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第八条(相見積もり)

『アイリーン……貴方、何を読んでいるの? 経済書? こんな物を読んでいるの?』

『悪いかしら? これからは女性も活躍する時代がくるかもしれないのよ?』

『まあ……勇ましいこと』

『…………フフッ、親に金で売られるようなパトリシアさんは言うことが違うわね』

「…………!』


 カッとなったパトリシアが、アイリーンの頬を叩き。

 仕返しとばかりに叩き返されたパトリシアは頭に血が上り。

 淑女の集まるような広場で女性同士による喧嘩が起きてからというもの。

 アイリーンとパトリシアは友人であったものの、疎遠な関係となっていた。


 それから一年もした後のこと。

 パトリシアの婚約者であったクロードがアイリーンと恋仲になり。

 パトリシアは前世の記憶を取り戻していた。



「ライグ商会が真珠の輸出業を……」


 パトリシアは落としたカップを動揺しないように直しながらアイリーンと元婚約者の姿を思い出していた。

 

「俺の妹は兄二人と違って頭が良い。それでもって野心家だ。ガーテベルテを嫌う俺の性格も良く分かっているからこそ婚約者のクロードを使って相談してきた。真珠業の輸出を委託させてくれれば、今より利益を三倍には増やす自信があると言っている」


 三倍……

 その金額を計算するにとんでもなく大きな数字が動くことになる。

 

「一体どのようにしてそのような収支を得られると?」

「貴族への流通を確保しているからだ。高値で真珠を売らせるつもりなんだろう」

「貴族ですか……」


 パトリシアとて貴族へ向けての販売は考えていた。しかし残念なことにツテが無いのも事実である。

 今もバックスが雇われている商会に協力をしてもらい流通させてはいるが、彼らは王都に特化した商会ではなく、どちらかと言えば地方に向けて商売をしてきている。

 王都への商会は老舗であることやツテが重要とされていることは承知している。そのツテを持ったクロードの商会は大きい。

 三倍という数字がより実現的に見えるのも確かなことだった。


「魅力的な提案でもあるが、俺としては妹の言いなりになるのも好きではない。あの腹黒が懐に入るのは気に入らないというわけでもある。だが利益は十分にあった美味しい話に食いつきたくないわけでもない」

「…………」

「この話から出てくるメリットは大きいが、パトリシア。アンタはこの話から出てくるデメリットは何だと思う?」


 レオに問われパトリシアは口を開く。


「一つ目は地元の民による反発が大きいことです。少なくとも現在の輸出においては地元の民が協力を行っている部分もありますが、ライグ商会が行うとなると全業務に及び彼らが専売するため、事業での利益は上がりますが地元の民の収入源が減少します」


 元々ネピアで地固めもしていたバックスら商会に雇われる地元の民もいる。彼等の収入が減ることは確実だろう。


「次に、貴族に向けた真珠となるとそれだけ限られた真珠となります。数もそこまで多くはないと思いますので、そうではない真珠の輸出先を確保する必要がありますが、恐らくクロード様の商会ではそちらにまで着手はなさらないでしょう」


 王都への商売を中心とするクロード商会は高級品を取り扱うことが多いため、一般向きな民への商売は行っていなかった。


「それから最後に加工する職人の手が不足しているため、加工職人へ払う固定費が大きいというところですね。高級真珠の移動、別の地域で行われる加工作業にそちらへの費用、その分も差し引きますと……いくら利益が上がるからといって支出も大きいままではあります」

「見事だな」


 レオが数回手を叩きパトリシアを称賛した。


「その通りだ。妹の話は魅力的ではあるがデメリットも多い。アンタのところで続ければ利益は少ないがしっかりとした土台が出来ている。俺としてはどちらを取るべきか悩んでいるんだ。だからこそアンタに提案したい。この悩みを解決する術を見つけてもらいたい」

「解決ですか」

「ああ。言っても俺はネピアの治世者だ。いち民よりも町全体を見る必要があるから、このまま進めるなら妹の話に乗るだろう。だが先ほどアンタが言ったようにデメリットも大きい。だからこそアンタに機会を与えたい。どうかこの状況を打破できる方法を探してもらいたいってな」

「…………」


 とにかく考えろと、パトリシアは己に命じる。

 自分の考え一つで真珠の行方が大きく変わってしまうことになる。

 そのプレッシャーに額から汗が滲みながらもパトリシアは頷いた。


「かしこまりました。暫くお時間を頂戴しても?」

「構わない」


 レオは珈琲をいっきに飲み干すと立ち上がった。


「この後は舞踏会だろう。俺はそろそろ準備をする。お前も参加するのか?」

「いえ、わたくしは……」

「せっかくだ。エスコート相手になってもらう」

「は?」

「ちょうど相手がいなかったしな。これも仕事だ。付き合え」

「えっちょっと」


 レオは言うや否や部屋の扉を開けて誰かを呼んだ。

 部屋付きの従者が慌てた様子でやってくる。


「こいつに今日の舞踏会用のドレスを貸してやってくれないか?」

「かしこまりました」


 従者が頭を下げると、そのままパトリシアを誘導する。


「ガーテベルテ様!?」

「これも傭兵団の仕事のうちだ。追加で報酬は支払うぞ」


 これ以上話すことはないとばかりにレオもまた退室していった。どうやら時間が限られているらしい。


「こちらへどうぞ」


 淡々と語る従者の言葉のままに、パトリシアは動揺しながらも従者の後をついて行った。



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