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第十条(定例会議)

いつもより更新時間が遅くなりました…


 今日は定例会議の日。

 集合する場所は荒屋と化したレイド傭兵団の拠点地ではなくパトリシアの家。

 

「オールドレさんとパトリシアさんが一緒にいたのって、そういうことだったんだ」


 じゃがいもの皮を器用に剥きながらミシャがパトリシアに応えた。

 昨日の昼間、仕事の途中でオールドレとパトリシアを見かけたミシャだったが、初対面にしては仲良く話をする二人の姿が気になって質問をしていた。そのミシャに対する質問に、パトリシアが先日あった出来事を話し終えたところだった。


「ええ。バックスさんの事がきっかけだったけれども、それからはよく時間の合間におしゃべりをしているの」

「お友達が出来たんですね!」

「お友達……」


 ミシャの言葉を反芻してパトリシアは仄かに頬を染めた。


「そうなのかしら。わたくしとオールドレさんってお友達なのかしら……」

「そうじゃないかな? 話せて仲が良いなら友達だよ」

「そうなのね……嬉しい。わたくし、もしかしたら初めてお友達が出来たのではないかしら」


 日頃テキパキと鉄のように仕事を進めるパトリシアとは思えない初々しさに、ミシャの隣で焼き飯を作っていたヒースが呆れていた。


「今まで友達がいないって、お嬢さんはどんな子供時代を送ってたんだよ……」

「し、知り合いやお茶を飲む方はいましたわ!」


 お茶会として招待状を送れば来てくれる令嬢はいたものの、隙を見せてはならない間柄な上に我の強かったパトリシアには友人と呼べるような間柄の人間はいなかった。

 だからこそ、こうしてオールドレと他愛もない会話が出来る関係は新鮮でいて嬉しかったのだ。


「んで? バックスさんとの話はどうなってるんだ」


 焼き飯を丁寧に皿に盛り付けるヒースに剥いたじゃがいもを茹でる準備を進めるミシャ。

 そして不器用なのだからと野菜を洗うだけのパトリシアは、狭い台所で三人並びながら会話をしていた。


「彼の将来を見据えたプラン設計を一緒に作っています」

「……恋愛相談の仕事じゃなかったか?」

「そうですよ」

「恋愛っぽくないですね」


 ミシャにまで言われてしまったが、パトリシアは気にせず話を続けた。


「正直なところ、お二人は相思相愛なのですが立場上素直に受け入れられないところです。オールドレさんのお気持ちを理解した上で、彼女に寄り添った答えを導き出せればと思っています」

「そうだなぁ……」


 もう一品目として今朝漁師から貰った貝に蒸し焼きのため酒と塩を入れるヒース。


「好きってだけじゃダメなんですね」


 蒸したじゃがいもを潰す作業を進めるミシャ。

 パトリシアは汚れた食器類を洗い終えて布で拭いている。


「僕の父も旅商人だったから、おじいちゃん……母の父を説得するのが大変だったって言ってました」

「商人は居住地が安定しないことが多いしなぁ……居場所を見つけても仕事で家を空けてばかりだから家族持ちが少ないのも事実だ」

「そうなのですか?」

「ああ。決まった取引相手がある専属の商人だったらそうでもないがな。ネピアにも何人かいるぞ? ネピアで乾物を扱う商人はヴドゥーとの取引だけで成立してるから毎日家に帰れている」


 まさに乾物を使って出汁をとっていたヒースが出汁を入れた鍋に野菜を放り込む。


「僕の父が知り合いだった人です! オルモスさんのお家ですね。おじいちゃんの代から乾物の商人だったそうですよ」

「商人といっても色々なのね」


 パトリシアが婚約をしていたクロード・ライグの商店も商人の一家だったが、王都に拠点を置いた商店だった。詳しくは知らないが、クロードからライグ商店が外に出ているような話などは聞いたことがない。否、聞いても以前のパトリシアだったら分からなかったかもしれない。

 王都には根強い老舗のような商人の一族が多かった。商会も大きかったし扱う商品も様々だった。ネピアとはまた異なる商売の仕方だったのかもしれない。


「お嬢さん。そこにある塩を取ってくれるか?」

「はい……ヒースさん。だからお嬢さんってやめてください」

「ははっ。ついね」


 そういえば溺れた時に名を呼ばれたような気がする。

 聞き慣れた低音で「パトリシア」と呼ぶ声が溺れる直前であったというのによく耳に聞こえてきたことを思い出した。

 思い出した途端、パトリシアの頬が真っ赤に染まった。慌てて深呼吸をして落ち着かせる。

 ……どうやらお嬢さん呼びの方が、自分の心臓には良いのかもしれない。


「商人といえばさ。いよいよモルドレイドさんが商人を依頼するかもしれないってよ」


 出来上がった食事の盛り付けを終えて食卓に飾る。定例会議の日はいつも食事を作ることになったこの時間も何度目か。半分はパトリシアの料理教室として、半分はろくに料理が出来ないパトリシアを見兼ねて始まった会である。

