第十三条(パートナーシップ)
「驚いた。ネピア拠点の商会を作ったっていうのか。この短期間で組合に加盟出来たと?」
「はい。バックスさん……レイド傭兵団の専属商人を経由し無理を言って承諾頂きました。存外、組合というものは金銭で何とかなるものですのね」
「そりゃあな。組合なんてのは所詮、商会を引退した守銭奴爺共の溜まり場だ。それに、ネピアの民がこれだけ署名した商会を無下にすることなど出来るはずがない」
ここ数日の間、ミシャに奔走してもらい、いくつもの店主からレイド商会の設立に関して署名を貰っていた。
顔見知りであり仕事仲間であるミシャはネピアの民から信頼も厚い。おまけに、真珠業に関して外部に干渉されないための策だと告げれば、ネピアで店を構えるほとんどの住人が署名をしてくれた。
信頼で成り立つ商会。この機を使ってパトリシアは商会を設立したのだった。
そしてレイド傭兵団に依頼で来ていた真珠業の商人の遂行者をレイド傭兵団からレイド商会の名に変更をかけた。
名義上、新設したばかりのレイド商会が、現在の真珠業を一任されていることになる。
「商会を設立したのは、対商会相手にするには傭兵団の名では敵わないこと、そして将来真珠業の輸出においてレイド傭兵団の団員であるバックスに一任する予定でした。けれど時期尚早でしたので、この機に商会を作らせて頂きましたの」
「思いきりがいいなぁ……」
思わず感嘆してレオがぼやく。
これは驚いてはいるものの、非難しているわけではなさそうだった。
「そして次の資料を是非、ライグ商会にお渡し頂けませんでしょうか」
次と言われ、レオは資料を捲る。
そこにはレイド商会とライグ商会との業務委託契約書があった。
「わたくし達レイド商会は、地元の民と協力をし、地方や平民に向けた真珠の輸出業を展開して参ります。ライグ商会にはどうか、王都や貴族を中心とした、高級真珠の輸出業を委託したいのです」
「…………そうきたか!」
レオは笑った。
王都で貴族を中心に商売をするライグ商会では、地方や平民に向けた商売を行う予定がない。
かたやレイド傭兵団であった頃、バックスの商会に依頼して行う予定であったのは、平民や地方に向けた商売のみであった。
それを、レイド商会という名に名義を変えた上でライグ商会と行うということは。
レイド商会の名を使いながら、貴族に真珠を売り捌くことが出来る、ということでもある。
「商会を作ったのは、貴族達にライグの名ではなくレイドの名を知らしめるためか?」
「それもありますが……第一はライグに真珠業を独占させてはならないということです。ライグ商会がネピアの真珠業を独占してしまえばネピアの民の反感を買います。更にはガーテベルテの一族の名が、ネピアに周知される可能性も否めない」
「…………」
「レオ様は、それが嫌だったのですね」
アイリーンの夫であるライグ商会を専属としてネピアに使えば、それは結果ガーテベルテの血の結束として一括りにされてしまう。
レオはガーテベルテを忌み嫌っているために、即決してアイリーンの話に乗れなかったのだろう。
「だからこそ、ネピアの商会が一枚噛んでいる形を残したいのです」
「それがレイド商会ってことか」
レオは溜め息を吐いた。
完璧だと思ったからだ。
アイリーン達の誘いを無碍にせず、相手には悪くない条件を突きつけられる。彼らにしてみれば真珠を貴族に高値で売りつけられれば良い。ライグではなくレイドの名で商売をすることには難色を示すかもしれないが。
レオは残りの資料を見る。
数年分の収支見込み表である。
初年度は様々な準備で赤字ではあるものの、次年度には黒に変わっている。レオの目からしてみてもその数値におかしな箇所はない。
話を持ちかけてから数日だ。
数日の間に、これほどの内容を作り、更に商会まで発足したというのか。
ー欲しいと思った。
パトリシアは、金の卵だ。
