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第三条(救援要請)

 深夜に見張りが見かけた微かな狼煙は暗闇の中でもハッキリと分かった。

 空に上がっていく煙に色を付けて見張りへ情報を伝えてくる。

 赤は救援要請。

 青は避難要請。

 そして今回の色は、赤だった。

 滅多に見かけることがない赤色の煙に見張りは息を飲み、そして夜にも関わらず鐘を鳴らした。

 日頃は時刻を知らせるだけの鐘が、今では凶事を示す。その音はネピアの町人達を怖がらせた。


 パトリシアも鐘の音で目覚めた一人だった。

 狼煙の話はヒースからも聞いていたし、その時には見張りが鐘の音で知らせるという話も周知していたため、寝起きでもすぐに事情は理解した。

 急いで身支度をし、深夜にも拘わらず夜の町に飛び出した。

 外に出たのはパトリシアだけではなかった。

 町に駐在している帝国兵や町の男達が外に出ている。

 パトリシアが向かった先はレイド傭兵団の建物だった。

 予想通り、建物には灯りがついている。誰かが中にいるのだ。そして周辺にも人が集まっていた。

 パトリシアの姿を見かけると近くにいた人達は、パトリシアが入室しやすいよう場所を開けてくれた。


「ヒースさん! ミシャも」

「パトリシア。来たのか」


 中には机に地図を広げ、話し合いをしているヒースの姿と、それにレオまでいた。


「ガーテベルテ様も」

「ここに集まる方が早いからな。続けてくれ」


 どうやら既に今回の件についてヒースや他の町人の代表、そして帝国の兵隊長と話し合いを行っていたらしい。

 パトリシアは共に来ていたミシャの隣に立ち、互いに顔を見合わせた。緊張した表情だった。

 無理もない。協力し合っていた街が襲撃にあったのだ。次はここに来るかもしれないと、誰もが思う。


「早馬は走らせたが往復で一日はかかる。状況を確認してから動くことが遅いのは分かる。向こうにいる帝国兵は何名ですか」

「こちらと同じだ。十分な数であった。相手が多勢であるか、もしくは民を人質に取られている可能性を考える方が良いかもしれない」

「ではネピアとヴドゥーの兵が集まればいかがでしょう。一掃は可能で?」


 帝国兵の隊長が暫く無言になり考え出す。それから「可能だ」と答えた。


「だが、ネピアとヴドゥーの兵が根こそぎなくなる。その間に襲撃されればひとたまりもない。ただでさえ、今三分の一の兵がアジトに向かっていたところだったはずだ。戻ってくるまでに時間が掛かる」

「それも罠だったわけだな」


 ヒースが一言だけ告げる。

 レオは顔を上げ、苦笑いを浮かべた。


「団長殿の忠告通りに動いたというわけか」


 隊長は黙った。

 アジトを掃討しに行く話が出た時、反対したのはヒースだけだった。

 相手は智略をもって街を襲撃する方法を考えているのであれば、兵を分散させてくるはずだと。

 その作戦の一つが、アジトの情報をわざと漏洩させること。

 数名捕縛した盗賊の口を吐かせて出てきたアジトが、そもそも罠なのではないかとヒースは忠言していたのだが、話し合いの結果却下されていたのだ。

 レオはその話を覚えていたらしく、ヒースを見た。


「次に奴等が動くとすればどうだ?」

「……アルマンを襲撃したのも、こちらの兵を減らすことを目的としているかもしれない。俺達が兵を引き連れてアルマンに到着した頃には賊は山に隠れながらこちらの街に進んでくる。その可能性が高い」

「俺も同意見だ。アルマンを襲撃したことも罠の一つかもな」

「では、アルマンを見捨てろと?」


 町人の代表が悲痛な声で告げる。

 ヒースが首を横に振った。


「分かりきった罠に乗っかる必要はない。が、アルマンを放置すればするだけ被害が悪化することも確実だ。今も恐らく攻防中だと思う。狼煙が上がっている限りはまだ、な」

「では……」

「俺としては案は二つ。一つは帝国に増兵の許可と、隣国へ早馬を出してエストゥーリ傭兵団を頼ることだ」

「エストゥーリ傭兵団は……」

「緊急な事態だ。アルマンが敵さんに奪われたら、それこそ帝国の一大事になる」

「それも……そうか……」


 帝国兵の隊長はエストゥーリ傭兵団の存在を知っていたのかと、このような状況の中でパトリシアは思った。そして、そう易々と帝国が借りを作ってはならない存在であることも事実のようだった。


「エストゥーリ傭兵団に関しては三都市からの陳情書を予め用意しておいたから、帝国にそこまで借りを作ることはないはずだ」


 レオが告げると隊長も荷が軽くなったのかゆっくりと頷いた。


「帝国には狼煙を見てすぐに知らせを出しているが……」

「動くと思うか?」


 レオの問いに隊長は答えられない。


「……ヒース。次の案は?」


 ヒースは二つ案があると言っていた。レオが二つ目を促す。


「二つ目は、ネピアとヴドゥーの人を一点に集中させることだ。この場合、ネピアの民を全てヴドゥーへ移動させる。民も、兵も共にヴドゥーに移りネピアの街を無人にさせ、ネピアの守備にかける分の兵力とヴドゥーからの兵力をもってアルマンの救助に向かう」


 ヒースの案は、あまりにも衝撃が大きすぎて、パトリシアは聞いていただけなのに息すら忘れるほどだった。

 その場に居た誰もが、ヒースの案を聞き衝撃を受けた後、怒りが生まれた。


「ネピアを捨てろってことかよ!」


 町の代表である男が怒りに叫んだが、ヒースは黙っていた。


「なあ、どういうことだ。アルマンのためにどうして俺達がネピアを捨てなきゃならないんだ? おかしいだろうが!」


 気持ちが追いつかずに非難を向ける男に対し、ヒースの視線はとても冷たかった。

 今まで見たこともない、冷徹な視線で男を黙らせた。


「人の命さえあればいつでも町は復興できる……だろ? 領主様」


 ヒースから向けられたレオへの問いに、レオは俯きながら小さく「ああ」と答えた。


「領主様!」


 どうして、と悲痛に叫ぶ男の声以外。

 誰も言葉を発することは出来なかった。


 

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