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連邦魔獣戦役クロード-よみがえる刃-  作者: てんたくろー
第一章・錆び付いた刃
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戦闘への予兆

 ドクター・マッスルへの質疑は未だ続く。『オペレーション・魔獣』についてはひとまず方針を得たのだが、今度はクロードに託された『攻勢魔剣』の実状に焦点に当たっている。すなわちこの兵器の性能──『ストライクドライバー』に関してのものだ。

 

「魔剣騒動にて振るわれた三本の剣。それらのプロトタイプがその鉄屑だという認識で良いのか、マッスル」

「当たらずとも遠からず、かしら。厳密には違うのよ、リムルヘヴン」

 

 ことここに至れば多少、打ち解け始めているドクター・マッスルとリムルヘヴン。元『オロバ』であることを除けばこの女科学者は、基本的なところで真面目で誠実たらんとする性質があり、そこが皮肉屋ながらも生真面目なリムルヘヴンと共感し合うところがあるらしかった。

 あるいはもっと単純に、クロードという極端に面倒な男を前にして、奇妙な連帯感を持っているというのも否めないが……ともあれ二人は概ね、友好的な関係性を構築しつつあるのは間違いない。

 ドクター・マッスルが続けて説明する。

 

「この『攻勢魔剣』は試作品として製作されたプロトタイプの魔剣を、更に私が独自に改良を重ねていったものなの。何百年とかけてカスタマイズしているから、もはや別種の兵器になっているわね。貴方の水の魔剣を見る限り、だけれど」

「……先程から気になっていたがお前、魔剣を見たことないのか?」

「ええ、実物は。構想段階までしか関わってなかったのよ正直なところ。『オロバ』の他の陰謀──魔眼とか魔獣についても同様ね。魔人だけは私がいた頃にはなかった構想だから、よく分からないけれど」

 

 魔剣、魔眼、魔獣、そして魔人。『オロバ』はこれら四種類の兵器を生み出すことで、その本懐とされる『人間の進化』を求めている。そこまではリムルヘヴンも把握していたのだが、それ以降となると未だ、かの組織は謎に包まれた部分が多い。

 いくらでも湧き出る疑問を頭の中で整理しながら、さしあたりヴァンパイアの少女は『攻勢魔剣』に目を付けた。腐食した刃、切れ味など皆無の鉄塊を見て呟く。

 

「しかしカスタマイズしてこれとは、意味が分からん……まるでガラクタではないか。それともアレか? そこの負け犬に当て付けでくれてやったのか」

「そんなわけないじゃない、私はちゃんと、『オペレーション・魔獣』の阻止のために最善の選択をしました。その『攻勢魔剣』はね、未だ完成していないのよ」

「……未完成だと?」

 

 ええ、とドクター・マッスルは頷く。伊達や酔狂でなく、もちろん嫌がらせや当て擦りでもなく──クロードならばと彼女は、切り札となり得るこの兵器を渡したのだ。彼ならば錆び付いた刃の、真なる力を引き出してくれると確信して。

 

「本来想定している敵……『天命魔獣』を殺し尽くせるだけの威力がたしかにその剣には備わっている。けれど今は引き出せないの。引き出せる力に対して、『攻勢魔剣』の機能が拡張されきっていないから」

「それではどうすれば引き出せるようになる? 機能拡張とは、具体的にどういうのだ」

「いくつか方法があるわ。『ストライクドライバー』の練度を上げるやり方、『攻勢魔剣』そのものの材質をより上質のものに精錬するやり方、外部デバイスを後付けするやり方……もっとも外部デバイスについては、そもそも製作できる目処も立ってないから事実上、除外なのだけれど」

 

 指折りいくつか候補を挙げつつ、女史は内心で水の魔剣に思いを馳せた。最後の方法、外部デバイスの製作には実のところ、機能解放された魔剣のコアがあれば完成する。つまりリムルヘヴンから魔剣を取り上げれば、『攻勢魔剣』は今この場にて真の力の何割かを解放できることになるのだ。

 とは言えそのような要求が通るわけもない。そもそもリムルヘヴンとて対『オペレーション・魔獣』における重要な戦力として数えられる戦士なのだ。わざわざそれを削いだところで、自分たちが苦しいだけでしかない。

 

 苦笑を噛み殺しつつ、リムルヘヴンに応える。機能拡張を施した場合、今はまだ鉄塊に過ぎない『攻勢魔剣』に如何なる変化が訪れるのか。

 

