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第二条(新たな目標設定)


 再会した仲間と共に生まれ変わったレイド傭兵団の建物で遅めの昼食を済ませた後、改めてヒースは話し合いの場を設けてくれた。

 久しぶりの定例会議だった。


「パトリシアさんがドレイク傭兵団に行っていた間のことを話すね」


 司会進行はどうやらミシャらしい。

 その場にはパトリシアとヒースに加え、バックスも団員として迎えられている。


「僕の手伝いの仕事については、バックスさんにロバを買ってきてもらったから前よりもっと楽に仕事が出来てるよ。今は時間がある時ヒースさんにライデンの乗り方を教わってるんだ」

「素晴らしいわ」


 ミシャの乗馬する姿を想像してパトリシアは感動した。数ヶ月も離れていたわけではないというのに、彼の成長にパトリシアは喜びしかない。


「これは一つの提案だが」


 ヒースが発言する。


「いずれ乗馬が上達して、あとは護身で剣さえ覚えられればミシャは遠方への用事も済ませることが出来る。そうすればミシャが言っていた目標にも近づけるんじゃないかってね」


 ミシャの目標はユーグ帝国だけではなく、他国や他の大陸の人と関わる仕事がしたいと言っていた。確かに移動手段を手に入れることは目標に近づく要素でもあった。


「そうね。そういえばミシャ、勉強は頑張ってる?」


 ミシャはパトリシアがいる間はパトリシアから教わる形で他国の言語を勉強していた。問われたミシャは少しばかり苦々しい顔を見せている。


「やっぱりパトリシアさんに教えて貰わないとダメみたい。でも教えてもらった部分はちゃんと毎日練習したよ」

「それでも十分よ。偉いわ」


 褒められたミシャは嬉しそうに微笑んだ。


「ミシャは他国の言語を勉強中なのかい?」


 バックスが尋ねてきたためミシャは頷いた。


「バックスさんにも説明をしなくてはいけないわね。わたくし達はこうして定期的に会議を行うことに加え、できれば更なる成長を目指すために目標を掲げているのです。ミシャは今言ったように他の大陸に向けても仕事を出来るように勉強していますの」

「それは素晴らしいね! 大陸の言語を話せる傭兵がいればこれ以上ないほど有難い話だ」

「そういえばバックスさんは他の大陸でもお仕事をされていましたの?」

「滅多にありませんが無いわけではなかったです。やはり言語の壁は大きくて。翻訳をする者を雇うにもそもそも出来る人が少ないし値も張りますからね。帝国と友好関係にある国では比較的ユーグの言葉も通じますが、そうでないところと都市部から離れるとそうもいかない。未だ未開の地も多いです。ドレイク傭兵団ぐらいじゃないですか? 異国の地に向けて傭兵業を行えるのは」

「そういえばそうでしたわ」


 パトリシアが勤めている間にも他大陸に向けた傭兵はいた。ただ、その中でもやはり言語に特化した者はいなかった。

 バックスがミシャを見る。


「ミシャ。もし言葉を覚えた時にはぜひ仕事をお願いしたい。言葉も出来る傭兵なら引く手数多になりそうだからね」

「はい! ありがとうございます!」

「流石商売人。目をつけるのが早ぇな」


 苦笑するヒースにパトリシアも小さく頷いた。


「そんじゃあ次は俺が説明を。俺の方は主にモルドレイドのおっさんがやってる事の補佐だな。他研究員の招待に向けて宿の手配やら仕事の手伝いをしてきた。同時に真珠の輸出に関して手続きを済ませる必要があるんで、バックスには暫くこちらに居てもらうってことをバックスの商会長と話をつけてきた。というわけでこいつはほぼ毎日レイドに来ることになった」

