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連邦魔獣戦役クロード-よみがえる刃-  作者: てんたくろー
第一章・錆び付いた刃
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堕ち果てた男

 昔日を見ていた。

 

『何故、だ……僕、は。え、いゆう、に』

『答えは簡単だよ、──』

 

 信じられない現実を、それでも認めざるを得ない致命的な、決定的な敗北。けれどどうしても信じたくないと呻く男に、少年は告げる。

 

『どんな理由があっても……自分一人の都合で関係ない人を傷付けた時点で、お前は英雄なんかじゃない』

『勝手な理想を他者に押し付ける奴が、時代を担うなどと笑わせる。言ったろう……ごく個人的で、恐ろしく薄っぺらいんだよ貴様』

 

 少女も続けて投げ付けてくるのは、絶対的な否定の言葉。自分のこれまでを、すべてを、過ちだと断言してくる絶対的な拒絶。

 反論したかった。だができなかった。結果がすべてを知らしめていた──己は負けたのだ。どうしようもなく、完全に、完膚なきまでに。あんなに望んでいた理想が、あんなに願っていた夢が。すべてを裏切ってなお貫かんとしていた恋慕さえもがこの時、露と消え果てたのだ。


『く……そぉぉぉ……っ!!』

 

 もはや呻くしかなかった。それだけがこの、人の道を踏み外してまで野望を追い求めた今の自分に、許されていたことだった。

 そんな、絶望の嘆きばかりが、永遠とリフレインしていた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は、ぁ」

 

 ため息と共に、クロードは目を覚ました。いつもの天井、小屋。隙間風の吹き荒ぶ、放棄されたボロボロの建家だ。

 身を起こす。いつも通りの夢見の悪さに、彼はもはや大した反応を示すことはない。そのまま靴を履いて立ち上がり、ところどころ破れた黒いコートを羽織る。焼け焦げた浅黒い上半身を裸に、ズボンのみ着用しているところにそのような着こなしなのだから、率直に言えば変質者的な出で立ちだ。

 

 だが彼は構わなかった。どうでも良かった。死んでないだけの死人が、気にするべきものなどないのだから。

 幾らか黒く焦げた銀髪を乱雑に伸ばした、薄汚れた姿のまま歩きだす。壁に立て掛けてあった身の丈を超す鉄塊のみを背負って、クロードは──

 吹雪く町中、万年凍土の連邦領へと繰り出していった。

 

 外はまさしく極寒、行き交う人も極端な厚着をしてなお、寒そうに身を縮めて歩いている。町の外れにあるこの小屋の辺りは、中央通りに比べるべくもないが少しは歩行者がいるのだ。

 そんな中を異様な薄着で歩く。気の狂ったような行為だが、クロードは何一つとして気にしていない。澱んだ目、濁った瞳でただ無言に歩を進めるのみだ。背負った鉄塊の先端が地面に擦れ、がりがりと引っ掻くような音を立てながら。

 

「っ……見ろよ、『半裸の奇行士』だぜ」

「うーわ、マジで半裸だ……どういう身体してんだ、こんな寒さの中で」

「よく凍死しないわねぇ……」

 

 そんな彼を遠巻きに見つつも人々は小声を交わしあった。『半裸の奇行士』、それがつい半年程前に突然現れた、クロードを称する言葉だった。

 端的に言えば狂人扱いだ。だが今ではこの町の誰もが知っている……この変態的な格好の男が、その実、とてつもない実力を秘めた天才剣士であることを。

 この半年の間に彼が討ち果たした『亜人』の数を以て、否応なしに確信せざる得ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間という種族が、『亜人』という人間ならざる人類によって殲滅戦争を仕掛けられてから、もう16年が経過している。

 終戦が6年前であるから10年続いたことになるその戦争において、亜人は人間種を大量に虐殺し、しかして敗戦した。首魁たる『魔王』が討ち果たされ、配下たる各亜人種たちも散り散りとなったのである。

 

 けれども戦争の爪痕は未だ深く、各地で亜人の残党による犯罪が多発している。昨今では連邦領の南に位置する王国や、更にその先にある共和国においても組織だった犯行が為されているような時勢なのだ。

 そして連邦においても例外なく、亜人犯罪は頻繁に起きており──少なくともこの町において半年、それらの大半を鎮圧しているのが他ならぬ、クロードなのであった。

 

「前、知り合いの冒険者があいつの戦いを見てたそうなんだが……まさに出鱈目だったんだとよ。とにかく強い、亜人すら一方的に殺してたって話だ」

「ひょえぇー……でもありがてえよな、この半年でずいぶん被害も減ったしよぉ。こんな場末の町にあんなのが、いてくれると助かるぜ」

「格好は狂ってるけどな、だははは!」

 

