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第九章(社外活動)

「これはまた……想像以上に廃墟ですわね……」


 パトリシアは身震いする体を強く抱きしめながら、薄暗い林の中に聳え立つ廃墟と呼ぶに相応しい古城を見上げていた。

 見るからに幽霊が出そうな雰囲気。周囲は針葉樹が生い茂り人の気配はまるでない。日差しも当たりづらい崖の麓にあるせいで薄暗さが相乗効果をもたらしている。

 何故そんな、人の少ないお化け屋敷のような廃墟に居るかというと。

 それが、今回パトリシアに任された仕事だからだ。




「廃墟に残された家具の移動と管理……ですか?」

「そう。こういった仕事はパトリシアさんもしたことがないでしょう? もし良ければどうかな」


 傭兵団員であるフィリップに誘われた仕事は、とある廃墟に残された建物にある家財等の移動と売買らしい。

 既に管理もされていない古城、城主を失い時には盗賊が根城とするような場所が存在することは知っている。人知れず古くに建てられた建築物。管理する人間が居なくなり時を重ねることで廃墟と化す。そんな建物の対応を傭兵団に託す者もいるらしい。


「家財の移動は傭兵の奴等の仕事だからいいんだけど、その内容を全部依頼主に報告しないといけない。その報告を元に依頼人が値踏みして売りつけたり廃棄したり……まあ、そんなところだ。いつもはイニスにお願いしてたんだけど、パトリシアさんもどうかなって」

「そういった場に事務官も同行するのですか?」

「そう。やっぱり書類作業になるし、細かく区分けしておいてもらえると助かる。数とかも確認しないといけないから、専属で同行してもらうことにしているんだ」

「かしこまりました。いつでしょう?」


 パトリシアにしてみても、ずっと建物の中で仕事をしていることに退屈していたところだった。レイド傭兵団ではそれこそ、外に出ていることの方が多かっただけに、屋内で事務作業だけする今の仕事以外にも刺激が欲しかった。

 フィリップという男はにっこりと微笑みながら。


「明日」


 と、言い出した。

 



「聞いておりませんでした……こんな……」


 お化け屋敷だったなんて。


「そう? 大体こういった仕事はこんな感じだよ?」


 数台の馬車と共に訪れた場所はヴドゥーから離れ、ネピアの方角に近い場所にある森林の中にあった。この辺りは山や森が多く、時々こうして古い建物も見つかるのだとか。

 今回の依頼人は別国の富豪からの依頼で、依頼人は古い家具をコレクションする男性らしい。古物商でもあり、値打ちのありそうな物を探すために古い建物を見つけては傭兵団に依頼をしているらしい。


 目の前にある建物を見てパトリシアは足が竦む。

 はっきり言おう。

 パトリシアは人外の存在が苦手だった。

 独り寝をさせられていた幼い頃、小さなパトリシアはカーテンの影を幽霊と見間違えて悲鳴を上げたことがある。それからも、薄暗い部屋で怖い想像をしていたせいか、幽霊と呼ばれる存在や空間が苦手だった。

 今、目の前にある建物のような物は特に。


(……大丈夫。他にも人はいるし、存在しないものに怯えるなんて子供だわ)


 深呼吸して気持ちを整える。


「大丈夫ですか? パトリシアさん」

「イニスさん」


 共に事務官として同行していたイニスに声を掛けられる。彼女はパトリシアに対して嫌がらせをする女性ではなく、仕事も真面目にしている女性だった。


「ええ、ごめんなさい。ちょっと驚いてしまいました……」

「そうですね。不気味ですもの」


 微笑むイニスにパトリシアもどうにか笑みを返した。

 今回の仕事に関して、他事務官の女性からは参加したいという声が無かった。アルトが仕事に同行しているにも関わらず。


(みな、この仕事の内容を知っていたのね……)


 決して清潔とは言えない場所で埃まみれになりながら書類管理をする仕事など、屋内で仕事をしている彼女達は望まないのだろう。

 