「はい。今は仲間に引き継ぎをする時間も頂いているので、時々向こうに行きますがほとんどはこちらにいます。必要な仕事の道具も全てこちらに置かせて頂きました」


 視線で示した方向を見ればそこには幾多にも及ぶ書類や道具が置かれている。どうやらそこが、バックス専用のスペースになっているようだった。


「僕は輸出に向けたルートと販売先の選定をしています。そこまで数が多いわけではないですし、需要がある箇所も限られていると思いましたので。それに加え価格を調整しています。これは商会長と相談をしていますが品物ごとの値打ちの出し方は決まってきたと思います」


 普段は愛想良い好青年でしかないバックスが真剣に話す姿はまさしく商人だった。


「既にいくつか仲の良い販売先に卸してみたら好評でした。既に一部の報酬はレイド傭兵団に入ってますよ。なので、資金が確保できると分かった時点でヒース団長と話して建物の修繕をすることにしたんです。仕事ついでに僕とヒースさんで大工の手配をしていました」

「まぁそんなところだな」


 パトリシアとしては、自身がいない間にそれだけの変化が訪れていたことに対し、喜びも十分だったが一緒に迎えられなかったことに寂しさも覚えた。

 気を取り直し、次はパトリシアがドレイク傭兵団で得た話を三人へと伝え始めた頃には。

 陽が落ち始める頃になっていた。




「だいぶ遅くなってきましたね」

「それじゃ解散としますか」

「うん!」


 四人が立ち上がり、それぞれが帰路に向けて支度を始める。


「パトリシア」


 ふと、上着を手に取っていたパトリシアの傍に立ったヒースが小さな声で名を呼んだ。呼ばれて見上げた先にあるヒースの表情にパトリシアはまた動悸が騒々しくなる。


「この後時間をもらえるか? 疲れてるとこ悪いけど」

「はい……大丈夫です」

「ありがと」


 会話を終えて離れるヒースの言葉に、パトリシアは意識が集中した。何の用があるのだろう。しかも二人きりで。

 変に意識ばかりしてしまう自身を叱咤しつつパトリシアは気を引き締めた。


 全員が建物の外に出て、その場で解散をした後。

 ゆっくりとヒースが歩くところを合わせるようにパトリシアは並んだ。


「何処かで飯でも食べるか?」


 ヒースは宿場の食堂を指すがパトリシアは首を横に振る。

 暫く考える様子を見せるヒースにパトリシアが先に告げる。


「よろしければわたくしの家でどうでしょうか?」

「え?」

「前はいつもそうしていたでしょう?」


 まだ傭兵団の建物がボロボロであった時、会議はパトリシアの家で食事をしながら行っていた。

 それにパトリシアはまだネピアに戻ってきてから自宅へ行っていない。変わりはないだろうが確認をしたいし荷物も置きたいと思っていた。ちなみにその荷物は何かを言うよりも前に今ヒースが代わりに持ってくれている。


「…………いいのか?」

「え? ええ……」


 何故確認するのだろう?

 不思議に思いつつもパトリシアは頷いたが、ヒースは未だに何処か迷った様子を見せていた。

 それから諦めたように溜息を吐いて。


「途中で何か買っていこう」


 パトリシアの自宅への道を歩き出した。

 何かおかしいことを言ったかと考えつつも買い物を済ませ、久しぶりに帰ってきた自宅の扉の前。

 鍵を取りだし解錠し、まずはヒースを中へ上がらせた。

 灯りを代わりに灯してくれるヒースを背後で見つめていたパトリシアは、この状況に何処か違和感を覚える。


(何かが足りない気がするわ……何かしら)


 いつも行っていたはずの打ち合わせの時とは違い何かが足りない。

 そのピースが埋まらないまま中で荷物を片付けてから買ってきた物を机に広げる。準備している間にヒースが常に座っていた席に腰掛ける。パトリシアも倣って着席した。

 

 誰も座らない席が一つ。

 そこでようやくパトリシアは気が付いた。


(ミシャだわ! ミシャが足りない!)


