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第十五条(ウィンドウェイ)

 バルトという盗賊はヴィアンズ盗賊団の中でも参謀と呼ばれるに近い役割を果たしていた。

 帝国には近づかず、姑息な位置で常に悪事を企むような、そんな男だった。

 かといえば力が無いわけではなく、武力も人並み以上ではあった。

 このまま盗賊団の中でも功績を得ていけば、それこそ頭の名を堂々と名乗れるほどには……そこまで過信をしていた。

 頭と呼ばれる存在は年によって替わることがあった。捕縛、裏切り、死などにおいて倒れる事が多いが、複数の頭候補となる者達が上手く機能していた。

 機能していたと思わせながら、その実ヴィアンズの名を使ってそれぞれが良い様に動いていたということもある。

 組織の綻びが見えたせいだろうか。

 悪虐な行為が目立つようになったヴィアンズ盗賊団に対し、粛清の声が上がった。

 上げたのは国ではなく、一つの傭兵団からだった。


 エストゥーリ傭兵団である。


 エストゥーリ傭兵団はその名の通り傭兵であり、雇われない限り手が及ぶ事は本来なかった。

 しかし昨今それぞれの頭候補たる者達が自由勝手にしたせいか、重い腰を上げたのだ。

 帝国でもなく、一介の傭兵団が動いたからといって笑い話には出来なかった。

 エストゥーリ傭兵団の名を異国で知らない者はいない。

 帝国では知る者も少ないが、帝国を離れれば強大な組織として成り立っているエストゥーリの名に信頼する者は多い。

 その傭兵団が、盗賊団の殲滅に動いた。


 事態は呆気なく幕を閉じる事になる。


 ヴィアンズ盗賊団が秘密裏にしていた隠れ家に一人の男が立ち入った。

 鋭利で輝き放つ剣を手に、たった一人で訪れ、そして言葉通りヴィアンズ盗賊団は敗北した。


 敗北したのだ。

 不意を突かれたとはいえ、武力を自慢する輩の多い砦の中で、誰も、その一人に太刀打ちが出来なかったというのだ。

 一度は捕らえられたバルトだったが、部下の助力により途中で脱走できたことだけが幸いだった。

 バルトは胸に刻んだ。

 エストゥーリ傭兵団には手を出してはならない。

 組織として大きすぎる動きはしてはならない。

 そして。

 ウィンドウェイの名を継ぐ、ヒース・ウィンドウェイに、目を付けられてはならない、と。




「どうなってんだよ」


 遣いの報告が矢継ぎ早に来た挙句、パトリシアが発見された。更には盗賊を拘束したという報せに素っ頓狂な声を上げた後、急いで駆けつけたレオは苛立っていた。

 心配していたパトリシアは特に怪我がない様子で落ち着いている。

 ヒースは相変わらず煙草をふかしている。

 彼の前には盗賊が五名ほど転がっている。

 つい、口調が荒くなっても仕方がないだろう。


「丁度いいタイミングで捕らえることが出来たよ。とりあえずこの周辺は大丈夫かな」

「…………流石エストゥーリ傭兵団の人間はレベルが違うな」


 わざとらしくレオはエストゥーリの名を口にした。途端、周囲にいた遣いの者や兵が驚いた様子でヒースを見る。

 レオが憶測でその名を出した訳ではないだろう。きっと、ヒースが手にした剣を見て確信したのだろう。

 そしてヒースも否定しなかった。


「…………アルマンの攻防は頭領が捕らえられたと報せれば統制が取れなくなるだろうから、連れて行くかい?」


 ヒースが未だ倒れ拘束されたバルトに視線を向ける。

 暫く考えたレオが首を横に振った。


「ドレイクにやらせるまでは拘束しておく。さっき報せを出しておいた。下手に少人数でコイツを連れて行って襲われたら元も子もない。ついでにネピアの住人を一部戻させる。町の治安警備を頼めそうな奴を見繕ってもらう」

「ああ……なるほど」


 先々まで考えたレオとヒースの話し合いを眺めていたパトリシアだったが、ふとレオと目が合った。

 すると突然、頭を下げた。


「妹がすまなかった。今は妹に代わり謝罪しよう」

「え」

「話は聞いた。あのアホが真珠を取りにお前を連れてきたんだって。アイツはいま俺の屋敷にいる。あとで正式に謝罪させる」

「ああ…………はい」


 そういえば、アイリーンをあの場で逃がしていたことを思い出した。


「アイリーンは無事ですの?」


 あの後、賊に追わせないよう足止めしたとはいえ、アイリーンが無事かどうかは知らないパトリシアは純粋にそう尋ねた。しかしレオの表情は拍子抜けした様子をしてから小さく笑った。


