第三章(ルーチンワーク)
ドレイク傭兵団就任初日。
各部門への挨拶回りが中心。その後、自身の職場となる事務官に案内され、事務所の中の説明をされる。
設備は十分に整っており、ネピアの町役場で見たような書類の乱雑さもない。決まった場所に決まった書類が置かれている。
事務所には同時に受付のカウンターも存在した。そこには常に数名の女性が席に座り、来訪してくる依頼者と話をしている。
受付をし終えると詳細の話をするための打ち合わせの場所に誘導され、そこで各階にいる傭兵団の担当が降りてきて打ち合わせを行っている。
(これは……完璧だわ!)
流石大型の傭兵団というべきか。指摘するような箇所は何一つない。
女性が多い職場で、特に受付から打ち合わせまでの流れでは若い女性が行っているケースが多い。
書類仕事は奥に座っている男性や中年の女性が行っている。
パトリシアは前世でも見覚えがあるような職場の雰囲気に既視感が拭えなかった。
(前世で働いていた職場はここまで整っていなかったわね)
パトリシアの前世勤めていた会社は小さいなりに仕事の規模が大きい会社だった。設立して十年ぐらいの若い会社であるために、徹底した組織作りまでには手が回らず、担当業務も曖昧だった。
だからこそ前世のパトリシアはほとんどの部門に手を出していたのだけれども……
「パトリシアさんの年齢からすれば受付がいいとも思うんだけれど」
案内してくれていた男性事務員が声を掛ける。
その事に対し口を開こうとしたが、
「パトリシアさんは愛想が良くないから書類仕事がいいんじゃないですかぁ?」
アルトに案内された時に声を掛けてきたカトラが横から口出ししてきた。少しばかり嘲笑うような様子。パトリシアは予感が的中したことに内心溜め息を吐いた。
「カトラさんの仰る通り、わたくしは書類仕事の方が向いております。よろしければそちらの仕事を任せて頂けますか?」
「そ……そう? じゃあ、そうさせてもらおうかな……」
カトラとパトリシアの間に感じた不穏な空気から男性事務員はよそよそしくなった。早速職場の雰囲気を悪くしてしまった。
(ここはなるべくあの人達と接する機会を減らすべきね)
あの人達とは、アルトに取り巻いていた若い女性達のことだ。彼女達は主に受付嬢の仕事をしている。だとすれば既婚者らしき女性が数名いる書類仕事の方を手伝いたい。受付嬢達から時々送られてくる鋭い視線。どうやら既にアルトが案内した女性ということで知れ渡っているらしい。女性の噂ネットワークというのは魚群のような勢いがある。
「それじゃあパトリシアさんの仕事を見てくれる人を紹介するよ。リンダさんいいかな?」
リンダと呼ばれた女性が立ち上がる。髪を一つに束ねた五十代ほどの女性だろうか。穏やかな表情でパトリシアを見る。
「リンダよ。よろしくね? パトリシアさん」
「はい。よろしくお願いします」
他の若い女性と違い上手く付き合えそうな女性を紹介されパトリシアはホッとした。
その後、パトリシアはリンダの隣に座りその日はひたすらリンダから仕事の流れを教わった。団員の多いドレイク傭兵団の仕事は多岐に渡っており、そのどれもがパトリシアには勉強になった。
あっという間に初日は終わった。
二日目。
朝から引き続きリンダとの業務引き継ぎを行う。
この日は何一つ問題はなかった。慣れない仕事ではあるものの勝手が分かってきたため、午後には一人で実務を行うことも出来た。
三日目。
書類仕事が多く事務官の仕事は主に書類の読み書きだった。特に異国とのやりとりも発生する。
パトリシアは専属の翻訳家により翻訳された契約書を読んでいたところ、記述が誤っているところを発見した。
その事を指摘すれば、事務官長も含め重要事項だったから助かったと賞賛された。他言語も読めることを知られ、新しい仕事を任されることになる。
四日目。
契約書に書かれていた金額を計算している時に、他と比べて移動費の計算がおかしい箇所を発見する。
