附則
レオ・ガーテベルテ。
血の結束強きガーテベルテ家の三男として生まれた彼が、生まれながらに己の住まう家が異常だと理解していたのは、ひとえに彼が兄達よりも聡く、それでいて自立心が強いためだった。
持て囃される長男。ガーテベルテの後継者にして嫡男である彼は、何をしても褒め讃えられる。
次男は長男とは別の分野で褒められていた。次兄は武芸を好み、ガーテベルテ家の柱とも呼ばれる祖父の従兄弟の家族に可愛がられていたため、家族からやはり持て囃されていた。
レオから言わせてみれば、長兄は能無し、次兄は筋肉バカだった。
レオは頭脳は誰よりも賢かった。武芸も人並みには得意であった。狩猟など行わせれば正確に自然の空気を読み、獲物の行動を予測し数多くの獲物を狩ることも容易いが、大体にして脳筋の次兄と行くものだから、次兄よりも数多く獲物を獲ると後々面倒なことを知っていた。
だから手を抜く。
兄達よりも賢いと思われれば、それだけ彼らの取り巻きに冷たい視線を送られることを知っていたからだ。
(くだらない……)
すっかり捻くれたレオは早々に家を離れ、学問を学ぶために隣国に留学した。其処は心地良かった。大国たるユーグ大帝国は偉大にして繁栄もしていたが、大きい分身の振り方も億劫な上、血の繋がりや貴族階級に煩い部分もあった。特に国間で起こる品格やら上流ぶる立ち振る舞い、しきたりなど……異国で自由な文化を学んだレオから言わせてみれば『どうでもいい』だった。
それでも、その格式があってこそ大帝国が維持されていることも分かる。だが、その格式は度を越せば諸刃の剣であることも分かっていた。
成人の儀を済ませた後、己の身の振り方を考える。
王都は兄達が牛耳っているため下手に近くにいれば害が及ぶに違いない。レオは地方に拠点を構えることにした。
ガーテベルテの持つ自領の一つに屋敷を構え、自領の運営を手伝いながら独学で商売を勉強した。
しかし商売を一人で進めることは困難な上、自身は商人では無く統治者の方が素質があると判断した。
数年の後、転機が訪れる。
湖畔の町、ネピアの領主が退任し、次の領主を決める動きがあったのだ。
筋肉しか能のない次兄が王都で暴力事件を起こしたことにより、辺境の領地で自粛生活をする機会を与えられたこともあって、レオは早々に自領の運営を次兄に託し、自身はネピアの領主に名乗り出た。
言うなればレオだけの小さな王国誕生である。
レオは限りある時間を使いネピアについて調べ尽くした。
過去遡って築いてきた前領主の悪事や、彼の血縁による悪辣な傭兵団の存在には反吐が出た。
(これだから血縁というものは嫌だ)
自分にまつわる家族との過去を思い出し、レオはうんざりした。
しかし次の資料に興味を惹いた。
前領主の横領などを発見したのは、その傭兵団に臨時で雇われていたらしい事務官がきっかけなのだと。
更にはそれ以降、民からの信頼を得て、現在ではネピアの収入源の一つとなる真珠の発掘にも関わったという。
(とんでもない事務官がいるな)
レオは初めてレイド傭兵団の事務官に興味を抱き。
そしてその事務官が、自身の妹であるアイリーンの婚約者、クロード・ライグの元婚約者であることを知る。
現在。
レオは自室に置かれていた複数の手紙を読んでいた。
逃した獲物は大きいとばかりに手紙を寄越してくる一族からは、自領に戻らないかという催促や、治めていた領地が次兄によって荒れ、助けて欲しいと願う手紙。
他にも商売や納税に関する書類なども多くあったがそれを全て後回しにし、レオは一通の手紙を手に取った。
アイリーン・ドナルドの名前。
アイリーンもまた、ガーテベルテの血の結束の被害者であった。
男尊女卑な上に長男至上主義たるガーテベルテに生まれたアイリーンは、彼女が成人するより前にドナルド子爵家に養女として出された。
血の繋がりを強めるために欲したドナルド子爵からの誘いに、両親はアイリーンの許可なく決定した。
レオは留学していたため、アイリーンと顔を合わせる機会は少なかったが、少なくとも彼女もまた自分と同じなのだろうと思った。
強かで、強欲で、自分だけの王国が欲しいのだ。
彼女は婚約者を友人から奪う形で金のなる木……クロードを手に入れた。
そして今、その財力と人脈をもって王国を拡大しようとしているのだろう。
名ばかりの兄に真珠業の相談を持ちかけたのも、親族だからというよりも、利益を多く掴めることが分かった上での誘いだろう。
レオは封を切り、手紙の内容を眺めた。
そして笑う。
手紙はアイリーンからの承諾だった。
「この契約の立役者が、婚約者を奪い取った相手だと分かったら、お前や婚約者殿はどんな顔をするんだろうな」
パトリシアの計画に対し承諾する旨が書かれた手紙を折り畳みながらレオは笑う。
どうせなら自身の妻として紹介してみせれば、さぞ面白いものが見られると思ったが、どうやらそれは叶わない。
パトリシアの隣に立つ長身の傭兵団長。
その姿に、レオは何処か既視感を抱いていた。
(どこかで見た覚えがある面影なんだよな……)
それは遠い過去。
異国に留学していた時だっただろうか。
海岸地方に築かれた異国の大都市に、最も認知され民から愛される傭兵団があった。
その傭兵団の凱旋パレードを見に行った若かりし頃に見かけた気がして。
レオはううん、と頭を悩ませた後。
「あ」
と声を発した。
レオ・ガーテベルテは記憶力が良い。
故に彼が見かけた凱旋パレードで歩く、エストゥーリ傭兵団の中でひときわ声援を贈られていた傭兵の後ろ姿を思い出す。
身なりが全く違っていたが、それはまさしくレイド傭兵団団長、ヒースと重なったのだった。