「…………大丈夫だよ」

「そうですか。安心しましたわ」

「…………」


 レオは大きく溜息を吐いた後、「やっぱ惜しいわ」とだけ呟いてからその場を立ち去った。

 何かよくわからないままにパトリシアはレオの背中を見送っていたが、視界が遮られた。

 ヒースによって目元を押さえられたのだ。


「ヒース? 何です?」

「…………いーやぁ?」


 行動の意図を説明されないまま、レオの姿が見えなくなるまで、何故かヒースはパトリシアの目をずっと隠していたのだった。




 その日の夕刻、アルマンから絶えずあがっていた狼煙が消えた。

 ドレイク傭兵団によって連れていかれたバルトの捕縛により、アルマンを襲っていた賊が降伏したからだ。

 ネピアとヴドゥーに集結していた兵を半分ほど引き連れてアルマンに向かった兵数から、賊は敗北を認めたのだ。

 トップを失った賊は烏合の衆となり、脱走する者がほとんどだった。中には諦め降伏する者もいる。

 アルマンの様子はだいぶ荒れていたものの、防衛に徹していたためか、民に被害は少なかった。

 漸く平穏に戻れるとしったアルマンの民は喜び、歓声をあげる。

 ヴドゥーに避難していたネピアの民は、安堵して帰路に就いた。

 ようやく、日常が戻ってきた。




「あり得ねえ。マジかよ」


 否、日常と一部変わったことがある。

 ヒースを見る周囲の目が大きく変わっていた。

 特に大きく変わったのが、まさかのアルトだった。


「アンタがエストゥーリ傭兵団だったとか、嘘だろ……」

「ほれ見ろ。こいつの剣に紋章があるだろうが」

「いや、まあ! そうだけど……あーーーーくそっ」


 何故か悔しそうに、しかし嬉しそうに剣を見つめるアルトの表情は、ミシャと全く一緒だった。

 ミシャにもヒースがかつて名を馳せたエストゥーリ傭兵団の一人だったという真実を告げた時。

 文字通り卒倒した。

 本当に、卒倒したのだ。

 慌てて長椅子に寝かせたものの、起きてから彼の興奮は凄まじかった。


「ヒースさんがエストゥーリ傭兵団の方だったなんて……あああああ……どうしようっ! ああ! 僕、そんな方に剣を教わったりしてたなんて嬉しい……! うわああああ!」


 ほぼ、奇声をあげていた。

 漸く落ち着いてから、ヒースが小声で「だから知られたくなかったんだよなぁ」なんてボヤいていたので、ミシャのような態度を見るのは初めてのことではないらしい。

 パトリシアはそこまで知らなかったけれど、どうやらエストゥーリ傭兵団は所謂少年達の憧れ的存在らしい。

 それが、少年だけではなく成人した傭兵にとっても同じなのだと、アルトを見て知った。


「クソ親父! アンタ知ってて言わなかったな!」


 傍で茶を啜っていたモンドに捲し立てるが、モンドは全く気にせず茶を飲んでいる。


「当然だろう。儂が連れてきたんだぞコイツは」

「言えよ! っつーかだったらドレイクに入れりゃいいじゃねえか」

「それを嫌がったから、こんな辺境な地で穀潰ししておったんだろうが」


 辺境な地、ネピアの廃れたレイド傭兵団に身を置いていたヒース。

 確かに言われてみれば、どうしてだろうとも思う。

 事が落ち着いて今後の対策について集まっていた彼等に茶を出していたパトリシアはヒースを見た。

 彼は相変わらず口を多く開かない。

 ただ、困った様子で小さく笑っていた。


(本当は……このまま知られたくなかったのかもしれない)


 ヒースの事は少しではあるものの理解をしていると、ほんの少しの自惚れから感じているパトリシアは、現状のようにエストゥーリ傭兵団であったことを隠したかったのではないか……そう、考えた。

 けれど実力を出すために、パトリシアを救助するために素性を明かしたのであれば。


(なんとお詫びすれば……)


「パトリシア」


 萎縮していたパトリシアだったが、ヒースに名を呼ばれ顔を上げた。


「あとで少し、時間を貰えるか?」

「え? ええ…………」


 急な相談に対し、特に考えはせず頷いた。

 暫く大きな動きもないパトリシアは始終レイド傭兵団の中で事務処理をしていることはヒースも知っているはずだ。

 それでも敢えて彼はパトリシアに聞いてきた。


 よく考えれば、改めてヒースと時間を取ることがなかったことに。

 慌ただしい生活を続けていたパトリシアは気付いていなかったのだった。



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