リンダと共に算出してみれば、どうやら依頼人が計算を間違えている事に気付いた。
これに関しては担当した傭兵の者と話をし、差額を次の契約時に返還してもらうように伝えた。更には他の書類でも間違いに気付いた時には言って貰いたいと言われたが。
「でしたら間違えやすい数字は一覧表にしておけばよろしいでしょう」
馬車の場合にかかる移動費用の計算方法、徒歩の場合、宿泊があった場合などの具体例を記述してから金額を概ね算出して一覧にまとめておいた。今までは担当した傭兵により大雑把に金額を出していたらしいので、一覧表にしてから各部門の傭兵へ配布することにした。
五日目。
仕事の途中でアルトが一人の男性を連れてきた。
「お前、こいつが請け負った仕事手伝えるか?」
「よろしくお願いします……」
申し訳なさそうに頭を下げる男性から頼まれた仕事は、数多くの箱に積まれた衣類の仕分けだった。
「商人が衣類を届けるために護衛として雇われてたんだが、盗賊に一時馬車を奪われてな。取り返したんだが箱が戦闘中に倒れてバラバラになった。戻そうにも区別がつかん。うまく仕分けするよう手伝ってくれるか?」
「本当に面目ないです……」
「かしこまりました。仕分けする種別は何でしょう? 国ごとですか? 服のデザイン?」
「刺繍の模様だ。模様の種類で分かれているらしい。俺達にはどれも同じに見える」
「かしこまりました」
案内された場所には大量に広げられた服があった。ドレスから子供服まで様々だ。更には刺繍のデザインも多種多様である。ただ、一枚一枚見るに模様こそ違うが何をモチーフにしたデザインかは分かった。
「こちらは鳥をデザインしていますね。鳥らしいデザインの衣類を一旦こちらへ集めてください」
他の団員の力も借りつつ、パトリシアは各デザインを区分けした。それから分かりづらいデザインのものを一つずつ確認する。気付けば昼から夕刻になるまでその作業を続け、漸く終わった頃には日が暮れていた。
「ありがとうございますパトリシアさん! 本当に感謝しています! もう、刺繍なんて俺達分からなくて……」
若い男性は涙目で感謝してきた。
「いえ。それにしても珍しいですね。刺繍のデザインごとに揃えるだなんて」
「はい。貴族の間で刺繍のデザインに拘って購入する人達がいるみたいです。今回の依頼人はそういう貴族に向けた商売をしている人なんですよ。貴族だと流行りのデザインとかで売れる売れないが決まるらしいから」
「ああ……そうね」
そこでやっとアルトがパトリシアを呼び出した理由が分かった。この傭兵団の中で貴族の目を持つのは、パトリシアしかいなかったからだ。
彼には素性を詳しく伝えてはいないが、貴族であった出自だけは知っている。
「本当に感謝しています!」
「ありがとうございます!」
「いえ……」
ふと、よく感じる冷たい視線がパトリシアに刺さった。
振り返れば、いつも同じ仕事場で受付をしている女性達が揃ってパトリシアと数名の団員達を見ていた。
アルトによって仕事に呼び出され、更にはこうして若く……しかも噂の限りでは女性達に人気が高い団員達に囲まれるパトリシアを見て。
彼女達にとって面白いわけがなく。
六日目。
ついに事は始まり出した。
「…………無い、わね」
パトリシアが普段座る席に必ず置いていた筆記用具全てが無くなっており。
小さな紙切れが机の中にしまわれていた。
『いい気になるな』
警告と受け取るにはあまりに稚拙な一文に。
パトリシアは果てしなく大きな溜息を吐いたのだった。
いつも読んで頂きありがとうございます!
有難いことに転生した悪役令嬢は復讐を望まないの続巻が決定しましたため、もしかしたら少し更新が遅れるかもしれません……
なるべく時間はバラバラになっても毎日更新で頑張りたいところです!
そしていつも誤字を修正頂きありがとうございます!!感謝感謝です!




