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第一条(帰還)

 相乗りしている馬はパトリシアに無理をさせないようなスピードで駆けていく。

 風が頬に当たり心地よいのは、未だ赤く染まっている顔が熱いから。

 パトリシアの後ろで馬を操るヒースは黙ったまま正面を見据えていた。時々そっと顔を見上げて彼を確認するけれど、何一つ反応はなく真剣に馬を走らせていた。

 パトリシアは小さく溜息を吐いた。きっとパトリシアの心情を考慮して黙っていてくれるのかもしれない。

 

『アンタが好きだよ、パトリシア』


 そう、アルトに告げられてからまだ数刻も経っていないというのに未だ耳は鮮明に焼き付いている。

 アルトの真剣な表情、綺麗な顔がパトリシアの瞳近くに見えた時。不覚にもパトリシアは跳ねあがるほど胸が高鳴った。あれほど真剣な表情で告白をされることなど、前世は勿論、婚約者であったクロードにさえ言われたことが無かった。

 

(一体いつから? アルトさんはわたくしの事が嫌いだと思っていたのに)


 初対面の時からパトリシアに対して棘があった。貴族や女性に対し好感を抱いていない彼にとって、パトリシアはそのどちらも持ち合わせている人間であったはずなのに。

 過去を振り返り好かれるような思い出が無いか探し出しても、あったのははしたなく足を見られた思い出だけ。あれで好かれるとも思えない。というか、もはや記憶から抹消したい。


(冗談……なのかしら)


 彼特有の意地悪で言ったのだとしたら。

 そんな考えも思いついたけれど、アルトの表情を思い出す度にその考えは否定した。

 あれは、そんな冗談で言える表情ではなかった。


「………………」


 触れる頬が熱い。 

 ひたすらに混乱をする頭は、どれだけ冷たい風を受けても冷めない。


「パトリシア」


 急に名前を呼ばれ、パトリシアは慌てて顔を上げた。


「少し休憩しよう。馬に水を飲ませたい」

「は……はい」


 気づけばネピアに続く小川がそこにはあった。この小川を通り抜ければあと数刻してネピアの町に到着する。やはり馬で駆ければ早いのだなと、パトリシアは小川を眺めながらそんなことを考えていた。

 新しく仲間となった馬の背を優しく撫でる。焦げ茶色の毛並みが良い馬はつぶらな瞳でパトリシアに頭を下げる。どうやら撫でてもらいたいらしい。パトリシアはそっとたてがみの立派な馬の頭を撫でた。


「名前はありますの?」

「ライデンだ。ミシャも乗るかもしれないからな、調教し終えた落ち着いた馬にしてもらった」


 携帯していた水を飲んでいたヒースが答える。


「そう。ライデン、わたくしはパトリシアよ。よろしくね」


 改めて紹介すれば、つぶらな瞳のライデンはパトリシアに頬を摺り寄せてきた。本当だ、とても人懐こく落ち着いた馬のようだった。


「アンタも乗馬は出来るのか?」

「軽く教わりましたが、駆けることはできません。せいぜい小道を歩くぐらいです」


 貴族の嗜みとして乗馬がある。が、女性はあくまで簡単に習う程度のためパトリシアもそこまで上手ではない。


 その後、パトリシアとヒースの会話は途切れ黙って小川を眺めていた。どちらも言葉は交わさない。


(…………ヒースに聞こえていたのかしら)


 先ほど受けたアルトの告白は、傍に居たヒースにも聞こえる声量だった。特に隠さず、堂々とさえしている告白に動揺してヒースの様子までパトリシアは見ることなどできなかった。

 何か言ってくれれば分かるのだが、彼は何一つ語らない。

 それどころか。


(何でしょう…………何かいつもと違うような)


 久しぶりに会うせいなのだろうか。以前よりも何処か余所余所しい空気を感じる。

 勿論それは、気のせいかもしれないし以前からそうだと言われればそうなのかと納得するぐらい些細な変化。

 ドレイク傭兵団に行く前のヒースだったら例えばもう少し会話をしていたとか、目が合うことも多かったとか、そんな些細な違和感。


(気のせい、よね……)


 結局互いに黙ったまま休憩は終えた。

 元気を取り戻したライデンの走りにより、夕刻の頃にはネピアの町にたどり着いた。

 

