第十二条(交渉結果)
ネピアに戻り、数日に渡りレイド傭兵団で話し合いが行われた。
必要な書類を夜更けまで時間をかけて作成し、モルドレイドのところまで話をしに何度となく足を運ぶ。
全員が揃って打ち合わせをし、そうしてようやく辿り着いた答えに。
パトリシアは自信を持って微笑んだ。
期日は約束していなかったが、早々に結論を出すべきであろうことは分かっていたため、全ての準備が整った時点でレオに訪問の許可を求め手紙を出していた。
返事はすぐに届き、翌日の昼から訪れるよう決められた。
「アンタだけで行くつもりか?」
資料の最終確認をしていた時に、横からヒースに声を掛けられる。
「ヒースも一緒に来て頂けますの?」
こういった話し合いの場で積極的にヒースが参加する印象がないため、思わずそう聞くと、ヒースは苦笑する。
「一応、団長なんだけどなぁ……」
既に無精髭を元に戻し、ボサボサになった髪を掻く。すっかりいつものヒースに戻っていた。
「勿論、一緒に来て下さるなら心強いですわ」
「…………事務官には苦労ばかりかけるな」
「傭兵の皆様の仕事は力仕事です。わたくしの仕事は書類仕事ですから」
にっこりと微笑み書類を見せる。
ふむ、と書類を眺めていたヒースが人差し指で書類に触れる。
「ここ。数値違うぞ」
「えっ」
「税額が違う。あちらの商会にかかる税額は王都特有の税が加算される。もうちょい金額を下げないとな」
「そうでした……」
王都に拠点を構える事業に課せられる税は別途追加の納税が定められていることを忘れていた。パトリシアは慌てて書類を訂正しようとするが、それを手で止める。
「今更最初から直すのも大変だろうが。別紙にしとけって」
「そうですわね……すみません」
「落ち着きな。アンタなら大丈夫だ。何かあれば俺もついてるんだ」
「……何だか、最近のヒースは……」
「うん?」
「とっても団長らしいですわね」
「らしいじゃなくて、団長なんだよ」
すっかり自覚を持ってくれていたらしいヒースの笑い顔にパトリシアは安堵した。
半ば強引に団長にしてしまったパトリシアとしては、ヒースが団長という職務に対し肯定的でいてくれることが嬉しかった。
「…………なあ、パトリシア」
「はい」
「アンタはさ……頭もいいし仕事もよくできる。おまけにまあ……美人だ」
突然何を言い出すのだろう。
片想い相手に美人だと言われ、パトリシアは顔を赤く染める。
「こんな田舎で燻ってていい女じゃないってことは重々理解しているんだ。それでも敢えて問う。ずっと、ここで働いていてくれるのか?」
「…………勿論ですわ」
ヒースを安心させるよう、パトリシアはしっかりとした声色で応えた。
言葉にもせず、そして態度にも出さないがドレイク傭兵団に行ってからというもの、ヒースが時折パトリシアを気遣うことは気付いていた。
ネピアという辺境な地。更には底辺にまで名が落ちていてたレイド傭兵団。
「今のわたくしが立っていられるのは……楽しいのは、全てレイド傭兵団にいるからです。ミシャともモルドレイドさんともバックスさんとも知り合い、共にこうして協力し合える関係が愛しいです」
前世のパトリシアにも同僚はいた。
けれど、ここまで仕事に対して熱意を持って、共に乗り越えたいと思う仲間はいなかった。
「オールドレという友人も出来ました。友人とは違いますが、リンダさんのように歳の離れた知り合いにも恵まれました」
パトリシアの周りにいたのは、互いに牽制し合うような友人だけだった。
「そしてヒース……貴方がいて下さるから、わたくしは頑張れるのです」
好きな人がいるから。
共に戦ってくれる人がいるから。
だからパトリシアは、前を向けるのだ。
「……………………」
パトリシアを見つめていたヒースの顔が次第に俯く。
「ヒース?」
「いや………………」
ヒースの顔を覗こうとしたら彼の手に阻まれた。
微かに見えるヒースの耳が、赤い。
照れているのだ。
思いがけない好きな人の一面を見て、パトリシアは笑った。
翌日。
領主邸にパトリシアはヒースと共に向かった。
執事は既に話を聞いていたらしく、パトリシア達の姿を見ると早々に部屋へと案内してくれた。
通された部屋は執務室らしく、レオが書物を眺めながら座っているところだった。
「早いな」
「え?」
「回答を出すのが、だ。もっと遅いと思っていた」
読んでいた本を閉じ、レオは二人を隣の部屋にある打ち合わせ用の席へ促した。
並んで着席するパトリシア達の向かい席にレオが座る。
「それじゃあ、話を聞こうか」
「はい」
緊張した面持ちのままに、パトリシアは鞄から書類を取り出しレオへ渡した。
受け取ったレオは、書類に目を通すと小さく笑う。
その様子を見てから、パトリシアは唇を開いた。
「書類に記載している通り、レイド傭兵団並びにレイド商会は、ライグ商会と業務提携を望みますわ」
それはレイド傭兵団という落ちぶれた傭兵団が。
傭兵団業と共に商会まで始めるという、前例なき傭兵団の誕生の瞬間であった。




