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第六章(寿退団)


 モンドに呼び出された翌日。

 パトリシアはいつものように昼食時間にご飯を食べる場所を探そうとしていたが。


「パトリシアさん」


 ニコニコと微笑むリンダに呼ばれ、彼女の元に近寄った。


「よければ一緒にご飯を食べない?」


 持参してきたらしい軽食の入った包みを見せてくるリンダに釣られ、パトリシアは頷いた。

 パトリシアとリンダは並び建物の中を歩く。最近は人の少ない中庭を好んで昼食場所にしていた話をすると、リンダが良い場所があると言ってパトリシアを案内した。


「ここなんかどうかしら」

「素敵です……」


 到着した先は厨房の近くにある小さな庭だった。

 ドレイク傭兵団の厨房事情を聞けば、どうやら一部の野菜に関しては自分達で耕し使っているという。水も近くの川から流れるように作り替えられ、小さな小川がそこにはあった。

 まるで箱庭の中にいるような不思議な空間に、パトリシアは一目で気に入った。


「今の時間は厨房が忙しい時間だから、逆にここをよく利用するのよ」

「そうなんですか」

「内緒だけど」


 意外とリンダはお茶目だったらしい。パトリシアとは三十は歳が離れているだろうが、少しも気難しさや話しづらさがない女性だった。

 小さなテーブルに二人で座り、それぞれの食事を広げる。

 小川から流れてくる水の音が良い音楽となって食事の時間を潤してくれる。


「ねえ、パトリシアさんの荷物がいつも多いのって……」


 ふと話かけられ、パトリシアは思わず自身の荷物を見た。色々と備えられた鞄は日が経つごとに中身も増えていった。


「あの子達に何かされている?」

「…………」


 パトリシアは何も答えられなかった。その様子にリンダは暗い表情を見せる。


「無理して言わなくていいわ。ただ、辛かったらいつでも言って頂戴…………そうね。ちょっと嫌な話をしてもいいかしら?」


 リンダの顔は申し訳なさそうだったが、パトリシアは黙って頷いた。


「実はね。事務の女の子達が特定の誰かを嫌がらせするのはパトリシアさんが初めてじゃなかったの。前にも何度かやっぱり同じようにあって。その度、対象になった子達は辞めていったわ……勿論悪質行為をした子達に関しても厳重に注意したし、厳罰も与えたわ。時には辞めてもらうことも。けれどね、たとえ元凶がいなくなってもやっぱり起きちゃうのよね……」

「……差し支えなければ、どういった方が虐められる対象になりますか?」


 パトリシアの質問に対しリンダが暫く考えてから答える。


「可愛い子。貴方のように綺麗な子も。あとは大人しそうな子かしら……?」

「そうですか……」


 美醜による妬みにより集団で虐めを仕掛ける。最低な行為ではあるが、女性職場ではよくあること……なのだろうか?

 パトリシアは暫く考えてから、もう一度リンダに聞いた。


「事務官の女性達を見る限り若く顔立ちの良い女性が多くいました。けれど、年齢がその……限られた方々しかいないのは何故でしょう」

「おばちゃんがいないってことでしょう? 私みたいな」

「あの、その…………はい」


 クスクスと笑うリンダに対し、パトリシアが少しオドオドとしながら答えた。

 可笑しそうに笑っていたはずのリンダは、笑っていた笑顔を少しずつ萎ませながら。

 真面目な顔をしてパトリシアに向き合った。

 そして


「やっぱりパトリシアさんは賢いわ。その通りよ……ここの事務官の女性達はね、団員達のお嫁さん候補なのよ」


 あまりにも衝撃的な発言に。

 パトリシアは言葉を失った。




 ドレイク傭兵団の団員はほとんどが男性だ。その内、未婚の男性が半分以上だった。


「町に定住していれば自ずと結婚相手も見つけられるものだけれども、ドレイク傭兵団は拠点とする場所も多いから定住もし辛い。年齢が上がるにつれ、家族を持ちたいと思う男性は退団して別の地にある傭兵団に

入団するという事が一時期多かったの」


 リンダが話すには、その辞めていった者達は実力も素晴らしく、将来はドレイク傭兵団の幹部ともなる存在だったらしい。年齢からしても中堅で仕事もしっかりできる、更には体力も経験も豊富な時期の優秀な人材だ。


