第十一条(裁定)
空には一番星が見え始めてきた頃。
大量な家財達は数台にも渡る荷馬車によって運ばれていった。
行く先は依頼主の元だそうで、パトリシアは途中まで仕上げていた書類を椅子に座りながら確認し、最後に問題が無いと分かったところで書類に署名をし、団員の一人に渡した。
「用意できたぞ」
アルトは即席で作られた焚火の前で簡易椅子に腰掛けていたパトリシアに声を掛けると、そのまま彼女を抱き上げた。
「あの、アルトさん」
「何だよ」
「そんなにして頂かなくても一人で歩けますが……」
当たり前のようにお姫様抱きで連れていかれるが、そこまで足を痛めているわけではない。簡易的ではあるが治療も受け、痛めた足を無理して使わなければ問題ない程度だった。
「怪我人は大人しくしてろ」
そう言われてしまうと、パトリシアは口を閉ざし黙ってアルトに連れて行かれた。
時々感じる団員達の視線に居た堪れず俯くしかないパトリシアをアルトが一台の馬車に乗せると、そのまま彼も中に入ってきた。
あれ? とパトリシアが思う間も無く、馬車は走り出す。
「あの。アルトさんは馬で来られたのでは?」
今回の部隊は馬での部隊が先行して向かっていた。その内の一人がアルトだったと思うが。
「今回の件を報告させるために貸した」
「そうですか……」
今回の件、つまりはイニスが起こした行為に対する報告書。パトリシアは直接目にしていないが、事情をイニスに対し直接確認した団員が報告をまとめたものだろう。
「今日は遅いから近くの町で宿を取ってある」
「他の皆様は?」
「そのまま夜通しでヴドゥーに戻るが?」
「でしたらわたくしも……」
「だから! アンタは怪我人だから大人しくしてろ。町でちゃんと手当を受けろ」
「…………はい」
有無を言わさないアルトの様子に、パトリシアは彼が機嫌を損ねていると感じた。恐らく、怪我をした自身の責任を負うことになるからだろうか。申し訳なくなり、パトリシアは彼の名を呼んだ。
「アルトさん……ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
向かい合った男に頭を下げる。長い銀色の髪が垂れる。
「…………なんでアンタが謝るんだよ。謝るのはむしろ……」
「…………?」
パトリシアは顔を上げてアルトの顔を見た。彼の顔は怒っているというよりはむしろ悔しそうに顔を歪ませていた。
「…………もっと早く助けられたはずだ。アンタは何も悪くない。から、謝るな」
「…………はい」
それからは黙って馬車に揺られていた。
沈黙が続くうちに、パトリシアは次第に眠気に襲われる。
(いけない……)
ダメだと思うのに睡魔は構わずパトリシアを包み込む。コクリ、と舟を漕ぎ始めてしまう。
出発するための時刻も早朝と早かった上に今回の騒動で気力も使い果たしたのだろう。普段のパトリシアだったならもっと気を引き締めているが、今はとにかく体が休みたがっていた。
ふと、舟を漕いでいた頭が何かに支えられる。
(気持ちいい……)
瞼は既に開くこともできず、ただ温もりに甘えるようにもたれ掛かりながらパトリシアは夢の世界へと誘われた。
パトリシアを起こさないよう席を移動し、肩を貸していたアルトは黙ったまま、パトリシアの眠る姿を見守っていた。
結局そのまま深い眠りについたパトリシアは。
宿のベッドに寝かされたことにすら気付かずに朝を迎え。
翌朝アルトに深く謝ることになった。
小さな宿場町で治療を受け、ヴドゥーに到着したのは昼を過ぎた頃だった。
ドレイク傭兵団の建物に入ればいつも通り活気に満ちた団員達の姿が目に映った。その中の一人、フィリップがパトリシアに気付くと大きく手を振り馬車に近づいてきた。
「パトリシアさん! 大丈夫でした?」
外から手を差し出してきてくれたフィリップにパトリシアは微笑んだ。
「ええ、数日安静にすれば問題ないそうです。お騒がせ致しました」