「建物の間取り図はあるか?」


 少し離れた場所で指示を出しているアルトが視界に入ってきた。

 フィリップと共に打ち合わせをするアルトの姿を見てパトリシアは不思議に思う。

 今回の仕事は傭兵団にとって重要度で言えば決して高くはない。どちらかといえば力仕事であり、下っ端や中堅の団員が行うことが多い。その中で副団長が参加する理由がパトリシアには分からなかった。


 ふと、見つめていたせいかアルトと目が合う。

 慌てて軽く会釈をする。

 しかし、アルトは暫くパトリシアを見つめるだけで何もしない。


「…………?」


 目を逸らされることもなければ反応も無い。不思議に思っていたところで漸く視線を外される。

 気を取り直し、パトリシアも仕事に取り掛かることにした。





 いくつか持ち運ばれた家財を並べて、パトリシアは持ち運びしてくる団員に声を掛けた。


「あの、運ばれる家財ですが大きさに合わせてこちらに置いて頂けますか?」

「ここ?」

「はい」


 パトリシアはいくつか並べ終えた家財をその場にいる団員に頼んで場所を確保し、細分化しておいた。

 大きい家具、特に寝具は建物から最も近い場所に広く用意する。

 陶器等は建物から一番離れた場所に割れないよう周囲に人が通らない場所へ。


「なるほど。重い物はさっさと置けるし区別しやすいな」


 今までひたすら無造作に運び出されていた荷物を見て、パトリシアは管理のしづらさを感じていた。それに、手前に皆が置いていくものだから、重い荷物を奥まで持ち運ばなければならない状態になっていた。

 そこで、一旦場所を区切ることにし、重い物から順に近くに運ばせた。

 そこから事務官やまだ若い団員に担当区分を持たせ、荷物に番号を振る。番号を振った家財はどこかに番号が分かるように紙を貼り付ける。そうして管理し終えた物から馬車に移動させる。空いたスペースにまた荷物を運ぶ。そう言った流れを作らせた。


「凄いな。いつもの倍は楽に作業している」


 管理番号を振っては内容を記していたパトリシアの隣にアルトが並ぶ。

 ふと見上げてみたアルトの表情はいつもよりどこか穏やかに見える。警戒心が薄まったとでも言うのだろうか。


「番号さえ付けてしまえば、後で確認しやすいですし、通し番号にしておけば数も必然的に分かりますわ」

「通し番号……」


 聞き流れない言葉にアルトが反芻する。

 データでも道具でも、何にせよ仕事では管理番号を付けるように言っていた前世を思い出す。

 管理番号と言っても数字で並べているだけでは細分化する時に困難だ。

 だからパトリシアは分類ごとに頭文字に別の文字を記させている。

 陶器であれば陶器の頭文字を。武器であれば武器と分かる頭文字を。

 そのように管理した書類を後で受け取れば、数も大体見当が付くようになる。


「パトリシアさん」


 先ほどまで建物の中にいたイニスが走り寄ってきた。


「ごめんなさい。見て頂きたい物があったから一緒に建物の中に来てくださる?」

「えっ……」


 あの幽霊屋敷に?

 パトリシアの顔は凍りついた。


「なんだよ、怖いのかよ」


 隣でアルトが笑う。

 思わず感情的に反論したくなったが我慢し、パトリシアは努めて平静にした様子を見せながら。


「分かりました」

 

