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第十条(憶測)

 少し時は戻り、パトリシアが馬車でヴドゥーへと向かった後、ヒースは一人レイド傭兵団の建物に戻った。

 がらんとした建物は静まりかえっている。

 今朝方まで打ち合わせをしていたままに机は汚れた状態だった。

 パトリシアが淹れてくれていた珈琲の残りを見つけ、カップを手に取り飲み干す。

 既に冷めきった珈琲だったがヒースには満足だった。


「…………まいったな」


 日頃の癖で髪を掻く。その後、壁に寄り掛かりながら一つ溜め息を漏らした。

 重症だと、ヒースは笑う。

 たった数日だ。長くなればもう少し時間も掛かるかもしれないが、安全を考えれば当然の決断だ。

 だというのに。


 パトリシアが離れていることに、どうしようもなく胸が掻き乱されていることに気付いた。


 彼女の前では常に平静であろうとしたが、心中は全く以て穏やかではなかった。

 出来ることならば常に傍に居てもらい、ヒース自身が守っている方が余程安心する。


 パトリシアは大人しそうに見えて、その実大変行動的であることは既に承知していた。

 前領主の元に向かった時のことも、真珠業でのことも、話に聞いたドレイク傭兵団での事も。

 手を出さなくても良いようなところまで手を出し口を挟むお節介な事務官が、ヒースは心配でならなかった。


 飲み干した珈琲のカップを机に置き、ヒースは小さい物置部屋へと移動した。

 滅多に訪れない埃にまみれていた部屋はパトリシアが来てから書類部屋へと変貌を遂げたが、本来の使用用途は異なる。

 書類が並んだ棚の下、床の隅にある凹んだ部分に手を伸ばし少し強引に押す。

 床下にある装置が作動し、床の板が一枚外れる仕組みになっていることを知るのはヒースだけだった。

 ルドルフやミシャが不在の時にヒースが一人で作った装置だ。

 一枚板を外して床に手を伸ばし、布に包まれた物を引き出した。ここにはこれしか入っていない。

 板を元に戻してからヒースは部屋に戻り、机の上で布を広げた。

 土埃が被さった布を退かした先には、一本の長剣があった。剣の鞘や柄に刻まれる紋様は優美で見ているだけで溜息が漏れる出来栄えだ。

 ヒースは剣の鞘をゆっくりと外し、キンッと軽やかな音を立てる刃を眺めた。刃こぼれひとつしていない手入れされた剣がヒースの肌に馴染む。


 長い間閉じ込めていた相棒との再会にヒースは笑う。


「長いこと閉じ込めてて悪かったよ、相棒……またよろしくな」


 愛用していた剣から返事は勿論無く。

 ヒースは剣を鞘に納め、自身の腰につけていた剣と交換した。




 レオが会議室で話し合いをしている間にヒースが戻ってくる。

 話をひと通り終えたレオは、先ほどまでのヒースと変わった箇所に気付き声を失った。


「遅くなった。避難はあらかた終わるようだぞ」

「…………ヒース……」

「うん?」

「その剣って」


 日頃冷静なレオにしては珍しい驚きの様子に、近くにいた者も視線をヒースに向けるが彼らには何が変わったのか分からない。いつものヒースにしか見えなかった。

 確かに剣が傭兵団の使用する素朴な剣から紋様やら金が使われる華やかなものに変わっているが、その程度にしか思っていなかった。


「まあ、その話は後で」


 あっさりとヒースが会話を終わらせる。


「後でって……その剣って」

「それより、アルマンについてだが」


 本題で言葉を打ち消し、ヒースが進める。


「未だ救援要請の狼煙が上がっている。状況を確かめようにも斥候が戻らない。小部隊を送ってあるが、急いで戻ったとしても深夜になる」

「そうだな」


 ヒースは窓を覗く。

 狼煙は今でも赤色に染まり空に向かっている。


「…………陽動にも思えるんだ」

「え?」

「あの狼煙がね。俺達をネピアやヴドゥーから引き離すための陽動に」

「つまり、アルマンは賊に協力していると?」

「いや、そうじゃない」


 アルマンの領主と先日顔を合わせたが、レオには賊に協力するような男に見えなかった。穏やかで、民に慕われている領主の鑑のような者だった。


「…………いや、憶測は良くないな。斥候か小部隊の帰還を待とう」

「待て、ヒース。憶測で構わないから話せ」


 ここ数日の間のやり取りで、ヒースが憶測で動くような人間ではないことを理解していたレオは、強く言ってヒースに催促した。

 彼が気になる内容だとすれば、それは聞くべきだと判断したのだ。


「……今回の賊は非常に頭が良い連中だ。捕らえた賊から出てくる名前は全部バラバラで正体も掴めないままだ。アルマンの襲撃についても、帝国が手を伸ばすには腰が重い位置をうまく突いている」

「それは……そうだな」

「だが、賊の目的がアルマンだとしたら、もうとっくに街は陥落している筈だ。それがこうも狼煙をあげているということは……賊はアルマンが狼煙をあげることを目的にしてたんじゃないかって考えた」

「どういうことだ?」


 レオにはヒースの言葉が理解出来なかった。

 アルマンが狼煙を上げている理由は救援要請だ。今でこそ必死に攻防を続けている証なのではないか。


「賊の連中の目的が他にあって、その目的を達成するためにアルマンを襲撃する必要があったってことだ。そしてそれが、ネピアやヴドゥーの兵をアルマンに集中させることにあるとすれば」


 実際、話し合いの末にネピアは今最低限の兵しかいないし、ヴドゥーには守るべき民が集結している。

 全てはアルマンに居るだろう賊を抑えるために行動したことだったが。


「アルマンは囮で、本当はネピアかヴドゥーのどちらかが目的だとしたら……アルマンに行くのは自殺行為ってことになる」

「なんてことだ」


 レオは慌てて外に出ようとしたが思い止まった。

 ヒースの視線がレオを止めていたからだ。


「……まだ確信ではないんだな」

「そう。だから斥候を待つんですよ。アルマンが事実襲撃されて人手を求めていた場合、彼等には申し訳がないが共倒れするわけにはいかない」

「…………そうだな……」


 レオの頭も冷静を取り戻し、それでも落ち着かず乱暴に席へ座った。

 ヒースは黙り窓の外を眺めていた。

 未だに続く狼煙の赤と夕焼けの色が似通っている。

 

 今はもうネピアへの道を走っているところだろうミシャとパトリシアを思いながら。

 ただ黙って空を眺めていた。


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