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第一条(ヴィアンズ盗賊団)

 湖畔ネピアの町は辺境な地であったが、近頃大きな金の動きがあると周辺地域に知られている。

 更に土地に関して付加価値ある歴史の遺跡まで見つかったということから、王都だけではなく近隣諸国にも情報が行き渡っている。


 情報が拡散されるということは、それだけ注目を浴びる結果となる。

 悲しいことに、その情報に対し我先にと身を乗り出すのは。

 いつだって獲物を狙う獣なのである。




 改築されたレイド傭兵団が拠点とする建物の前で工事をしている職人の姿を見かけたパトリシアは首を傾げた。

 最近、人の出入りが多いとは思っていた。どれもバックスやヒースへの来客であったため、パトリシアは特に報告があるまで話を聞こうとは思っていなかった。

 しかし建物の手前で頑強そうな柵を立てている職人を見かけるに、どうやら見過ごしている場合では無いようだと勘づく。


「ご機嫌よう、ヒース」

「パトリシア。いいタイミングだ」


 建物の中には既にヒースが座って誰かと打ち合わせをしていた。打ち合わせしている相手がレオ・ガーテベルテ領主の部下であるノイズと気付き、パトリシアは会釈をした。


「お久しぶりですねパトリシアさん」

「ノイズさんがこちらにいらっしゃるということは、領主様から何か仕事の依頼ですか?」


 ノイズはパトリシアの言葉に回答を濁し、ヒースを見た。ヒースは小さく頷き、自身の隣にあった椅子を引いた。


「そのことでパトリシアにも耳に入れておいて欲しい情報があるんだ」

「分かりました」


 引かれた椅子にパトリシアは促されるままに座る。

 隣同士に座ったパトリシアとヒースを眺めていたノイズが改めて口を開いた。


「昨今、ネピアの周辺で悪い噂が入ってきています。そこで、レイド傭兵団に依頼を頼むことにしたんです」

「悪い噂ですか」

「ええ。大きい規模の盗賊が動いているという噂です」


 盗賊という言葉にパトリシアは息を飲んだ。


「以前、隣国や遠方の諸国で有名な盗賊団がいたのはご存知ですか?」

「いえ……」

「ヴィアンズと呼ばれた盗賊団だ。パトリシアは知らないか」

「ヴィアンズが壊滅したのは五年ほど前でしたからね。パトリシアさんはご存知ないかもしれません」

「はい。初めて耳にしました」


 五年前といえば,パトリシアが十一か十二そこらの子供の頃で、社交界にもまだ行けない年齢だった。

 更に言えば、当時のパトリシアは情勢なんかよりも流行りのドレスやら稽古で世界が回っていたため、不安になるような情報を知ることはなかった。


「ヴィアンズ盗賊団というのが十年ほど前に隣国周辺で悪さをしていました。小さな村など一日で蹂躙するような連中で……女子供は奴隷に、金目のものはしらみつぶしに奪っていく外道のような連中でした」

 

 穏やかな顔を見せることが多いノイズの口から出てくる悲惨な単語にパトリシアは身を震わせた。

 ユーグ大帝国では滅多にない単語ばかりだからだ。


「奴らも賢いから武力ある王都や大都市にはいっさい手を出さなかったものの、近隣の国で闇市を開き、財宝を散り散りに売り捌いていました。賊の人数も増えて段々と被害の地域も増えてね……けれどそれも五年前、エストゥーリ傭兵団に粛清され盗賊達は捕縛されました。頭領と呼ばれた男も捕まったと聞いています」


 エストゥーリ傭兵団の名は、パトリシアがこうしてネピアに住むようになってから何度か聞いたことがあった。

 海岸沿いに拠点を構えた巨大な傭兵団。各国の傭兵達の憧れであり、王都すら敬遠するような傭兵団組織だという。

 ネピア以外にも各地に存在する傭兵団と呼ばれるものの起点は、全てそのエストゥーリから始まったとさえ言われているらしい。

 特に名が知られているのは、エストゥーリ傭兵団の創立者の名を継ぐ英雄、フューリー・ウィンドウェイだ。彼の名を知らぬ者はいない……と、ミシャが言っていた。


「頭領を失って解散したと思っていたヴィアンズを名乗る賊が、最近になって出没し出しました。先日はここから五十里離れた農村を襲ったといいます」


 五十里という現実的な距離と事実にパトリシアは緊張した。

 まるで別次元の世界の話かと思っていても、これは現実なのだ。


「…………」


 俯き膝の上で強張るパトリシアの手にヒースが手を置いた。パトリシアが顔を向ければ、いつものヒースの笑顔があった。


「心配すんな。今、ヴドゥーとアルマンの傭兵団で連携して警備を強化するのと、賊の討伐が命じられている」


 アルマンの街は異国に近く、ヴドゥーとネピアとアルマンとは頻繁に交流している街だった。最も王都から離れているため、今回の被害が最も危険視される場所でもある。


「モンドの旦那もやる気を見せてるみたいだし……間もなく締め上げられるだろ」

「そういえばモンドさんはエストゥーリの傭兵団とお知り合いでしたよね。何かエストゥーリから情報を頂くようにお願いできますでしょうか」


 ヴィアンズ討伐を行ったエストゥーリであれば、少しでも賊の情報を得られるかもと思ったのだろう。が、ヒースは首を横に振る。


「おっさんが居たのはだいぶ前でエストゥーリがヴィアンズを討伐した頃の団長とは世代も代わっている。情報を得るには時間がかかるし、どうせなら直接エストゥーリに依頼してみてもいいんじゃないか?」

「ええ!? 無理ですよ」


 ヒースの提案に慌ててノイズが否定した。


「エストゥーリが国境を超えてしまえばユーグ大帝国が騒ぎ出しますから」

「なら帝都に陳情するのはいかがでしょう? 多少は兵を寄越して下さるかもしれません」

「ううん……そうなんですよねぇ〜……」


 ノイズの表情は苦しそうだ。

 パトリシアの予想だが、恐らく既に相談をしているのだろう。

 けれど思わしくない回答が届いたに違いない。

 保守的である大帝国は、隣国に近い場所へ足を向けるのに時間を要するからだ。


「とにかく、そんなわけで暫く俺は外に出る機会が多い。他の傭兵団にも声を掛けたり民にも声掛けてネピアの警備も強めている。パトリシアも、なるべく外出は控えてここで仕事を続けてくれ。バックスの奴も暫くは王都内だけの商売に特化させた」

「分かりましたわ」


 元より真珠業に関してライグ商会との手続きに追われ、書類仕事ばかりしていたのだ。

 

(ただ、どうか……怪我だけはなさらないといいのだけれど)


 迫り来る不穏な空気を感じずにはいられないパトリシアは、既に離れたヒースの手を握りたい衝動に駆られながらも。

 グッと我慢をし、会話を続けた。

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