第五章(二度目の依頼)
傭兵団長モンド専用の執務室。
用意された茶を来客用ソファで飲むのはモンドともう一人、パトリシアだった。
「アルトはなぁ……」
くつくつと笑いを堪えながらモンドが話し出した。
「アイツは顔が整ってモテるんだが、本人が色恋に無関心でろくに女性と付き合ったことが無い。更には女性に取り囲まれる方が多いけど、それを当然とも思ってるクソ野郎だ」
「クソ野郎……」
パトリシアは一度も使ったことがない言葉を口にした。
「澄ました顔をしてるんだがな、実はアレは単純に女に慣れてないんだよ」
「男性にこのような質問をするのも無粋なのですが、娼館といった施設に行かれることは?」
貴族の男性は高級娼館街と呼ばれる繁華街で女性遊びをしていると聞いている。勿論全ての男性が利用するわけではないものの、傭兵団という荒くれた職種の人は好む傾向にあると聞いている。
その話をヒースにしたら嫌な顔をされたけれど。
更に言えば「ネピアにはそういう場所は無い。あるとしたらヴドゥーぐらいだ」と言っていた。
娼館と呼ばれるが内容は様々だ。
女性と対話して酒を飲む場所もあれば、行為に及ぶような場所もあると聞く。
勿論パトリシアは行ったこともない。
「誘いはするが全く行きたがらないね。仕事柄多少は女慣れしておくべきだとも思うんだが……まあ、無理だろう」
何処か諦めた様子のモンドにパトリシアは少し違和感を抱いた。仕事に絡むのであればもっと積極的に言い兼ねないモンドだったが、諦めたような声色だったからだ。
「だからこそ、パトリシアさんにはアイツとくっついて貰いたかったんだがな」
「……あり得ません」
「そうかい? 俺の見立てではお似合いなんだがなぁ」
モンドが何かと言えばパトリシアとアルトをくっつけようとするのは今に始まったことではない。
やたらと推薦されるが、どちらも嫌な顔をして終わる。けれどモンドはめげない。
「あの……今日の本題に移っても?」
「そうだったな。すまない、歳を取るとお節介をしたくなっちまう。で? 何だったかな」
今日、モンドと話をしたいと相談をしたのはパトリシアからだった。
パトリシアの仕事が終わった時間にモンドとの約束を取り付けて今に至る。
「はい。実はモンド団長にご相談したいことがありました」
「何だろうね。もしやあの子らの行動がエスカレートしちまったか?」
パトリシアは驚いてモンドを見た。彼は表情一つ変えずに笑っている。
「助けて欲しいのか?」
「いいえ、違います。今日お伺いしたのはそちらが理由ではありませんわ」
パトリシアが微笑んで否定したことに、今度はモンドが目を丸くした。
モンドとしてみれば、初日からアルトと並ばせたパトリシアに対し若い女性から悪意を押し付けられることは想定内だった。それに対し、パトリシアがどう対処するのかを見聞するためだ。
非情にも思えるが、モンドはいつだってこうして傭兵団員も含め試していく。試し、結果を見てその者を評価していた。それは事務員であるパトリシアでも変わらない。
モンドはてっきりパトリシアが彼女達の嫌がらせに対し助けを求めにモンドの元に来たのだと思っていたが、どうやら見当違いだったらしい。
「いいのかい?」
「はい。団長の手を煩わせるような事でもございません」
「…………そうか。いや、驚いた。そういう返答が来るとは思っとらんかった」
モンドの回答から、パトリシアは意図的に置かれた状況であることを確信した。元々、そんな気がしないでも無かった。
「はい。今日お呼びしたのは、ドレイク傭兵団に一つ依頼をしたいと思い伺いました」
「依頼だって?」
モンドが身を乗り出してきた。
「はい。機密が高いため恐れながらモンド団長のお耳に入れて頂きたいと思いまして、こうしてお時間を取らせて頂きました」
「それはどんな内容なんだい?」
モンドは真っ直ぐにパトリシアを見つめた。