「私が思い描く『攻勢魔剣』の真の姿……そのコンセプトは一言で表せばそう、『一撃必殺』」

「つまり一撃にすべてを賭けると?」

「ええ。そのための『ストライクドライバー』なのよ。星の無限エネルギーを一点集中的に引き出して、刹那に極限の威力を生み出す戦術。継戦能力には乏しいけれど、瞬間火力ならば現状でさえ、貴方の魔剣にも匹敵するはずよ」

「……だろうな。あの力は脅威的だった」

 

 ドクター・マッスルの物言いには戦士として反発するものがあれど、理性では十二分に理解していることだった。クロードの放った『ストライクドライバー』、その威力は折り紙付きだ。

 ただでさえ星の無限エネルギー──『オロバ』が如何なる手段によってか抽出し活用することに成功した、この星そのものが持つ永久なる力の奔流──を引き出しているがゆえの切れ味に、亜人並みの身体能力と突き抜けた剣才を備えるクロードが使用者だ。総合的な破壊力は想像を絶するものがある。

 

 二人して彼を見る。ソファにてやる気の欠片も生気すらもなくうらぶれた姿を晒しているところに、リムルヘルが無謀にも何やら絡んでいた。

 

「半裸ちん半裸ちん。どうして半裸ちんは半裸ちんなの? 暑いの?」

「……てめえの姉貴と、『焔魔豪剣』にやられた後遺症だよ」

「ほぺ? 二人がかりのえんちゃんとふぁいあ? 半裸ちんは嫉妬に身を焦がしたの? ヤキモチなの?」

「何なんだてめえは……頼むから黙れよ……」

 

 さしものクロードも辟易と言うべきか、うんざりしたような心地で少女をあしらっている。それでもリムルヘルは人懐こく彼に接しているのだから、姉にはそれが分からない。

 魔剣騒動の折、リムルヘルは他ならぬクロードによって病院送りにされていた。幸いにして大事には至らなかったものの、つまるところ加害者と被害者の関係であるのだ、彼と彼女とは。

 

 思い返せばリムルヘヴンが水の魔剣を入手することになったのは、最愛の妹を負傷させた風の魔剣士への復讐がゆえのこと。そんな彼女だからこそ余計に意味が分からないのだ──なぜ、自分を傷付けた男にそうも、積極的に親しもうとするのか。

 

「理解できん……ヘルはあの負け犬によって酷い目にあったのだぞ。それがなぜ」

「彼女、妹さん? ずいぶん変わった思考回路しているみたいねぇ。ただ、何て言うのかしら。心の底ではまた、色々と考えてそうな気はするのだけれど」

「それは、おそらくな。あの子はあの子なりに馬鹿ではないはずだ。とんちきではあるが……」

 

 あっさりと認めて観察する。血を分けた半身であっても理解の及ばない、ある種深淵なるリムルヘルの心境。

 そこに思いを馳せながらも、リムルヘヴンは未だ戯れる二人を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとまずの応答も済み、クロード、リムルヘヴン、リムルヘルの三人は町へと戻ることにした。もう陽も沈みかけており、このまま魔獣について調べるよりは一旦帰還して、体勢を整えた方が良いだろうと判断してのことだった。

 

「別に構いやしねえんだがな……日がな一日斬りあったってよ」

「それは死にたい貴様だけの都合だろう。私やヘルは違うのだ、今日は大人しく帰れ」

「半裸ちんのお休みってー、もしかして全裸ちん? それともフル装備ちん? ヘルちゃん気になります!」

「ちっ……分かったからこの物狂いを黙らせろ。いい加減頭がおかしくなる」

「安心しろ、元からだ」

 

 ドクター・マッスルの家を出て森の中、外界へと続く雪道を歩きがてらにそんなやり取り。クロードもいい加減、リムルヘヴンのあしらい方というか適切な距離感を察しつつはあるのだが……リムルヘルに対してだけは未だ、どう応じるべきか掴みかねている。

 率直に言えば近寄らないでほしいのだ。時折口に出すように、放っておいてほしい。けれど彼女はそのような希望などまったく無視して寄ってきて、しかも何やら意味の分からないことを延々と喋っては絡んでくるのだ、恐ろしく理解できない。

 

