第十四条(実力)
危機迫った状況に陥ったバルトはその瞬間、過去を思い出していた。
名を馳せた盗賊団、ヴィアンズが壊滅させられたあの日。
日頃から痛い目に遭うことがあったものの、壊滅にまでは至らせない傭兵団に隙を突かれ、瞬く間に盗賊は捕らえられた。
それでも必死で抵抗した。知恵を絞り、情など捨てて仲間だろうと利用して対抗した。
それでも駄目だった。
最後、バルトは一人の男の剣を前にして膝を突いた。
それがヒース。
当時、エストゥーリ傭兵団の筆頭大将とも呼ばれ、副団長を務めていたヒース・ウィンドウェイだった。
ヒースはバルトを一瞥した後、剣を手に構え疾風のような速さで駆け出した。
馬上から攻撃する方が有利であるはずなのに、接近戦に追いやられた立場の賊達は上手く動き回れず、まず一人がヒースの体当たりにより落馬した。
落馬と同時に剣を足で蹴り飛ばし、更に男を一撃で失神させたヒースが、攻撃を仕掛けてきたバルトの剣を自身の剣で制する。
その間に馬から降りた男がヒースに向かい同じく剣を構え襲ってくるが、それを脚で蹴り飛ばし距離を保つ。
あまりの早い攻防に賊が翻弄される状態に見えた。
パトリシアは黙りその姿を見守るしかなかった。
恐怖で震えていた手はいつの間にか落ち着いていた。
ヒースの邪魔にならないよう、ただ黙って彼を見つめていた。
バルトが短剣をヒースに目掛けて投げるが、それをろくに移動せず躱したヒースは、部下の一人に向けて剣で攻める。
必死で防衛に回る部下の手が、数回の剣のぶつかり合いの末手を滑らせ、剣を落とす。
恐怖で顔を上げた男の顔面に思いきり拳を当てたヒースにより、部下の男は殴り飛ばされ、そして気絶した。
残されたのはバルトだけだった。
この少人数でヒースに勝てるはずがない。
バルトには分かっていた。
この数倍の人数をも一人で倒され、そして捕縛された身だから分かる。
だとすれば残された手は一つ。
バルトがパトリシアに目を向け、勢いよく馬で走り出した。
ーパトリシアを人質にするつもりだ。
状況を観察していたパトリシアにも分かる。
けれど、ヒースの妨げになどなりたくない。
「行って!」
馬に向かい大きく叫べば、パトリシアが乗っていた馬は高らかに脚をあげ、ヒースに向かい走り出した。
「なっ!」
まさか逃げるどころか逆に向かってくるとは思わなかったバルトは、一瞬怯んだものの好機と思いパトリシアに向けて手を広げた。
その長い髪を掴み捕らえようとしたが、その手は空を切った。
その腕が、ヒースによって投げられた短刀により貫かれたからだ。
「ああああああああ!!」
急に襲いかかる痛みに悲鳴を上げたバルトの横を通り過ぎ、パトリシアはヒースに近づいた。
部下の男が乗っていた馬に乗ったヒースが拍子抜けした顔でパトリシアを見ていた。
「無茶するなぁ……」
「ヒースなら間違いなく命中すると思いましたので」
パトリシアがバルトに襲われかかった時、その先に居たヒースが短剣を投げようとする姿も見えていた。
少しでも距離を縮めたい、更には逃したくない……自分の恐怖からも打ち勝ちたかったパトリシアが取った行動は、少しでもバルトの意識をこちらに向けたかったから。
その事情を察してくれたらしいヒースにより、見事バルトは深手を負い逃げることも出来ず。
ヒースにより全ての賊を捕らえることが出来た。
器用にも賊の全員を拘束し終えたヒースが袂に入っていた携帯用の狼煙を上げた。
「誰か来るだろうから、それまでは……」
続きを言おうとしたが、背中から抱き締められたヒースはそれ以上言葉が出なかった。
パトリシアがヒースの腰に掴まっていた。
今まで見たこともないパトリシアの様子に、漸くヒースも冷静になれた。
背中にしがみついていたパトリシアの手をそっと取り、正面に向かい抱き締め直した。
「よくやったよパトリシア……アンタは最高の傭兵団だ」
「…………」
「本当に……無事で良かった……」
パトリシアの頬に掛かる溜め息は、心から安否を心配していた者から漏れたものだと分かった。
涙で視界が曇るパトリシアには分からなかったけれど、もしかしたらヒースも同じぐらい怖い思いをしていたのかもしれない。
「不安にさせてごめんなさい」
「ははっ……アンタが言うか。…………本当だよ。死ぬかと思った」
笑ったように聞こえたヒースの声だったけれど、その声が微かに震えていることにパトリシアは気が付いた。
どれだけ心配をかけてしまったのだろうか。
そう、考えると余計に涙が零れてくる。
それ以上互いに掛ける言葉はなく。
ずっと二人は、抱き締め合っていた。
どれだけ抱き締め合っていたのか……
ようやく落ち着きを取り戻したパトリシアは、目元を擦りながら顔を上げた。少し照れくさい。
「どうしてここが分かったのです?」
「んー……」
ヒースの様子もいつもと変わらない表情をしていたが、言葉に詰まっている様子であることは分かる。
「行動の目星を付けて、あとは馬の蹄や痕跡を辿ってきた……ってとこかな」
「……それだけで?」
あまりにも呆気ない発見だったようにヒースは言うが、多分そう簡単な話ではないと思っている。
蹄の種類だって沢山あるだろうし、深夜から今に掛けて暗闇の中で行動するのは容易くない。
それでもヒースは多くを語らない。
バルトと顔見知りであったことも、今まで手にしたことのない剣を持っていることも、ヒースの過去に関わってくる話なのだろうとパトリシアは分かった。
けれど問うことはしない。
過去を隠し持って生きているのはパトリシアも同じ。
「……これからどうなりますか?」
「そうだなぁ……少し忙しくなるかもな~」
面倒そうなヒースの口調を聞いて、パトリシアは思わず声を出して笑った。
忙しい日常が戻ってくるなら喜んで歓迎しよう。
太陽の日差しが世界を大きく照らす中、狼煙を見て駆けつけてきた人々の姿に。
ヒースとパトリシアは隣に並びながら笑顔を浮かべた。




