第十一条(間謀)
悪い予感ほど良く当たる。
それが、悪ければ悪いほど。
ネピアには僅かな人しかいない。
ヒースとレオは直前まで動きを確認するために僅かな人だけを残したままレオの屋敷に留まっていた。
数日の間に随分と疲れた顔を見せるレオの様子を眺めながらヒースは僅かにだが驚いていた。
(予想以上にできる領主だったんだな)
貴族の立場であれば早々に部下に任せ、自身は安全な場所に避難すると思っていたヒースはレオの行動力に驚かされていた。
パトリシアもそうだが、一概に貴族という立場だけで偏見してはならないなと、今更ながらに思う。
ヒースは正直、貴族に良い印象を持っていなかった。
短くない傭兵の仕事をしていた頃、貴族という立場で命じてきた雇い主達に良い印象を持つ機会の方が少なかったからだ。
駒のように使い、労るどころか仕事に文句をつけてくる貴族もいた。泡銭を持っている癖にけち臭いなどと思った事もある。
だから、パトリシアにしろレオにしろ、貴族という立場でありながら平民に寄り添うこともある光景が、ひどくヒースを喜ばせた。
(……ここに来て良かった)
本当に、そう思ったのだ。
流石に睡眠を取らないとまずいと判断し、レオと交代で仮眠を取った。
人のいないネピアの町を狙う盗人が出てくる可能性もあると思ったためだ。
遺跡発掘の場に残された真珠は全て隠し床に隠してあるが、大半はレオの屋敷や役場の人が入れぬ倉庫に隠してある。
少しばかり気掛かりなのは貴族に向けた真珠が僅かばかり発掘場と役場にあるということだ。
しかしこの事は関係者以外口外していないため、余程の事さえ無ければ表に出ることはないだろう。
睡魔がヒースを誘いに来る。
考え事をしていた頭を切り替え、ヒースは眠ることにした。
数刻しただろうか。
僅かに屋敷の外が賑わっている音がする。
部屋からでは微かにしか聞こえないその音に反応してヒースは目を開けた。
寝台横に置いていた剣を手にし、暗闇の部屋を出る。
廊下に出れば騒ぎはより大きく聞こえてきた。
そしてヒースの部屋に向かい走ってきたレオの家臣と目が合う。
「ヒースさん!」
「どうした」
男はどうやらヒースに伝言を頼まれたらしい。
「ガーテベルテ様の妹君が戻ってこられました! パトリシアさんと一緒にネピアの採掘場にいたけれど賊に襲われたと……」
パトリシア。
その名前を聞いた瞬間、ヒースは返事をすることもなく走り出した。
駆けつけた場所は騒ぎの中心である門扉の前で、そこにはレオとアイリーンが居た。ヒースの顔を見つけるや否やレオが口を開く。
「採掘場に賊が出た。パトリシアはアイリーンを先に行かせたらしい。まだ戻ってきていない」
「…………!」
何も発さずヒースはすぐ近くにいた馬を奪い取るように手綱を取り跨った。
「ヒース! 人はすぐに寄越した!」
しかしヒースは止まらない。
採掘場に向けて馬を走らせる。
心臓が痛い。
手が緊張で震えている。
ヒースは長いこと戦にも、命の危機にもあったことがあるが今のように緊張することなど一度も無かった。
なのに。
(パトリシア……!)
彼女の、パトリシアの笑顔が消えるかもしれない恐怖が、恐ろしいほどヒースを震わせた。
巧みに馬を馴らし早々に駆けつけた採掘場付近に人の姿はなく、レオが命じた兵だけが当てもなくパトリシアと賊を探し回っていた。
パトリシアと賊の痕跡は何一つ残っていない。
「…………!」
苦渋に満ちた顔でヒースは唇を強く噛んだ。
たった、たった数刻前までパトリシアはここにいた。
ヒースが仮眠を取っている間に、採掘場に戻っていた。そして捕まった。
己の無力さを呪った。
あの時仮眠をせずに見回りに行っていれば変わっていたのかもしれない。
「……待て」
見回りは、確か行われていたはずだ。
真珠を狙う輩が居るかもしれないと、必ず人が少ない場所であろうとも採掘場にも見回りを行うようシフトを組んでいた。
つまり、パトリシア達がこの場を出歩いていた時、見回りは確かに居た筈だ。
ヒースは馬を蹴り、来た道を戻る。
走りながら考える。
考えて、憶測に思っていた考えも含め答えを導き出す。
「ヒース!」
レオとアイリーンの元に戻り馬を降りる。
「アイリーンから話を聞いた。傭兵に紛れ込んで賊が入っていたらしい。それを」
「パトリシアが気付いたんだな」
レオは驚いてヒースの顔を見て、それから頷いた。
「男を気絶させてこちらに逃げようと思ったところで他の賊が追いついてきたらしい。野犬のような声がしたと言ってたが」
「見回りは気づいていないと」
「ああ」
「……パトリシアが倒した見回りの男以外にも間謀がいるな」
犬の声か分からないが、静かなネピアの町でそのような騒ぎがあれば報告があってもおかしくない。
ヒースは少し黙り打ち合わせをしていた時の内容を思い出す。
見回りを頼んだ者は帝国兵が数名、アルマンやドレイクなどから派遣した兵が数名。アルマンの襲撃に伴いアルマンの兵が自領に戻ったため、一部別の傭兵を臨時で雇ったという報せがあった。
ー誰から?
ーその素性は?
「アルマンの代わりに来た傭兵、全てが賊の仲間だった」
「は?」
「ガーテベルテ子爵。屋敷に戻り帝国兵と残りのドレイク傭兵団を全てあなたの屋敷の護衛に回して欲しい」
「何故」
「次に狙うのは屋敷と役場だ」
ネピアの情勢は全て賊に筒抜けだった。
臨時で雇ったという傭兵を疑わず雇っていたことが、そもそもの過失だった。
敵の思うがままに動いてしたことを反省する時間も惜しい。
止めていた馬に跨り、馬上からもう一度念を押す。
「いいですか、子爵。ドレイク傭兵団と帝国兵だけを屋敷に集めてください。他は全て賊だと思って行動するんだ」
「…………分かった」
レオは問うことなくヒースの言葉に従い、すぐさま近くに居た者達に号令を発する。
ヒースは馬をゆっくりと走らせる。
その瞳には、人の良いヒースの姿は無く。
静かな闇に溶け込むような、冷たい瞳が宿されていた。




