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第十二条(責任と役割)

 指されたモンドは心外とばかりに顔を歪めた。


「どういうことだ? パトリシアさんよ……儂に何の咎がある?」

「恐れながら全てに於いてです。今回の騒動についても、そもそも悪質な嫌がらせが事務官の中で起きてしまうことも」

「その者達がアンタに嫌がらせをするように命じた事などないぞ。自らの意思でアンタを害した。処分されるのは当然だろうが」


 パトリシアは溜め息を吐いた。

 モンドはドレイク傭兵団の団長として強く信頼も高い。が、組織を纏める人間として必要である考えが欠落しているようにパトリシアは思った。

 上に立つ人間が必要とする考え。


「モンドさんにとって……彼女達は何なのでしょうか」

「は?」

「団員達の結婚相手、都合の良い女性……決まった相手さえ見つけたら退団、相手が見つからなくても退団……若い女性しか存在しないこの事務官の者達に対する考えは、そんなところでしょうか」

「…………」


 パトリシアの言葉に何一つ不快な表情を見せず黙り込んだ。つまりは、パトリシアの言葉が正解なのだろう。


「モンドさん……先日のお誘いに関する回答をこの場であえて申し上げます」


 急な話題の変更にモンドは首を傾げる。


「団員としてのお誘い謹んでお断りします。貴方のように女性を道具としてしか見られない方と……共に働きたくはありません」

「なっ……!」


 モンドだけではなく、周囲の者達も動揺を見せた。


「わたくしがモンドさんを罰する理由は明快です。貴方は、ドレイク傭兵団で働く女性達をさも道具のように考え、事務官で常に起きる問題を解決するために注力するどころか今のように処分しようとしました。そのような考えをする方の傍で働きたい筈がないでしょう?」

「何だと……?」

「事務官の女性は道具ではありません。意見を持ち、意思を持つ人間です!」


 パトリシアは叫んだ。

 組織が大きくなるにつれ、人を人として見るのではなく、まるで消耗品のように扱うような会社はパトリシアの前世でも見てきた。

 けれど、そんな会社はいつだって人が離れていく。

 組織は人で出来ている。

 たとえ、モンド自身が団員達に対して強い統率力を持っていたとしても、彼らを傍で支えるべき事務官の存在をおざなりにするような人間に、パトリシアは付き従いたいなど絶対に思わない。


「結婚相手を探すための職場というならそれでも良いでしょう。けれど、今の事務官の組織で虐めが起きてしまうのは必然です。誰もが協力し合う職場のはずなのに、周囲にはライバルしかいないのだから。だとしたらその事態を調整をすることこそが、団長の仕事の一つだということが何故分からないのです!」

「…………」

「傭兵団の団員達に諍いが起きれば上官がそれを制します。配置を変えることや異動の話もするでしょう? けれど彼女達が嫌がらせをしたからと言って、貴方はどうすると言いましたか? 処分ですって? 貴方は、彼女達を何だと思っているの!」


 パトリシアは激昂した。

 モンドは男性社会主義の人種なのだ。女性を軽視しているわけではない。女性を大切に考える意識もある。

 けれど、団長の仕事において彼女達に目を向けるという概念すら無い。

 同じ組織であるドレイク傭兵団の中で、事務官たる彼女達に関してのみ何一つ規則もなく、ただ決められた実務をこなすだけの駒でしかないのだ。

 そんな環境、耐えられる筈がない。


「イニスさんは実力を認められたくて、実力が勝ると思い悔しくてわたくしに手を出したけれども。事務官内で嫌がらせをする行為が当然としたら……それも不思議なことではないでしょう。イニスさんがもっと実力を認められる環境下に置かれていれば……そもそも、嫌がらせという行為を厳しく罰する環境であるならば今回のようなことも、きっと今までの嫌がらせも生まれることはなかったはずです」

「……それをしてこなかった団長の責任であると?」


 パトリシアは頷いた。


「組織の上に立つ者は、団員全てにおいて目を向ける立場であることを忘れないでください。わたくし達事務官も……ドレイク傭兵団の団員なのですから」


 たとえ力仕事ができなくても。書類仕事しかしていなかろうと。

 同じ組織の中で共に働く仲間であることを忘れないでほしい。

 そう、願わずにいられなかった。


「そうか…………」


 先程までは怒りで顔を歪めていたモンドの表情が、今では随分と沈んでいた。恐らく、誰一人としてパトリシアのような意見を述べる者が居なかったのかもしれない。

 呼び出された女性達はモンドとパトリシアのやりとりを見ながら、様々な感情を抱いていた。

 嫌がらせをすることもされることも当然だと思っていた。誰かに助けを、忠言をする考えすら持ち合わせていなかった。

 団員の中でより良い男性と結婚出来るかだけを目標にしていた彼女達にとって、パトリシアの言葉は衝撃だった。

 そうして、今まで長い間に渡り美しいだけで、アルトと仲が良いというだけで悪質行為をしてきた己を恥じた。

 何故なら、どれだけ嫌がらせをしたとしても、パトリシアは彼女達に対して仕返しの一つもしなかったのだ。

 

