第十七条(終息)
本日2話更新です
三つの街を騒がせた盗賊団の襲撃は、時間が経つに連れ落ち着きを取り戻していった。
パトリシアと再会したアイリーンは、目を赤く腫らせながらも素直じゃない様子ではあったものの……深く謝ってきた。
心配をかけてしまったことをパトリシア自身も申し訳ないと思いつつも、とにかくお互い無事であったことを祝った。
暫くアイリーンは兄の屋敷に居候し、真珠業の手伝いをしてくれていた。
誰よりも物の価値を見定めるのは自分が上手いのだと自負していた通り、高級真珠の選別方法を的確に指摘し、モルドレイドやバックスと共に資料作りをしていた。
ようやく資料も完成した頃。
アイリーンを迎えに、クロード・ライグがネピアへと訪れた。
「…………パトリシア?」
信じられない、といった元婚約者の姿にパトリシアも固まったが。
傍に立っていたヒースに肩を支えられたことで落ち着いた。
「…………初めてお目に掛かります、ライグ商会長」
敢えて初対面の挨拶を交わせば。
暫く黙っていた後、クロードも僅かに微笑みながら「初めまして」と応えてくれた。
アイリーンを迎えに来たのだと言うクロードは、アイリーンを見つけて早々に王都へと戻っていった。
パトリシアの事がバレてしまったことを、むしろ申し訳なさそうにするアイリーンに苦笑しつつ、王都では内緒にして欲しいとだけ伝え別れを告げた。
それからちょくちょく手紙のやり取りを続けている。
お互い仕事の話ばかりではあったものの、時々近況を伝えてくれるアイリーンから結婚式をしたと報せがあったのは、別れから一年は経った頃のこと。
貴族へ向けた真珠のアピールも盛大に出来たから、これから沢山売れるわよと文面から勢いを見せるアイリーンにパトリシアは苦笑した。
お陰様で真珠の輸出業も軌道に乗ってきた。
それが功をなし、バックスとオールドレの婚約も行われた。
平民同士なので婚約という手順は必要ないこともあったけれど、「少しでも安心して待っていて欲しいから」とバックスから希望を出したとか。
近々もう一つ結婚式があるのかも。
そんな風に思うと、パトリシアの頬も緩んだ。
「何笑ってんだ?」
レイド傭兵団の建物の中、愛用の椅子に腰掛けながら剣を研いでいたヒースが声を掛けてきた。
ヒースは相変わらずだった。
エストゥーリ傭兵団だったということで、一時は騒がれていたものの、何一つ変わらないヒースの様子に町の人の高揚も落ち着いた。
ただ、今でも定期的に遠方から仕事の依頼はやってくるが、ほとんど断りを入れている。
町を離れるつもりはないから。
この、一言だけで断っているのだ。
「バックスさんとオールドレさんが結婚する日も近いかと思いまして」
「ああ……それもそうだな。バックスのやつ、ネピアで家を買うとか言ってたし」
「そうなのですか?」
「商人の仕事で資金も貯まったらしいしな」
半人前だから独り立ちするには時間が掛かると言っていたバックスだったが、真珠業を執り行う中で抜群の評価を得ているらしく、最近では元々勤めていた商会の手を借りず一人で切り盛りしていることは知っている。
その辺りで事務手続きをしているパトリシアから見ても、レイド商会の商会長として相応しい働きなのではないか、とも思っている。
「ふふ……素敵ですね」
バックスの行動は全て、愛のため夢のため。
そんな彼等を見ているだけで楽しかった。
ミシャもまた、異国の言葉が上達してきたこともあり、時折ドレイク傭兵団に混ざり勉強を兼ねて仕事をしていたりする。
だから、傭兵団にいるのはいつもヒースとパトリシアだった。
「パトリシアも憧れるのか? 婚約とか結婚とか」
「一応女性ですので。婚約破棄をされた身ではありますけれど……やっぱり憧れていたものですわ」
幼い頃のパトリシアは恋に憧れる少女だった。
クロードとの婚約が決まった時だって浮かれていた。
そんな当時が今ではとても懐かしい。
「そんなもんか」
「そんなものですわ」
楽しそうに書類整理をしていたパトリシアだったが、ふと目の前に影ができたことに気付き顔を上げた。
先ほどまで立っていたヒースがこちらを見ていた。
「それじゃあ、パトリシア。良ければ俺と婚約でも?」
「…………………」
視線を合わせるようにパトリシアの正面に座ったヒースからの言葉に、パトリシアは放心した。
何て言った?
婚約?
「…………駄目か?」
「それ、プロポーズですか?」
「まあ、一応」
一応って。
ヒースにロマンを求める方が無理なのかもしれない。
そんな風に結論が出たパトリシアは小さく微笑み。
「ヒース。婚約の必要手続きは……お済みですか?」
それはかつて、パトリシアがクロードに言った言葉と反対の意味で。
パトリシアの新しい人生の、始まりの言葉でもあったことを。
幸せな空間の中でふと。
思い出したのだった。