 ようやくずっと感じていた違和感の答えが出た。

 定例会議でミシャが座っていた席に誰もおらず、今は二人きりだという事実に気づいた時。

 パトリシアはいっきに恥ずかしくなった。


(待って。以前だって二人で打ち合わせをすることは多かったわ)


 ミシャが仕事に行っている間、パトリシアとヒースが仕事の話を今のように二人で行っていたこともあった。


(ああ、でもこの時間では初めてかも)


 それでも夕刻になればミシャがパトリシアの家に訪れ三人で食事をしていた。

 今のようにヒースと二人で食事をするのは初めてだった。


「パトリシア?」

「は、はい!」

「どうした? 疲れてるなら別の日でも構わねぇけど」

「大丈夫です! どうぞ進めてくださいませ……」


 明らかに様子がおかしいパトリシアに眉を顰めるが答えが見つからないためヒースは続けた。


「あいつらの前では聞けなかったが……手続きはうまくいったか?」

「あ……」


 そこでようやくパトリシアは理解した。

 彼が二人きりで話したかった内容を。


「はい。問題なくパトリシア・セインレイムは不慮の事故により亡くなったことになりました」


 モンドに依頼していた内容である伯爵令嬢パトリシアの死の捏造。

 修道院に向かっていたはずのパトリシアだったが、彼女は修道院に訪れるよりも前に謎の死を遂げたことになった。

 それまで修道院に向かっていると思っていた両親が修道院に確認をしたところ、彼女は修道院に足を運んでいないという事実が判明する。

 彼女の居場所を突き止めるためにドレイク傭兵団へ頼みパトリシアの行方を捜した結果、彼女は事故に遭って亡くなっていた。やむなくその場で弔い遺髪だけを両親の元へ届けた。

 そして彼女の死を知った両親は泣く泣く死亡届を提出し、帝国によって受理された。


 ということになっている。


「そうか……アンタは大丈夫か?」


 両親に死者として容認されたことを気にしているのだろう。

 パトリシアは微笑んでみせた。


「大丈夫です。むしろ、ようやく解放された気がします」

「…………そっか」


 その後、沈黙が続く。

 互いに買った食事を食べず黙って次の会話を待った。何処か気まずい空気を感じながらもパトリシアはヒースが何か話すことを待っていた。

 さらに言えばパトリシアは緊張していた。

 今までヒースと二人きりになる機会など沢山あったというのに。


(久しぶりだからかしら……何か、違って見えてしまうのは)


 ヒースの黒い伸ばした髪。だらしのない無精の髭。本来ならばあまり好まれない様相だというのにヒースには似合い、それどころか彼の魅力を引き出す要素にしか思えない。

 眦の皺や切れ長の瞳。その一つ一つがどれもパトリシアは目が離せなかった。


(ヒースさんのお顔ってこんなに端正だったかしら)


 今まで見飽きるほどに見てきた顔だというのに今のパトリシアにとっては全てが真新しく感じてしまう。一体何の変化が起きているというのか。

 自身がおかしくなってしまったようにさえ思えてしまう。

 久しぶりに会うだけでどうしてこんなにも。


(愛おしいとさえ思うのでしょう)


「パトリシア」


 見つめていた先の唇が開き、己の名を呼ばれていることに気付きパトリシアは慌てて返事をした。

 深緑よりも深い緑色の瞳がパトリシアを覗いていることに目が離せなかった。

 「お嬢さん」ではなく名前で呼ばれたことが更に緊張を生み出した。

 けれども。


「レイド傭兵団を辞めてドレイク傭兵団に行きたいか? それで……アルトと一緒になりたいって考えてるんだったら俺は止めるつもりはない。パトリシアの今の目標を教えてくれないか?」


 ヒースの放った言葉によって。

 パトリシアは一瞬にして高揚していた心を叩き落された。



いつも読んで頂きありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ヒースさん、ご自分を卑下しないで〜 ついついやっかんで放ったお言葉でしょうが。なんてね。
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