 敵う筈がない。

 

 その場に居た誰もが、口にせず心から思ったことだった。






 数日後。

 今回の責任についての処遇が一枚の文書として掲示板に貼り出された。


「イニスには懲戒処分……モンド団長は全ての責任から一年間の減俸処分……」

「初めての事で団員達は驚いているわよ」


 隣で掲示板を眺めていたリンダが笑いながらパトリシアに告げてきた。


「今まで傭兵団の団員による不祥事やら問題があってこういった文書が出されることはいつもだけれど、事務官の名前が載ることも、団長が責任を負って処分を下されることも……ね」

「リンダさん」


 顔を合わせていたリンダがそっとパトリシアの手を握りしめた。


「ありがとうパトリシアさん……私ではずっと出来なかったことを貴方は成し遂げてくれたの。感謝してもしきれないわ」

「リンダさんが出来なかったこと?」


 リンダは手を握り締めながら頭を下げるだけで、それ以上の言葉は続かなかった。


「それにしても残念だわぁ。パトリシアさんにはずっとここに居て貰いたかったのに。あと一週間ぐらいでしょう?」

「はい。それまでに出来ることはやりたいと思っています」


 そう。

 事件があって数日の後、モンドによって依頼していた内容が完了するとの報告が届いた。既に死亡届は提出され、帝都内で告知に関する手続きまで済まされているらしい、と。

 あとは交付されることを待つばかり。


(これがどれだけ効力があるかは分からない……でも、やれることはやったわ)


 あとはレオ・ガーテベルテとなるべく会わないようにするしかないが時間の問題だろう。せめて遠く離れた親族に被害が及ばないように、加えて親族からの妨害を受けないようにするのが今のパトリシアが出来る精一杯の行動だ。


「ふふっ」


 突然笑い出すリンダにパトリシアは視線を向ける。


「それにしても、あの子達の態度の変わりようには笑っちゃうわ。今じゃすっかり貴方……『お姉様』なんですもの」

「…………」


 そう。

 あの事件以来、パトリシアに対する嫌がらせ行為はピタリと止まった。

 それどころか、今まで嫌がらせをしてきた女性達が次々と謝罪してきた。それに関しては想定もしていた。

 ところが想定外のことが起きた。


『パトリシアさん……お姉様とお呼びしてもよろしいですか?』

『ずるいわ! 私も呼ばせてもらおうと思ったのに!』

『パトリシアさん! 良ければこのお菓子一緒に食べませんか?』


 モンドに堂々と言い返したパトリシアの評判は止まることを知らず、今最も傭兵団で人気があるのはアルトを超えてパトリシアとさえ言われている。


「もうっ今まで追いかけられる側だった団員達が大騒ぎよ!」

「リンダさんっ」


 堪えきれずに笑い出すリンダにパトリシアは顔を真っ赤に染めて諌めた。

 事務官の女性は今まで団員達に好かれようと積極的だったというのに、今では女性の誰もがパトリシアに夢中になっていた。

 曰く、自分達が虐めていたにも関わらず、全ての女性を救うパトリシアこそが最も格好良く、憧れなのだと……

 この大陸では憧れる女性に対し敬愛の意味を込めて姉妹の呼び方をする風習があるのだが、今のパトリシアは大量の(自称)妹が存在することになったのだ。


「……いつでも、遊びにきてちょうだい。貴方にとって恥じないドレイク傭兵団にしてみせるわ」


 リンダの柔らかな手が改めてパトリシアの手を握った。


「……はい」


 パトリシアは握りしめられた手を同じように強く握り返した。


モンドさん断罪でした。嫌われてしまったかもしれませんが、そこまで悪いキャラではないので今後好かれるよう頑張ります。

前話の感想が皆さん一緒で笑ってしまいました笑


いつもお付き合い頂きありがとうございます!

出向した本章もあと数話で終わります。引き続き楽しんで頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
お姉様と呼びたくなる気持ちはわかってしまうかもしれません…!パトリシアかっこよかったです!!
[一言] まぁ、うん。 男社会で生え抜きで生きてきた中年で、しかも家庭的ではない男性だとそういう感じになるのは 日本の、男性が多い職場&古い体質の会社の昭和な男性を見ても共通なそんな感じやんね。
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