 とだけ答えた。

 その足が微かに震えていることなど、アルトにはお見通しだったが。




 イニスの後に付いていく形でパトリシアは廃墟の中に入った。

 カツン、カツンと石畳の長い廊下を歩き続ける。どうやら歩いている場所は未だ傭兵達も手を付けていない場所らしく人の気配もない。

 時折足音に反応して蝙蝠が飛ぶ。その度、パトリシアは小さな悲鳴をあげた。


「み、見て欲しい物とは何でしょう?」


 若干上擦った声色でパトリシアはイニスに聞いた。


「私にもちょっと分からないもので……でも、聡明なパトリシアさんにはお分かりになるかと」


 何処か少し棘のある言い方に聞こえたけれども、パトリシアの意識は登り始める階段によってすぐに打ち消された。

 いつ崩れてもおかしくないのでは。そんなおんぼろな建物だった。何より、傭兵達が収集すべき物がこの建物の中では見当たらない。


「あの……イニスさん。こちらの建物も今回の対象になっているのでしょうか?」

「……どうしてそのように思われるのです?」

「明らかに物が少ないからです。こちらはそうですね……既に持ち運びが完了しているのか、もしくは何者かによって既に奪われた後のように見受けられるのです」


この建物は、屋敷というよりも神殿や教会のようにも見える建物造りをしている。これほど荘厳な建物であれば、彫刻や壁画が飾られてあってもおかしくない。

 しかしパトリシアとイニスが進む建物は何一つ飾られている物がないのだ。


「仰る通りよ……こちらの建物はもう既に荷物が持ち運ばれた後のようなの。今回依頼されているのは隣の建物……こちらは指定に入っていないです」


 ならば何故、イニスはパトリシアをここに呼び出したのだろう。


「ただ、こちらを調べていたらいくつか荷物が見つかったので、パトリシアさんに確認して頂きたかったのです」

「わたくしに?」

「はい。だって、パトリシアさんなら分かるでしょう?」


 やはり。

 イニスには何処か棘があった。この棘をパトリシアは知っている。

 アイリーンと対峙した時によく受けていた棘と同じだったからだ。


「…………」

「こちらです」


 一つの古めかしい扉を開くイニスの顔色をパトリシアは観察した。彼女の意図を知りたいからだ。


(あの子達のような嫌がらせ? それにしては堂々としすぎている……だったら何かしら。アルトさんを慕っているようには見えなかった……どちらかと言えば仕事熱心で)


 ふと、パトリシアは気づいた。それこそが動機なのではないかと。

 彼女は誰よりも仕事熱心だった。聞けばパトリシアが仕事に入る前、傭兵団の者達は皆、イニスに仕事を頼んでいたとも聞いている。

 今回の仕事に関しても、以前はイニスに頼んでいたという。その仕事に同行したパトリシアに対し、彼女が覚えるものは。


 嫉妬だ。


「何がしたいのです? イニスさん。ここに私を閉じ込めようとか?」


 イニスの表情が曇る。


「わたくしが貴方に呼び出されていることは、アルトさんも見ていました。わたくしに何かあれば貴方に責任が問われますわよ?」

「そんな……だって…………」


 我に返ったようにイニスは震え出す。


「貴方は狡いわ……今まで私が頼りにされていたのに! みんな貴方の名前ばかり!」


 ああ、やっぱり。

 パトリシアは自身の予想が的中したと理解した。

 他の者から見れば「どうしてそんなことで」と思うような事だろうけれど。

 きっとこれは、イニスにとってのアイデンティティだったのだ。


「貴方さえいなければ!」


 拙い嫉妬心に巻き込まれるほどパトリシアは愚かではないけれど、激情に駆られた女性の行動がとんでもないことだけは、博識であるパトリシアも分からなかった。


 無理やり手で押されたパトリシアは倒れるがまま開けられた部屋に閉じ込められ。

 開いていた扉が勢いよく閉じ込められる。

 そのまま扉は鍵が掛かり。


「イニスさん!」


 叫び声は勿論、薄暗い部屋の中でかき消されたのだった。



 





 

前話に引き続き気分悪くなるような行為が続いておりますが、もう暫くお付き合いくださいませ…!

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― 新着の感想 ―
[一言] >番号が分かるように紙を貼り付ける セロハンがあるわけでもないだろうが、何で貼り付けてるんだろうか? 付箋のようなものが量産されてるのだろうか? わざわざ紙に糊づけだとあとが大変だろうし・・…
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