「いえいえ。あの、副団長とパトリシアさんが戻ったら団長室に来るよう言われていました。今から行けますか?」
「はい、勿論です」
差し出されたフィリップの手を取り馬車を降りようとしたが、何故か手に触れる直前アルトに手を掴まれる。
「え?」
何も説明がないまま、アルトはフィリップを押し退けてパトリシアを馬車から降ろした。
何が起きたか分からない様子のまま、パトリシアとフィリップはアルトを見つめた。
「何だよ。また抱き上げていくか?」
「い、いえ! 結構です!」
慌ててパトリシアは首を横に振り、アルトに差し出された手を支えにしながら団長室へと向かった。
通り過ぎていく二人の様子を、信じられないものを見たと言わんばかりに目を開いたフィリップが、姿が見えなくなるまで呆然と見つめていた。
団長室の扉を叩き、名を名乗ると向こうから扉が開いた。
開けたのはリンダだった。
「失礼致します」
「ああ、よく帰ってきてくれた」
中の様子を窺いながら団長の執務室へと入った。既に到着した事は知らされていたらしいが、パトリシアは中の人を見て目を丸くした。
何故、当事者であるイニスだけではなく、他の事務官の女性達もこの場にいるのだろう。
彼女達は気まずそうに顔を俯かせながら、さながら死刑宣告を下されるのを待つような蒼白な顔色をしていた。
「怪我の具合は大丈夫かい?」
「はい、治療もして頂きましたので数日安静にすれば完治するそうです」
「それは良かった」
モンドは心から安堵し、改めてパトリシアに着席するよう指示をした。
「帰ってきてくれたところで申し訳ないが……今回の騒動と、折角だから全ての問題を洗い出そうと思っている」
「全ての問題……」
繰り返し呟きながらパトリシアはもしやと、周囲の事務官を見た。見覚えのある彼女達は事務官全ての女性達では無い。彼女達の共通点は皆、パトリシアに嫌がらせをしていた者達だった。
「イニスの件はあまりにも重い行為ではあるが、それ以外にも日頃嫌がらせ行為をされていたと聞いている。その事実を明らかにしたいんだよ」
何故今になって。
パトリシアは首を傾げた。
モンドは残念そうに溜め息を吐く。
「今回が初めてではなく、パトリシアが入る前から事務官内では嫌がらせ行為が目立っておるんだよ。時にはこうして軽微な罰では済ませられない事態にまで発展する場合もある。だからな」
モンドが冷たい表情を浮かべながら鋭利に言葉を投げつける。
「全てまとめて処分しようと思う」
処分。
モンドの言葉は冷たく重く、彼女達にのしかかった。中には涙を浮かべる者もいる。
「パトリシア。アンタが一番の被害者だった事は知っている。今回のイニスの件も含め、アンタには沢山の迷惑をかけた……せめて望む処罰があれば言ってもらって構わない」
「わたくしに……罰せよと?」
「参考にしたいだけだ」
モンドの言葉は、本心から処罰をパトリシアに求めているだけでは無かった。
これもまた、恐らくパトリシアを試そうとしているのではないか。
私情を交えたような処分を望むのか。それとも正当な処罰を下すことが出来るかを見定めたいのか。
きっと、そのどちらも彼は見たいのだ。
パトリシアは眉を顰める。微少な変化ではあったものの、隣で立っていたアルトはパトリシアの表情に驚いた。
「それでは遠慮なく、望むことを申し上げてもよろしいでしょうか?」
顰めていたはずの表情が元に戻り、穏やかに微笑んだ。
「ああ。遠慮なく言ってくれ」
モンドの言葉にパトリシアは優雅に微笑んでみせた。
「それではお言葉に甘えて……罰を与えて頂きたい方はただお一人です」
パトリシアの言葉にイニスが、その場にいる女性達が皆体を強張らせた。
リンダだけが黙ってパトリシアを見つめていた。
パトリシアは静かに腕を伸ばし、ピタリと一人だけを指さした。
「モンド団長。貴方です」
「………………何?」
何が起きたか分からないと言うモンドの声。
ただ、間違いなくパトリシアが指すのは、モンドただ一人だけだった。




