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第十二条(二つの選択)

見知らぬ薄暗い小屋に連れて行かれ、バルトとパトリシアと男の三人だけが中に入り、残りの輩は外で見張りか、元の配置に戻っていった。


「こいつは凄え」


 パトリシアが馬に乗せていた真珠の袋を取り上げたバルトは、中の真珠をいくつか見るとじっと眺めてそう言った。

 物の価値を把握している男だ。

 バルトは微かに緩ませた頬を節くれた手で撫でた。


「掘り出し物だな。大当たりってとこか」

「…………」


 パトリシアは喋らないのではなく、喋れなかった。猿轡で口を塞がれ大声をあげられないようにされている。相変わらず腕は後ろに繋がれており、身動きさえ取れないまま、バルトの正面に座らされている。


「おい、お前これがいくらするか分かるか?」

「え? いや……俺には」


 近くにいた部下に聞くが、部下にはただの小さな粒にしか見えなかった。


「これ一つで小さな家なら余裕で建てられるぐらいかな。闇で売ればその数倍の価値で売れる」

「そんなに!?」

「丁重に扱えよ?」


 部下の驚きに気を良くしたバルトが笑う。

 落ち着くとパトリシアを見た。


「お前さんとあのお嬢さんはこれが目的だったってわけだ。本当、いいところで出会えたんだなあ。なあ、これって運命みたいじゃないか?」


 パトリシアは怪訝な顔をしてみせた。

 賊の頭ともありそうな男が随分とロマンチストなことを言うと思ったのだ。


「俺達がアンタに出会えたのも何かの縁。こうして真珠を運んできてくれたってことに、俺は縁を感じるんだがねえ」

「…………」


 パトリシアの猿轡を男が解いたが、パトリシアは喋らない。


「聡明な女だ」


 バルトの表情はずっと楽しそうに笑っていた。


「あんた、貴族の出だな。立ち居振る舞いが町娘とは違うし、身なりも誤魔化しちゃいるが上等だ」

「…………」

「貴族の女ってのはな、悪趣味な奴等に人気がある。気位が高い女どもを嬲ることに興奮するようなクソ野郎達には高く売れる」


 売れる、という言葉にパトリシアは青褪めた。


「俺としちゃあ真珠以上に、あんたにも価値があると思ってるんだ……なあ、貴族のお嬢さん?」

「…………貴族ではありません」

「別に身分なんざ売る時に適当に付けりゃいいんだよ。キレイなお顔と気位高そうな性格さえありゃ、問題ない」


 パトリシアは顎を男に掴まれ、嫌々ながら顔を寄せられる。顔を逸らせようにも掴まれた指が力強くて動かせず、視線だけを外した。


「なあ。クソッタレな輩に売られるのと、俺らの仲間に下るなら、どっちがマシか考えてみないかい?」

「お頭!?」


 部下の男が驚いた様子でバルトに声を掛けた。


「お頭の女にするんですか?」

「それでもいいが、それじゃあ勿体無い。コイツは賢いぞ。引き入れて上手く使えば真珠以上の価値が出る」

「マジですか」

「俺は真面目だよ。もう二度と捕まりたかないからな……俺達にはもっと頭の使える奴が必要だ」


 苦々しい様子で言葉を吐くバルトの話を聞く限り、どうやらバルトは過去に捕らえられた覚えがあるという。

 一つ、何かが引っかかった。

 捕らえられた盗賊の組織、女性を奴隷として売り出す非道な輩。


「ーヴィアンズ盗賊団……?」


 町で聞いた賊の名を口にする。

 バルトと若い部下の男は黙ってパトリシアを見た。そしてバルトが小さく笑う。


「そう呼ばれていた時もあったねぇ……」


 どれほどまでに現実はパトリシアを恐怖へ叩き落とすのだろうか。

 パトリシアを捕らえた男そのものが、かつてヴィアンズ盗賊団として名を轟かせていた、盗賊の頭だったのだ。


「そんで? どうするかい? 明け方には出発する予定だが、その時アンタはどっちがいい? 俺達の仲間として移動するか、奴隷として運ばれるか」


 パトリシアに残された二択はどちらも嫌なことは当たり前だったが、選ぶより手段は無い。


「少し……考えさせて……」

「ああ勿論。時間はあと数刻ある。どうぞお好きに?」


 バルトは機嫌良く椅子に座りながら剣を取り出しポケットにしまっていた手拭いで磨き始めた。

 

(逃げることも出来ない。それに、ここが何処だかも分からない……)


 馬車で移動した森の中だということは分かるが、パトリシアは移動中、逃亡防止のためか顔を隠されて運ばれていた。

 更に見張りもいるため、脱走という選択肢は無い。


(もしここで拒否したとしても、仲間になると言ったとしてもネピアからは引き離される)


 だとすれば選択することは必須。

 奴隷か。

 賊になるか。


(…………身の安全を考えるなら、仲間になると答えるべきね)


 すぐに彼等の元に下ったからと言って、何か行動をすることが出来るとパトリシアは思っていない。

 ただ、もし仲間になった場合に予測されるのは、見知らぬ地で拘束され、外に出られない環境下で働かされることだろう。

 それでも、身体は無事だー恐らくは。


 奴隷は、想像出来る。

 何処かの誰かに売られるのだ。

 それが、遠い地かもしれない。別の国かもしれない。

 売られた後の末路は悲惨なものだろう。

 むしろ、賊の仲間になるかと提案されるだけパトリシアは幸運だったのかもしれない。

 けれど。


(嫌よ……私は、ここから離れたくない……!)


 涙が溢れてきた。

 手は縛られ拭うことも出来ない。


(みんなと……レイド傭兵団に居たい。彼等の邪魔はしたくない……)


 仮定の話だが。

 パトリシアが賊に下ったとすれば、それは強制とはいえ傭兵団と相対する立場になるということだった。

 最悪の場合、賊として働いて知らない間にレイド傭兵団を害する可能性があるかもしれない。

 そこまで考えて、また泣いた。


(それだけは嫌……)


 パトリシアとて、自分の命は惜しい。

 出来ることなら辛い思いなどせず、楽な道を選びたい。

 それでも聡明であるが故に理解している。

 間接的にでも、遠く手の届かないところであろうとも。


 ヴィアンズ盗賊団の仲間になれば。

 いつか彼等を傷つける側になるということを。


 バルトがパトリシア以上に頭が回る男であることはもう、十分理解した。

 彼の目を逃れて賊から離れることはきっと出来ない。

 そして、どんな手を使ってでも、パトリシアを利用することが出来る。そんな確信があった。


(分かってる……分かっているからこそ、辛い)


 はたはたと零れ落ちる涙をバルトは黙って眺めていた。

 拭うでもなく声を掛けるでもなく、無情な様子で眺めていた。


「ー時間だ。結果は出たかい?」


 いつの間に時間が経っていたのか。

 既に夜明けの日が昇り始めていた。

 涙の跡を残したままパトリシアは顔をあげた。


「はい。わたくしは、貴方達の仲間にはなりません」

「……自ら奴隷に落ちるか」

「…………」


 バルトが立ち上がり、うたた寝していた部下の頭を殴る。


「出発するぞ」


 小屋の古びた扉が開くと同時に朝日の光が部屋を包み込んだ。

 泣き尽くしたパトリシアの赤くなった瞳は、穏やかな様子のままに。

 最期になるかもしれない朝日の光を、愛しそうに眺めていたのだった。








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