今まで見向きもしなかった妹の友人の能力に、レオは野心家である血が騒いだ。
しかしその野望は、パトリシアの隣に座るヒースから発せられる無言の圧力により収束させられる。
(敵うわけないな……)
レオは苦笑しつつ書類を机に置いた。
「確かに受け取った。これで話を進めていく」
「本当ですか!」
「どちらにとっても利益がある。何よりネピアの民に信頼を置かれているお前らをぞんざいにしてみろ。前領主の二の舞だ」
それから三人で資料に関する更なる詳細を打ち合わせた。
高級品として扱われる真珠の品種をどうするべきか。価格の見込みは。輸出するものの、数はどれだけあるのか、等。
気付けば空に星が見え出した。
「夕食でも食べていくか?」
打ち合わせを終えた三人は、執事によって淹れられた珈琲を飲みながら休んでいた。
レオに誘われたがヒースとパトリシアは首を振る。
「仲間が結果を今かと待ち侘びておりますので、遠慮しておきますわ」
「そうか。長く引き留めて悪かったな」
そう、告げるとレオは入り口まで二人を見送るためついてきてくれた。
傭兵団まですぐ側だというのに馬車まで用意してくれた。
ヒースとパトリシアが馬車に乗り、そろそろ出発するというところで窓から覗くパトリシアにレオが声を掛けた。
「パトリシア」
「はい?」
レオの視線がヒースを見る。
気にしていないように視線を逸らしながらも、レオの行動を気にしているであろうヒースに、レオは薄らと笑った。
「そいつに振られたら娶ってやる。いつでも邸に来いよ」
「………………は?」
「じゃあな」
言い逃げするようにレオは邸へと足を向けた。
パトリシアは何も言えず、口を開けて呆けた様子のまま馬車が進み流れていく景色を見つめていた。
正面に座っているヒースを、見る勇気がない。
(振られたらって言ったわ……あの人……! なんてことを言うの……!)
パトリシアは初めて人を殺めたいと思った。
もしくは思いきり拳で殴りたいという、暴力的なまでの思考に取り憑かれていた。
もはや現実逃避であった。
「振られる……ねぇ」
ヒースが話し出す。
パトリシアは怖くて景色から目を離せずにいた。
(知られてしまった……知られてしまった!)
冗談と思ったかもしれない。レオによる戯言だとも。
しかしヒースは聡い。
別れの最後で、ああもけしかけて話すのには理由があったはずだ。
本気でパトリシアを困らせたいか。
本気で振られることを望んでいるか、だ。
(最悪な人ですわ……!)
たとえ今ヒースに振られたとしても、絶対にレオの元に行くものか。
悔しさに目を閉じていれば、ヒースから笑い声がした。ほんの小さな、笑い声。
「俺が振られることはあっても、アンタを振ることなんて無いだろうに……何を言ってるんだかね。あの領主は」
そう、言って笑ったのだ。
パトリシアはついに視線をヒースに向けた。
目が合ったヒースは、薄暗い馬車の中でも分かるほど、穏やかだった。
その声色には偽りを乗せているようにも見えない。
もう一度聞きたいと思った。
「……どういうことですの?」
「…………そのまんまの意味だけど」
ああ、違う。
パトリシアはかぶりを振った。
「もう一度聞きたいのです。ヒースがわたくしを振ることなど無いって……」
本当に?
真摯なまでの視線にヒースは始終優しく微笑んだ。
けれど言葉は決してパトリシアを甘やかさない。
「お前も大概、鈍い奴だなぁ……」
薄暗い馬車は道を走る。
馬の蹄が地を蹴り、馬車が揺れる。
微かな月明かりの中で。
パトリシアは額に押し付けられたヒースの唇の温もりを、現実とは思えない気持ちで受け止めていた。
近づいたヒースからは、微かに煙草の香りがした。
附則の後、最終章の予定です
長々とお付き合い頂きありがとうございます!
あと少しで完結予定となりますので、もう少しお付き合いください!