 あるいはこれが、リムルヘルなりのクロードへの復讐なのだろうか。リムルヘヴンはそう思い、すぐさまいや違うと胸中にて否定した。

 発言が狂っていることを除けばこの妹は明るく朗らかで社交的だ。けれどその実、姉のリムルヘヴンや親代わりのアリス以外にはどこか、一線引いた付き合いをしている節がある。道化めいた振る舞いや言動も、あるいはその一環なのかも知れない。

 そこまで考えて彼女は、奇妙さに顔を歪めて呟く。

 

「ヘルも……距離を掴みかねているのか?」

「にゃぽらぽろーん! 半裸ちんの胸板にドラマチックプレゼントー! 厚いマッスル三号じゃないよ触っちゃったりなんかしてー!」

「ハァ……どうせ俺なんかイカれた亜人の玩具なんだ。頼むから誰か殺してくれ……」

 

 いつもより何割も増してにこやかにクロードへと突撃する姿が、どこか平時とは異なる感覚を覚えさせる。そのことに疑問の浮かぶリムルヘヴンだったが。

 

「……まさか、なあ」

 

 この男相手に何を迷うことなどあるのか、いやないと彼女は首を軽く振り、肩を竦めてまた、歩き続けていく。

 ──と、そんな折。もうじき森を抜け外界へ出るといった辺りで、リムルヘヴンは『気配感知』に引っかかるものを覚えて二人へと告げた。

 

「ヘル、負け犬。森を抜けたところに誰かいるぞ。人間だが……何だ? 変な感じもする」

「ああ? 何人だ」

「一人だ。だが周囲には不自然さがある。自然なのに違和感のある、不思議な感覚だ」

「ハッ、『気配感知』をお持ちの亜人様にしてはずいぶん曖昧な御感想だな」

「茶化すな、殺すぞ。笑いごとは貴様の人生だけにしろ、負け犬」

 

 ひどくぼやけた感覚を言葉として表現せざるを得ない苛立ちを、鼻で笑った自称死人に叩き付ける。リムルヘヴンの生真面目な性質は、得体の知れない気配に神経を逆撫でされているような心地でいた。

 

「ふむ……」

 

 一方で辛辣極まる台詞にて切り返されたクロードだが、何ら気にすることなく内心にて当たりを付ける。恐らくは『オロバ』だ。それも『オペレーション・魔獣』に関与している輩なのだろう。

 魔獣と戦っていた時から既に、あるいはこうなりかねないことは可能性の一つとして考えていた。かの組織は基本的に誰しも悲観的な者ばかりで、一つの策を練るにせよ、それが上手くいかない場合に備えていくつものパターンを予測している者が多いのだ。

 つまりは魔獣が敗れたことを何らかの方法で知り、泡を食って目撃者を始末しに来たとは十分に考えられた。

 

「……あの女もそうだったしな」

 

 クロードにそのような裏事情を教えた、妖艶なる美女が脳裏に浮かんだ。ドロスという名の亜人の女は、S級冒険者にして王国南西部の冒険者ギルドの長でありながら『オロバ』にも与していた、策謀張り巡らせる蜘蛛のような輩だった。

 何やらミシュナウムと特別縁があったようだが、今となってはどうでも良い話ではある。そう、事実上彼を邪道へと導き、一時は執着に近い恋慕をも抱いた相手だが──もはやすべて終わったこと。あの日の敗北で何もかも、過ぎ去りしものに変わり果てたのだ。

 

「死人が抱ける過去なんざ、な」

「何をぶつぶつ言っている。心当たりでもあるのか、この先にいる奴に」

「ねえよそんなもん。だが不自然な奴なんてのはこの流れだと、一つしかねえだろ」

「……やはり、『オロバ』か」

 

 素っ気ない言葉に、リムルヘヴンはそれでも納得したように頷く。彼女も過去の経験から『オロバ』の存在に行き当たっていたようで、闘気を漲らせて水の魔剣を抜いている。臨戦態勢。

 

「ヘル、後ろに。負け犬は構えろ。魔獣がいることまで仮定して、いつでも全力で戦えるようにな」

「指図すんな、てめえから斬るぞ……ハァ、今度は俺を殺せるか?」

 

 億劫そうに、けれどクロードも『攻勢魔剣』を手に取った。『ストライクドライバー』は基本的に一度の戦闘に一度きりだ、ゆえに早々使いはしないが準備だけはしておく。

 

 魔剣士二人、戦いの気迫を纏って。ようやく抜け出る森を後にして、来る何者かの前へと姿を現していくのであった。

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