錆び付いた刃
冒険者ギルド内の酒場にて話は未だ続く。突然現れた『クローズド・ヘヴン』の三人、ゴッホレール、カームハルト、そしてシオンに向け、リムルヘヴンはこれまでの『オペレーション・魔獣』に絡む事情を説明していた。
「ふーむ。失踪事件に関わる魔獣たちに元『オロバ』科学者のドクター・マッスル。そして『ミシュナウムチルドレン』ミーナですか」
「何ともはや良いタイミングに合流できたみたいだな、私ら。いや魔剣騒動の時はぶっちゃけ、大した役にも立てなかったからさ」
「ずーばーり! 今回は割合、できることも多そうで何よりですね、はい」
ゴッホレールとカームハルトが不敵に笑う。王国南西部での魔剣騒動の際には参戦タイミングの関係から、結局どちらかと言えば事後処理の役目を担っていた彼らにとり、今回の魔獣に纏わる騒ぎについては不完全燃焼にならずに済みそうだという喜びが、まずは大きい。
気炎をあげる勢いのS級冒険者たちに頼もしいものを覚えつつも、リムルヘヴンは告げた。
「今のところ足取りは掴めていないがな、こうなった以上は向こうも攻めてくるだろう……そうなれば私や貴様ら、そしてそこの負け犬の出番だ。返り討ちにして尻尾を掴んで、アジトまで突き止めて全部叩き壊してやる」
「へへ、腕がならぁね……ところでリムルヘヴン、その負け犬ってのはどうなんだ?」
「共に戦う仲間である以上、あまり敵視しているのも今後はまずいかと思いますが」
戦意を漲らせながらも少女曰くの『負け犬』、つまりはクロードを気遣う。リムルヘヴンが彼をそうまで蔑視するのは魔剣騒動を鑑みれば無理からぬことなのかもしれないが、それでも今や共に同じ敵と戦わんとする仲間と言えるのだ。
先輩としてS級冒険者として忠告する二人に、しかして当のリムルヘヴンは鼻で笑って言い返す。
「はっ、負け犬は負け犬だ……貴様らは奴の、腑抜け切った言動を知らんからそう言うのだ」
「腑抜け……?」
「なあそうだろう負け犬! 貴様、私に名前で呼ばれたいとでも言うか? そのためならば奮起して闘志を燃やすのか? ええっ?!」
挑発するようにクロードへと問いを投げ掛ける。訝しむゴッホレールとカームハルトだったが、すぐに反応した元・風の魔剣士に視線をやる。
澱んだ瞳、死んだ目。脱力して項垂れ果てた廃人寸前の様相で彼は、それでも答えた。
「死人にそんなもんあるかよ……俺は負け犬だ。死んでないだけの死人で、だから殺されるために殺し続けるんだ。放っとけよ、俺なんか……」
「……なあクロードくん。それでも負け犬呼ばわりってのは悔しさとか、ねえのかい?」
「似合いじゃねえか……死に時を見失った敗北者、地獄を彷徨く亡霊。ハァ……そうさ、俺なんて」
「うーん、拗らせてますねぇ」
「経緯から何となく察するけどよ、中々の拗らせ方してるなあ」
「拗らせているで済ますのか、貴様ら……」
相も変わらぬ草臥れ過ぎた言動。自らを死人、負け犬と呼んで憚らない姿勢のクロードには、さしもの『クローズド・ヘヴン』の二人も閉口するものを覚えたようだった。
──と、そんな彼の左右隣、密着寸前に身体を寄せる少女たちが反応した。リムルヘヴンの双子の妹、リムルヘルと『クローズド・ヘヴン』No.3、『輝賢』シオンである。
「ゴッホレール、カームハルト。心配いりませんよ、クロードは」
「へえ? その心は?」
「もちろんこのシオンおねーちゃんがお世話を焼くからですね。見た目幼子のおねーちゃん通い妻、これはこの子の男心をくすぐるはずです。闘志どころか色んな欲望も復活間違いなしです。ぶい」
「わほーシオンちゃんたらおっとなー。へいへい半裸ちーん、元気な元気なヘルちゃんとかどーよ? 今ならヘヴンちゃんも付いてお得よー」
「勝手に私を巻き込むな!」
心底からの怖気と共に抗議するリムルヘヴンも何のその、シオンとリムルヘルは相も変わらずクロードに密着する。テーブルに並べられた食事をも食ませようとする、甲斐甲斐しい程の姿だ。
「半裸ちん半裸ちん、海老おいしーよたべりゅう? はいあーんぱくり、うめー」
「ヘルちゃんさんが食べてるじゃないですか。ほらクロード、おねーちゃんがシチュー食べさせてあげます、ほらあーん、あーん」
「……何なんだ、てめえら。本当に……」
冗談半分の空気も漂うリムルヘルはともかく、シオンの方は本気で世話を焼いてくるらしくしきりにシチューを彼の口許に寄せてくる。それがまた鬱陶しく理解不能で呻けば、その隙に半ば無理矢理、スプーンを口に突っ込んできた。
「むぐ──っ! っ、くっ」
「はい良く噛んで食べてください。しっかり食事することが、しっかり生きることの第一歩ですよクロード。まずは食べること、ここからです」
「……、……」
「ふふ、よろしいです。良くできました」
もはや何ら反抗せずシチューを咀嚼するクロード。ことここに至り、彼もいい加減抵抗する気力も失いつつあった。
対して無表情に目を細めてシオンは優しく彼の頭を撫で──ようとして、さすがにそれは手で払いのけられて憮然としたように頬を膨らませる。
「ぶー。おねーちゃんが褒めてるのに生意気です。反抗期です。弟がグレちゃいましたよおかーさん、おとーさん」
「誰がお袋さんさね。しかし意外に素直に食うなあ、クロードくん」
「……こういう病人は適当に相手してやった方が早く済む。そこのもの狂いは論外だが」