 町人たちがそんな風にクロードを指して話し合っているのを、聞いてはいるが気にも留めない当人。どうでも良いことだった。別段誰のためでもなく、結局は己のためにしている行為だ。恩着せるつもりなど欠片とてない。

 いや、そもそも恩着せがましい考えなど、持てる身の上ではないのだ。

 

「……どうせ俺なんだ。放っとけよ」

 

 小声で自虐を呟く。けれどそんな声は当然誰にも届くわけがなく、雪国の積もった白粉へと吸い込まれていく。

 それすらもどうでも良かった。彼は、歩き続けていた。目的はいつものように、町の中心部にある施設だ。『冒険者ギルド』。その名が示すとおり職業冒険者たちの憩いの場であり、また仕事の斡旋場でもある。

 

 30分程してから到着したその施設は、雪が積もって白く塗り染められている。二階建ての木造で、それなりに賑わっているのか中からは楽しげな声が聞こえる。

 無言でクロードは店内へと入っていく。扉を開け、歩く。途端に賑やかだったのがしんと静まり返って、中にいた誰もが一斉に彼を見た。

 

 構わずにテーブルやら椅子やら、ついでにそこにいる何人もの連中を避けるようにして進む。奥にある窓口にまで辿り着くと、そこでようやくクロードは口を開いた。

 

「……いつも通りだ、依頼を寄越せ。たくさん殺せるやつが良い。難度の高いのなら特にな」

「は……いえ、ですがクロードさん。貴方、つい昨日だってオークを5体も、一人で……」

 

 窓口に座っていた職員の女が、顔をひきつらせて応える。無理からぬことだ、何しろクロードは昨日の昼、亜人を相手にする依頼をこなしていた。

 通常、亜人一人に対して最低四人、手練れの戦士がいなければ戦力としては拮抗しない。これは学術的にもよく知られた常識であり、冒険者にとっては己の命を護るためにも絶対に知っておかなくてはならない、前提知識だ。

 

 それをクロードはたった一人で五人、亜人を倒す依頼を受けてしかも達成したのだ。それだけでも異様なものを、しかも続けてすぐに似たような依頼を求めてきている。これははっきりと異常なことだった。

 加えて一度亜人討伐を果たしたならば、どんなに短くともそこから数日は休養を取っていなくてはおかしい……それがこのペース。もっと言えば半年前、ふらりとここに来て冒険者として活動を始めた頃から彼はこんな調子で、あり得ない程のハイペースで亜人討伐の依頼を受諾、そして達成し続けていた。

 

「もう少しご自愛いただかなければ、私どもといたしましても困ると言いますか、そのぅ……」

「どうでも良い……それよりさっさと案件寄越せ。なけりゃないで、そこら辺のを適当に狩るだけだ」

「ひ、ぃ!?」

「この国は別に、亜人と仲良くするつもりもないんだろ。むしろ消し去りたい……なら俺が多少勝手に殺っても良いだろ。めんどうくせえ」

「わ、分かりましたよすぐに持ってきますからぁ!」

 

 半泣きになりながら慌てて依頼を探し始める職員の女。親切心、というよりは恐怖から労ってみせたというのに、返ってきたのは無差別殺人を仄めかすあまりに恐ろしい発言。

 怖すぎる。亜人より余程恐ろしい──みっともなく喚きたい気分に浸りながらも、彼女は依頼リストを漁っていく。

 

 その間暇になるクロード。手持ち無沙汰を死んだ目のまま持て余しては、気だるげに周囲を見渡した。冒険者の仕事と報酬のやり取りを行うこの施設は世界中あらゆるところに見られるが、大抵の場合酒場も兼ねている。

 ご多分に漏れずここもそうで大勢の冒険者たちが食卓を囲って酒を飲んでいる、のだが。平素にはない静けさと畏怖とを以て、こちらをチラチラと観察してくる者ばかりの状況に、クロードは小さく息を漏らした。

 

「……どうせ俺なんか、何処行ったって邪魔者か」

 

 そこに諦念の色は見えない。もはや何もなかった。当たり前のことを当たり前だと再確認するだけの、虚無的な作業。

 分かりきっていたことだ。自分は『道を踏み外した』。そんな輩に居場所などない。もう、死地以外にいるべき場所などないのだ。

 

 不意に、笑みが零れた。己への嘲笑だ。

 かつて自分は何を目指していた? 半年前、自分は何を掲げていた? それが今ではどんな有り様だ? ──途方もなく愚かだった己を嗤い続ける。

 あそこで死んでおくのが正道だった。未だに死んでいないのはやはり、邪道に堕ちたからなのだ。そう信じて彼は、暗い自虐の愉悦に身を浸す。

 

「お、おい……何を笑ってんだあいつ。薄気味悪い」

「知らねえよ、見たくもねえよあんなおっかねえの……亜人よりやべえんだぜ」

「くそ、パルマちゃんに泣きべそかかせやがって! 俺が強けりゃあんな奴、あんな……」

 

