーウルフの子どもなどより余程、大変な相手だ。そう、長い付き合いになるであろう彼をじっと見つめる。

 

「……おねーちゃんはずっと、クロードと一緒ですよ」

「いきなり鬱陶しいこと抜かすな。さっさとお仲間どものところに帰れ」

「嫌です。シオンはクロードの傍にいます。おはようからおやすみまで、ずっといますから」

「うざってえ……」

「クロードさーん!!」

 

 不意に響いた大声。シオンには聞き馴染みのないものだがクロードの方は即座に誰の声か分かったようで、瞳が更に澱んでいく。

 校舎の方、窓からミスティが身を乗り出していた。興奮で顔を赤らめて、にこやかに──どこか威圧感も纏わせて──笑って手を振っている。

 

「ありがとー! やっぱりクロードさんはー、最高の冒険者だわーっ!! でもでも、お隣の愛らしい子は誰ー? 後でじっくり聞かせてねー!!」

「……ガキが、めんどうくせえことを」

「あの子は……?」

「こないだ助けたガキだ。リムルヘヴンやらもの狂いにもその絡みで出くわした」

「ふむ、ということは彼女が『二号さん』……ミスティですか。美少女ですね」

 

 掛け値ない本音で、シオンはミスティの容姿の整いに感心していた。まるで美しい人形のように愛らしく、これは成長すると恐ろしいだろうとすら思えてくる。

 クロードにやたらと心酔している気配が漂うが、恐らくは年上の男の魅力に当てられでもしたのだろう。特に彼は野性的な、妖艶な魅力漂う肉体美を惜しげもなく晒しているのだから。

 何とはなしにクロードの、鍛えられた腹部から胸部にかけてをまじまじと見つめて、シオンは唾を飲んだ。

 

「……ごくり」

「何ぞ恐ろしく下らねえこと考えてるみてえだな……帰る」

「あっ。待ってくださいクロード、おねーちゃんも一緒に帰ります。カームハルトならどうせすぐ近くの大通りですから、途中まではご一緒できるはずです」

 

 踵を返すクロードに、慌ててワーウルフの少年を担ぎながらも追い縋る。二人はそうして何事もなかったかのように、学校の外へと姿を消した。

 

「むむむ……これって恋のライバルかしら! 同い年くらいだけれど、要注意ね!」

 

 それを目で追いながらも闘志を燃やすミスティ。

 かくして学校を舞台にしたちょっとした騒ぎは、『半裸の奇行士』による活躍により解決となったのである。

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