パトリシアは朗らかなまでに微笑みながら。
「パトリシア・セインレイム伯爵令嬢を殺して頂きたいのです」
とだけ言った。
パトリシア・セインレイムの名にモンドは覚えが無い。ただ、セインレイム伯爵家は知っている。古く由緒もある伯爵家ではあるが、現在は衰退の一途を辿っているということを。
当主である伯爵が引退し、郊外に住み着いたとの噂は聞いている。その理由までは分からないが、推測されるに金銭的に緊迫しているからではないかと思っていたが。
「まさか、アンタがセインレイム家の令嬢だとはな」
「……過ぎた話です。わたくし自身は姓を捨て、平民として生きていくつもりでした。ですが、やはり逃げても伯爵の娘であった事実は逃がしたままにしてくれません。ですのでいっそ、わたくしを死んだことにしてしまいたいのです」
「ドレイク傭兵団は暗殺業はしてねえぞ?」
「はい、勿論本当に殺めて頂くわけではございません。わたくしはもっと生きていたいですもの。だからこそ、名や存在だけでも無くしてしまいたいのです」
パトリシアは今までの経緯を説明した。
伯爵家が裕福とはほど遠いというのに、再建できる見込みが無いこと。
唯一の見込みであった婚約者から破棄されたこと。
パトリシアが家族を説得し郊外に住まわせ、自身は修道院にいると偽り、この地にいるということ。
問題が無かったのだが、ネピアの新領主が顔見知りであったため、最悪の場合素性が露見してしまうこと。
全てを説明し終えた時、モンドは感嘆した様子だった。
「いや……只者じゃない嬢ちゃんだと思っとったが、とんでもないな」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「充分褒めとるよ。そこまで考えられるような女性は見たことがない」
男性社会に生きてきたモンドにとって、女性とは男性を陰で支えるもの、結婚し子を成す母たる存在だと思っていた。それ以上の事は男ばかりの生活をしていたモンドには分からなかった。
しかし、パトリシアは今まで知り合ったどの女性とも違っていた。自立し、一人で生きていく術も知識も備わっている。男性と並ぶどころか、男性を率いていくほどの強さを持っている。
薄らと笑う。
ヒースが気にいるわけだ、と。
「しかし、どうやって殺すことにするんだ?」
「多少強引ではありますが、修道院の方と口裏を合わせ、病気で死んだことにしようと思っています」
「死体は?」
「自身の望みにより別の地に埋葬した……というのは難しいでしょうか」
「そうだな。せめて遺書が欲しい。だがそれでも足りない。遺体が無いならアンタを町で見かけたと言われた時には嘘がバレる可能性もある。そっくりさんだと言い張るには難しいだろうしな」
「わたくしとしては、書面上でも死亡が確定すれば、その後は何の効力もなさないと思っていたのですが……」
「書面上はな。だが、それこそ書面だ。何かの間違いだったの一言で作り替えちまうことも出来る」
たとえ死んだことにしたとしても、本人が現れてしまえば死んだことを無効に出来てしまう。
過去、行方不明により死亡届を出された人が数年後に戻ってきて届が破棄されたという事例もあった。パトリシアもこれと同様の結果になりかねないのだ。
「一筋縄には殺せないものですのね」
「そりゃそうさ。人の命ほど大きいものはねえ。だが、パトリシアさん。アンタの依頼は俺が引き受けた」
胸を張ってモンドが応える。
「必ずアンタをセインレイムではなく、傭兵団のパトリシアにしてみせるよ」
「ありがとうございます……!」
パトリシアにとってこれ以上無い有難い言葉だった。
けれど。
「そうしないと、アルトともくっつけられないしな!」
まだ言うか。
そんな風に思いながらも、団長の執務室には歓談の声が途切れることなく続いていた。
いつも誤字訂正ありがとうございます!
少しでも引き続き楽しんで頂けたら嬉しいです。