 冒険者たちの小声が聞こえる。いずれも恐怖と畏怖と、若干の怒り。どうあれ歓迎的なムードではない。当然だ、ありえない。

 死人に、受け入れられる場所なんてない。そんなことだけをクロードは内心、繰り返し続ける。職員──パルマが声をかけるまで彼はそんな調子で、自らを慰めていた。

 

「み、見つかりましたぁ! 『ゴブリン3体討伐』です! で、ですけど……」

「3人、か。物足りないが道中、追加で適当に殺るか……」

「……ですけど、やっぱり無茶ですよ! いくら強くたってこんな、連日連日、亜人と戦い続けて!」

 

 ついに見つけた依頼だが、残念ながら数が物足りない。せめてこの倍はいなければ、戦いにさえならないだろう。

 それでも食い扶持稼ぎも兼ねてだ、行くかと依頼受諾書に適当なサインだけしていくクロードに、パルマは泣き顔のまま制止する。幼げな容姿の、一般的な男ならば庇護欲がそそられるような儚い雰囲気を放つ美しい少女の涙が、成り行きを見ていた冒険者たちの心を打つ。

 

 いくら怖くとも、いくら素性の知れぬ流れ者でも、クロードは今ではこの町の冒険者だ。それも破竹の勢いで亜人を倒し続けて治安維持に多大な貢献を果たす、極めて強力な剣士。

 絶対にこのような、自殺めいた行為を繰り返させるわけにはいかない。そう決意して、泣きながらでも止めようとするパルマであったが。

 

「……お前に、何の、関係がある?」

「ひっ」

 

 こちらを覗き込むクロードの、あまりに暗く濁りきった瞳に、息すら止めて身を強張らせた。深淵を垣間見たような、おぞましさが背筋に走る。

 

「俺は、お前らの都合で動いてるんじゃねえ。死人を、縛れると思うな……」

「あ、あ……!」

「……はぁ。どうせ俺は、こんなガキすら怯えさせる」

 

 いっそ穏やかに諭すように告げる声音が、むしろ恐ろしく。生来臆病なパルマはもはや、失神寸前の様相だ。

 そんな姿に吐息して離れるクロード。実際のところ少しばかり鬱陶しいものを感じたものの、威嚇したり威圧するつもりは彼には一切なかった。ましてや危害を加えるなど考えてもいない。

 

 けれど結果はこの通りで、職員は泣き、冒険者たちは殺気だっている。

 つくづく、何処にも居場所のない俺だ……と自嘲しつつ歩き出す。どのみち依頼は受けた、ならばここにいる意味はない。さっさと外に出て、亜人を殺しに行きたかった。

 

「ちょ、ちょっと待てやてめえっ!」

「パルマちゃん泣かせやがって、いい加減にしろや変態野郎っ!!」

「……あ?」

 

 そんな彼を呼び止めるのは数人の冒険者たち。筋骨隆々と鍛え上げられた肉体を持つ、それなりに年季の入っていそうなベテランの風格を漂わせている。

 義憤にでも駈られたのだろうか、それとも美少女の前で格好を付けたいのか。けれど奥底にはやはり、亜人をも一蹴し続ける謎の強者に向けての恐怖があるようだ。ひどく緊張しながらも威嚇をしてくるのが煩わしく思えて、クロードは舌打ちを一つした。

 

「チッ……せっかく消えてやるのに、引き留めてんじゃねぇよ」

「っ……」

「面倒なんだよ、そういうの……嫌な気になる。『奴』を、『奴ら』を思い出す」

 

 途端、震える冒険者たち。簡単に気圧される姿が、弱くとも立ち向かってくる彼らの姿が、昔日の──『あの戦士たち』を彷彿とさせる。

 最初は絶対に負けないと思っていた。事実しばらくは負けなかった。けれど彼と彼女は猛烈な勢いで成長し、ついには己を超えてしまった。そんな、苦い敗北の記憶。

 

 そして、何より思い出すのは一人の男。何処にでもいるような平凡な姿と心で、けれどこの世の何よりも強い力を持った、最強の戦士。

 

「『奴』のような力があれば、お前らみたいなのはどうするんだかな」

「奴……?」

「……どうでも良いか。もう会うこともない」

 

 無意味な仮定を投げ捨てて、クロードはまた歩きだした。今度は誰も止める者はいない。そのことにわずかな安堵と失望を抱きながらも、彼は今日も死地へと向かった。

 

 かつて理想を抱いて夢を進み、けれど道を踏み外してすべてを失くした男、クロード。

 生きながら死んだ男の、錆び付いた現状はこんなものだった。

第三部はじめました、よろしくですー

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[一言] 続編お待ちしておりました。 更新楽しみに待っています。
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