第九条(畏怖)
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全身が恐怖で震えている。
それでも冷静に物事を考えられるパトリシアは、ガタガタと鳴る歯を必死で噛み締めながらほんの少しだけ口角をあげた。
(少しは傭兵団の一員らしく……なったかしら)
馬に跨りながらその場で立っていたパトリシアの前に、数頭の馬に乗った男達が現れた。
既に人気の無いネピアの中で目立つ男達の顔を眺めたが見覚えのない顔だった。
「驚いたな、まさかお嬢さんが突っ立ってるとは」
片手に剣を構えた男はパトリシアの姿を確認してから笑いながら鞘に剣を納めた。それから目配せで一人に合図をし、アイリーンの後を追わせようと指示していることに気付いた。
(あの男が指導者ね)
男の指示に従い馬を走らせようとした部下の男に対しパトリシアは手を広げてそれを制した。
「貴方達の目当ての品には目星がついております。もし、彼女を見逃して頂ければすぐに目当ての品をお渡し出来るとしたらいかがいたします?」
「……俺達と交渉するってのか」
男が低い声で笑った。
男の側に大型の犬が駆けつけてきた。どうやら先ほどの遠吠えは犬によるものだったらしい。
「そうだなぁ……あの派手なドレスのお嬢さんは何者だ?」
「レオ・ガーテベルテ子爵の妹君です。彼女を捕らえようものなら面倒な事になるとお伝えいたしましょう」
「なるほど。そいつは面倒だな……で? アンタは何者なんだい?」
恐らく、この男は既に予想はついているだろう。
賊の様相でありながらも力を誇示するでなくパトリシアを見定め聞いてくる男には知恵がある。
パトリシアは息を呑んでから口を開いた。
「ドレイク傭兵団の事務官をしているパトリシアと申します。貴方達が希望される真珠の事業に携わっておりますわ」
名乗りでた事により、数名の男達が中心に立つ指導者へ視線を向けた。
「どうも、パトリシアさん。俺はバルトだ。そんじゃあ……一緒に来てもらえるかな?」
バルトと名乗った男は、傷だらけの手をパトリシアに向けてきた。勿論エスコートするためではない。
パトリシアは頷き、怯える馬を宥めながらゆっくりと男の傍に馬を進めた。
あの、アルマンの傭兵だと思っていた賊の姿を見てから、パトリシアにはある仮説が生まれた。
彼ら賊の目的はアルマンの襲撃ではなく、元々ネピアが目的だったのではないか、と。
(ネピアはアルマンよりも帝国に近いし、ヴドゥーにも近い……攻め込むには人手も要するし失敗する可能性もある)
アルマンは比較的穏やかな町で、ネピアやヴドゥーよりも町の大きさはそれほど無い。更に隣国に近いために帝国の干渉は遅い。
(アルマンを襲うように見せて、ヴドゥーとネピアに救援を起こさせることを目的にした……そして、本来の目的を、兵力を使わずに行使した……というところかしら)
本来の目的。
それは間違いなく、ネピア湖から発掘される真珠だ。
真っ先に真珠を狙ったとしても、攻防戦の末に帝国やヴドゥーからの援軍が来ては奪うことも出来ない。
発掘場に真珠は転がっているようにみえて、その実価値がある真珠は先ほどの高級真珠同様に隠している。
彼らが正面突破して発掘場を探したとしても、短時間で見つけ出せる筈がない。
パトリシアが先ほどまで居た発掘場に戻ると馬から降ろされ、そのまま一人の男によって後ろ手に縄で拘束された。
きつく縛られる腕は痛いが抵抗せずに従う。
「さてお嬢さん。俺達の目的を知ってるのなら、その在処を教えてもらえるかね?」
「…………そちらの倉庫の奥、テーブルの下の絨毯を取って下さい。仕掛け扉があります」
パトリシアの言葉を聞き、バルトは顎で一人の男に指図する。
男は足早に建物の中に入る。すると奥から騒音が立つ。何かを壊す音が響いた後、静まり返ると男が戻ってきた。
「ありました!」
麻袋に入った真珠を嬉々とした様子で持ってきた。
手に持った袋は三袋ほどある。重い筈なのに軽々と持ち運び、そのまま連れてきた馬に乗せる。
「他は?」
「…………あちらの作業場の小屋に残り二つ隠し扉があります。それ以外は、今は中央の役場に運ばれているため分かりませんわ」
パトリシアは真実のみを伝えている。
発掘した真珠は大体役場に収め、鑑定や歴史的に価値があるか確認を行う。行った後,輸出しても問題ない分のみバックスの所属している商会を通じて販売していた。
しかし納品できる分が多すぎると鑑定が間に合わないため、一旦作業場で保管しているのだ。
パトリシアの話を疑うことなくバルトは受け入れ部下に確かめるよう確認しているところで、大きな声が聞こえてきた。
「頭っ! その女が俺を殴りやがったんです!」
怒声でパトリシアを睨み走り寄ってきたのは、先ほどパトリシアが櫂で倒した男だった。
どうやらこの男の部下だったらしい。
襲い掛からんとばかりに走ってくる男に身体が硬直する。
(殴られる!)
恐怖から目を閉じたが、男の拳がパトリシアに向かうことはなかった。
パトリシアに振るわれた拳を手前で捕らえ、そのまま男を地面に叩きつけたのは頭と呼ばれたバルトだった。
「女にやられてんじゃねぇよ」
「うっぐ……!」
倒れたと同時にバルトが男の腹に足を乗せ押し潰す。苦しげな悲鳴を漏らす男の姿にパトリシアは何も言えず怯えていた。
いくら幾多の危機を傭兵団と共に渡ってきたパトリシアでも、暴力を目の当たりにするのは怖かった。
初めて一人で泊まった宿で盗人が現れた時も、ルドルフに襲われた時も、そして今も。
自身が無力に思えるこの瞬間は、いつだって恐ろしく。
(ヒース……!)
叶わない思いだと分かっていても。
心を安らげる名を心の内で叫ぶことしか、今のパトリシアには出来なかった。
何度か蹴り終え、制裁を終えたバルトが震えるパトリシアを見てゆっくりと笑った。
「さあて……お嬢さんよ。うちのバカな連れと何があったのか…………話してくれるよな?」
バルトという男は、場の空気を作り上げることがうまかった。
あえてパトリシアの前で部下に暴力を見せることにより、パトリシアを服従させようとし、そしてそれは成功した。
怯えた目を見せながらも、それでも心を折ることをせず黙ってバルトの目を見据えるパトリシアに。
加虐心が唆られた。