「そこで生まれたのが、傭兵団の中に女性を入れて、そこで相手を探して貰おうということ。女性の採用条件にはしっかりと傭兵団の誰かと結婚する機会のため、仕事をしながら良い相手を見つけて欲しいと言っているのよ?」

「それはまた……」


 パトリシアは前世でも今までも聞いたことのない採用条件だ。


「勿論、事務の仕事はしっかりして貰うことも条件だわ。すると結構人数が集まるのよ、これが」


 うんざりした表情のリンダ。


「だから段々採用する条件も厳しくなる。若くて綺麗な女性、結婚願望が強い女性、そんな女性達が同じ職場内にいるってどう思う!?」

「…………最悪ですね……」

「でしょう!?」


 段々と息巻いてきたリンダは、どうやら日頃から積もるものが積もっていたらしい。


「本当、どうかしているわ。誰も彼もが好条件の男性を探そうと躍起になるわけ。勿論、そうじゃないケースもあるわ。良い方と知り合えて良かったと嬉しそうに辞めていく子もいたし、実家では結婚する資金も無くて困っていたけど相手ができて嬉しいという女性もいた。一概に悪いことでは無いとも思うの。でもね、やっぱりね」

「…………」


 パトリシアとて婚約破棄をされ、恐らく次の結婚は困難だと思われた。それは貴族特有のものだと思っていたが、平民の中でも結婚は中々難しい。

 先日のバックスとオールドレの件もそうだ。彼らが結ばれるためには家族や住む場所等、様々な条件が突きつけられてくる。

 様々な事情がある以上、全てを否定することはパトリシアには出来なかった。こうした制度が問題なく運用されているのならば、それはそれで正しいのだ。

 だけれども。


「それにしたって、ライバルと認定した女性に対して嫌がらせをしていいわけないのよ!」


 リンダは未だに怒っていた。

 

「ライバルですか……」

「そう。こうした嫌がらせが起きるのは、大体人気の団員との仲が発展しそうな女性に対して起きるのよ。パトリシアさんの場合はアルト副団長ね」

「ああ……」


 パトリシアはまた聞く名に勘弁して欲しいと心から思った。


「アルト副団長は最も人気があるのよ。副団長という地位、年齢も丁度良く、何より顔ね。けれど副団長自身が全く興味がない状況だから、みんな大人しくしていたのだけれど……」


 ふと、パトリシアはモンドの言葉を思い出した。

 嫌がらせを受けていると知っていたモンド。その原因がアルトであることも知っている様子だった。

 つまり彼は、事務官の採用事情も、現状の状況も把握しているということになる。


(それをわざわざ刺激する理由は何故?)


 パトリシアを試すためだと言った。

 けれど、それ以外にも何か理由があるのだろうか。


「パトリシアさん?」

「あの…………」


 聞くべきか迷ったが意を決してパトリシアは口を開いた。


「モンド団長は嫌がらせが起きていることもご存知ですよね」

「過去の例を考えるに起きてもおかしくないというのは分かっていると思うわ」

「団長は、わざとアルトさんに私を案内させたと言います。それにより嫌がらせが起きるということも分かっていた様子でした」

「…………何ですって」


 地を這うような低い声に、パトリシアは思わず腰を引いた。

 低い声の主が、本当にリンダなのか信じられなかった。

 けれど目の前にいる女性が。

 まるで伝説の生き物であるドラゴンのような険しい顔をしていたので。


 パトリシアはひたすらに恐怖を殺すことに必死だった。


「リ、リンダさん……!」


 必死で名を叫んで、ようやく我に返ったらしいリンダが慌てて「あら、ごめんなさい」と謝罪した。


「団長の行動の理由は恐らく本当に貴方を試したかったのでしょうね。貴方が、アルトの相手として値するかどうかと」

「………………はい?」

「気をつけて、パトリシアさん。あのバカ……ゴホン、モンド団長は融通の効かない頑固親父で有名よ。我の強さだけで団長にのし上がったと言われるぐらいの奴だから。結構本気でくっつけようとしているでしょう」


 それは本気で願い下げたい。

 けれど、パトリシアはどうしてもそれだけでモンドがパトリシアを女性達の敵にしたのでは無いような気がしてならなかった。

 ただ、理由が全く思いつかず。

 結局モヤモヤとしたまま、昼食時間を終えることとなった。


 


 

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