 レイド傭兵団の拠点である建物に近づいてくるにつれ、パトリシアは驚いてその建物を見つめた。彼女が知っている建物と明らかに違っていたからだ。


「え……どういうことですの?」


 驚いて後ろを振り向けば、ヒースが意地悪そうに笑った。


「驚いたか?」

「当たり前です! どうして……建物が綺麗になっているの?」


 そう。

 あばら家やら幽霊小屋やら色々と言われていたレイド傭兵団の建物だったはずなのに。

 今パトリシアの目の前にある建物は驚くほど修繕されていた。

 風が吹き抜けていた壁は木材や煉瓦により補強され、崩れていた屋根の煉瓦も補強されていた。割れた窓は新しい硝子が入り、危ないからと端に寄せていた木材も撤去され、そこには小さいながら馬小屋が建てられている。そして驚いたのは看板だ。


「レイド傭兵団……」

「どうだ? ちゃんと傭兵団らしいだろう?」

「ええ……ええ! 驚きました。どうやって……」

「パトリシアさん!」


 懐かしい声が聞こえた。

 建物から飛び出してきたのはミシャだった。

 パトリシアは先に降りたヒースによって降ろしてもらうと、すぐさまミシャが抱き着いてきた。


「おかえりなさい! 会いたかった!」

「ミシャ……ただいま」


 力強く抱き締めてくるミシャにパトリシアも腕を伸ばした。少し離れていただけだというのに背が伸びたように感じる。


「パトリシアさん、驚いた?」


 顔を上げて嬉しそうに尋ねてくる言葉にパトリシアは大きく頷いた。


「へへ~! バックスさんとヒースさんと一緒に頑張ったんだよ!」

「バックスさん?」


 何故彼の名が? と思った時、建物からバックスの姿が現れた。


「パトリシアさん! お久しぶりです!」

「ご無沙汰しております。でも、どうしてこちらに?」


 久しぶりに会うバックスはニコニコと微笑みながらパトリシアの傍に立つと、嬉しそうに理由を教えてくれた。


「会長とヒースさんと相談して、僕も一時レイド傭兵団の団員ということになったんですよ」

「ええっ?」


 驚いて思わず可笑しな声を出してしまい慌ててパトリシアは口を掌で閉じた。先ほどから驚くことばかりの連続だ。


「真珠の輸出業を執り行う団体名義はレイド傭兵団の名で行っていますからね。勿論、僕の入っている商会が代理で行うことがほとんどですが……総指揮を僕にして下さったんです」

「その方がこちらとしても手続きとかがやりやすいしな」


 ライデンを馬小屋に戻していたヒースが戻ってきて会話に加わった。どうやらパトリシアがいない間にレイド傭兵団は随分と変わっていたらしい。その変化が嬉しいものの、一緒に迎えられなかった寂しさもあった。

 ふと、手をそっと握られる。


「パトリシアさん。もう別のところに行っちゃ駄目ですよ?」

「ミシャ…………!」


 いつもは何処か大人の仲間に入ろうと頑張っているミシャの可愛らしい甘えにパトリシアは蕩けんばかりにミシャを抱きしめた。


「勿論ですわ!」

「パトリシアさんっ! ちょ、ちょっと!」


 急な抱擁に今度はミシャが慌てる番だった。

 いくら自分からも抱き着いたとはいえ、今の体勢は良くない。パトリシアの少なくない胸がミシャに当たっている。彼も幼く見えるとは言え若い少年であった。


「ほらほら。感動の再会は中でやろうや」


 パトリシアを肩から引っ張り引き離したヒースがレイド傭兵団の方へと向かうよう指示する。我に返りパトリシアも大人しく中へと入った。

 建物の中も随分変わっていた。

 傾いていたはずの椅子や机は新調されていた。床には敷物がある上に天井まで綺麗になっていた。


「この短期間でどうやって?」

「収益が増えた分、設備投資したってわけよ」


 ヒースが言うに、真珠の輸出業をレイド傭兵団名義で行ってから固定収入が確保されたらしい。資金管理についてはミシャとヒースが役場の者とも協力し合いながら管理をしていく中で、使用すべき箇所を決めた結果、まずは建物をどうにかすべきという話になった。


「前に言っていたロバの購入と、ついでにライデンも買って。そうすると馬小屋も必要になる。ってことで、新団員となったバックスに大工を調整してもらったんだ」

「そうでしたの」

「あと、町の人からお礼も兼ねて色々貰ったんだよ。この机とかバレッタさんから貰ったんだ」


 バレッタは確かミシャが仕事を手伝っている先の家具屋だった。それ以外にも聞けば色々な物を贈られているという。

 いずれお礼を返さなくてはと心に決めていたところで、三人がパトリシアを見つめていることに気が付いた。


「おかえりなさい、パトリシアさん」


 ミシャの言葉に、ヒースとバックスの見つめる微笑みに。

 パトリシアは胸が熱くなる想いを抱きながら。


「ただいま」


 帰るべき場所はここなのだと改めて感じながら。 

 その言葉を返した。



あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!

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