「病人……まあ、言いたくなるのも分かりますねぇ。シオン、いくらなんでも距離の詰め方が性急すぎますよ?」
見かねたカームハルトがシオンに忠告する。彼とてシオンが何を以てクロードにかくも接するのか多少は理解しているつもりなのだが、それにしたところであまりに強引、かつ唐突すぎる。いきなり現れて姉を自称し飯を食わせてくる見た目少女の26歳など何の冗談だ。
というかこれでは、年下の男を誑かす悪い女めいてすらいないか? そう危惧する同僚に、シオンはしかし首をかしげた。
「そうでしょうか? 彼に対しては恐らくこのくらいガッツリいかないと、絶対親しくはなれないとシオンは確信しています。死にたいから戦い続けるだけのクロードに、歩み寄りを求めるのは難しいですから」
「あ、一応シオンらしい考えはあるんさねぇ……良かったぜ。急に色ボケされだして正直戸惑ってたんだ。春が来るのは羨ましいけどよ、豹変されると薄気味悪いし」
「あとこうしてお世話を焼くのが楽しいのもあります。シオンも知らなかったことですが、気になる男の子ができるというのは新しいシオンを発見できるものなのですね。ゴッホレールさんにも覚えがあるのでは?」
「え……いや私は、ええと?」
問われて言葉に詰まる。『クローズド・ヘヴン』一の女傑ゴッホレールは存外、この手の話には弱い。初なわけでもないし少しは恋にうつつをぬかした過去もあるにはあるが、おそらくシオンが今抱いている淡さとは無縁のものだったろうと、己を振り返る。
それもこれも、すべては彼女自身の恋愛観にこそ原因があった。肩を竦めてカームハルトが、紳士的な笑みを浮かべて代わりに答える。
「『自分より強い人にしか惚れない』と常々豪語している女傑にそのような機微があるとでも? 腕力だけならば我々の中でも最強なのに、早々それ以上の輩が現れるとはとてもとても──痛いですよゴッホレールさん、怒るくらいならスタンスを変えなさいな。我が師ロベカルさんにも呆れられていたでしょうに」
「うっせえ! 人の好みにケチ付けんな!」
「好み……というよりは習性的なアレでは? 野性動物もビックリの選定基準にシオン、ドン引きです」
言いながら無表情にクロードへと食事を運び続けるシオン。どことなく幸せそうに見えるのは、言った通り彼の世話を焼くのが楽しいところもあるのだろう。
一方でリムルヘルは、じっとゴッホレールを見つめて何かを考えているようだった。少ししてから姉の方を向き、珍しくも真顔で言い放つ。
「ヘヴンちゃんヘヴンちゃん、ヘヴンちゃんは戦闘力で人を判断しちゃめーなりよ? オーナーが草葉の陰で泣いちゃうざんす」
「いくらなんでもそんなところで人を見るものか! というかオーナーを殺すな、それこそ嘆かれる!」
「どうかにゃあーヘヴンちゃん脳筋だからにゃあー」
「誰が脳筋か、私にも理想くらいある! まったく……」
疲れたように頭を振って、リムルヘヴンは話題から逃れた。ことこういう話になるとゴッホレール程ではないが理想の高い彼女にとっては分が悪い。早々に転換しなければ。
げふんげふんと咳払いをして、彼女は脱線していた話を本題へと戻す。
「とにかく! 今後私とヘル、そしてそこの負け犬はこの町を拠点にそこから『オロバ』の動きを探っていく。何しろドクター・マッスルの家も近いからな。お前たちはどうするつもりだ、『クローズド・ヘヴン』」
「そりゃーもちろん、私らもお前さんらと組むさね。魔剣騒動の時にゃあセーマさんのサポートで精一杯だったがよ、今度は大暴れできらぁね」
「組織との戦いとなれば人数は多い方がずーばーり! 当然良いでしょう。分散しているよりは、集結した方が得策ですし」
「シオンももちろん傍にいますよクロード。おねーちゃんがずっと、ずーっと一緒ですからね。ぴーすぴーす」
戦意も高らかに合流を宣言する、『クローズド・ヘヴン』の三人。ゴッホレールとカームハルトは魔剣騒動でのリベンジに燃えているし、シオンはシオンでクロード相手に密着し、無表情ながら自分をアピールしている。
どうしてこうなる……錆び付いた心がそう呻くが、もはや相手をする気にもなれない。そもそもこの女だけではないのだ、面倒な手合いは。
一番面倒な、もはや狂人にすら思えてくる少女リムルヘルもまた、彼に笑いかけてきた。
「ふふふー半裸ちん、ヘルちゃんもそこそこたまーに近くにいるから元気だすなりよー。二号ちゃんも呼ぶので悪しからず」
「おいヘル、いくらなんでもミスティをこれ以上、そいつに近付けるのは……情操上悪いのではないのか、それこそグレかねないぞ」
「ミスティ? 誰ですそれ、女ですか? シオンというものがありながらですかクロード、これが修羅場というものなのですね、わくわく」
「わくわく!」
シオン、リムルヘル……ミスティに続き現れる、何故だかクロードをやけに気にかける女たち。
残る人生、あとは死ぬことだけに費やそうとしている男にはおよそ、手に負えない連中ばかりが周囲をうろついてきている。
「……どうせ俺なんか、変な奴らに付きまとわれるんだ。死に損なった、これが罰なんだ」
もはや現実逃避気味にそんなことを呟く。クロードの心はまだ、錆び付いたままではあった。
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