 大体食事を作りながら日々あった仕事の話を行う。大事な話になれば食事を終えた後に改めて行うこともある。その流れが決まってからは、夕方前には集合して食事を作り、それから食卓でご飯を食べながら仕事の話もする。仕事の話が特になければ三人の他愛もない話を。

 今日はどうやら仕事の話から始まるようだった。


「遺跡の調査は終わりましたの?」

「まだ分からない部分は多いけど、大体の遺跡発掘は終わったさ」


 発掘作業に関してはヒースが主体で行っている。元々の発見がヒースであったこと、更に調査員では入れないような水の中や岩場の奥まで調べるのにヒースが適していたためだ。

 ネピアの町の住民にも頼もうかと思ったのだが、皆が皆難色を示したためヒースと外部から来た調査員と共に行うことにした。ネピアの民はミシャと同様、安全だと分かっていてもその地に近付きたくない様子だったからだ。


「歴史の研究に必要らしい物はモルドレイドの親父のところに運んで調べている。あとはネピアとしてあの遺跡をどうするか」

「観光業にも出来ますし、遺跡の中の物を売ることも考えの一つですしね」


 発掘した遺跡物の中には物珍しさから売りに出されることもある。骨董品扱いとして貴族やコレクターと呼ばれるような者に好まれるためだ。


「そこに至るにはまだ価値も分かりませんのに商人をもうお呼びするのですか?」

「ああ。真珠が出てるから」

「そうでしたわね」


 モルドレイドの仮説から真珠の養殖を行っていたともされる貝塚から古いながらも真珠が大量に出てきた。だが、そのどれもが欠けていたり色が曇っていたことから商品とならない真珠の捨て場だったらしい。貝殻から少し離れた場から出てきたその大量な廃棄真珠を、現在うまく利用できる価値もあるのではないか、というのがヒースとモルドレイドの見解らしい。


「どうなるかは分からないけど、とりあえずネピアの町の財産として使う限り自由にして良いって新領主から許可も下りたらしい」

「そう…………」


 未だに手続き等からネピアの町に就任を控えた領主であるガーテベルテ子爵の話になった途端パトリシアの声色は小さくなったことにヒースが気づかないわけがなかった。

 子爵の就任まであと数日。簡易ではあるもののネピア湖の畔で就任式を行う話に町は賑わっている。水祭りを終えたばかりだというのに、次なる祭り騒ぎに民は喜ぶ中、パトリシアだけは顔を曇らせていた。


「ミシャ。飲み物を取ってきてくれるか?」

「はい!」


 パタパタと台所に戻っていくミシャを確認してからヒースはパトリシアの手を引いた。突然引っ張られたことに驚きながらもパトリシアはヒースについて行く。

 家の扉前まで移動したと思えば、ヒースが顔を近づけた。


「レオ・ガーテベルテ子爵は顔見知りなんだろう?」

「ヒースさん……」

「あんたから言い出すのを待ったけど時間が無いから聞いちまう。なあ事務官さんよ。最近のあんたを困らせてるのは新領主のことなんじゃないのか?」

「…………」


 真っ直ぐヒースに見つめられてしまえば、誤魔化せる筈もなく、その真摯な眼差しに対しパトリシアは小さく頷いた。


「申し訳ございません。私的な事でご心配をお掛けしました」

「そう畏まるなよ。仕事仲間を心配するのは当然だろう? 出来ることがあるなら言ってくれ。極力顔を合わせないように動くことだって出来る」

「そうですわね……」


 少し安堵した様子にヒースも気を少し緩めた。彼女の表情が曇るのはヒースとて嫌だった。

 ミシャが戻ってくる前に席に戻ろうとしたヒースの袖をパトリシアがそっと引っ張った。


「お嬢さん?」

「お伝えしそびれたことがありまして……」


 困惑げなパトリシアの様子にヒースは黙ってパトリシアに近づいた。

 何処か困った表情を見せるパトリシアが何を思っているかは分からないが。


「レオ・ガーテベルテ子爵のことなのですが…………わたくしに婚約破棄をした相手の、その……恋人の兄……なんですの」


 少なくとも彼女の言葉を信じるに。

 新領主は信用してはならないと。

 ヒースは黙ったまま、心からそう思った。



誤字報告ありがとうございます!本当にお手数をお掛けします…!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] わたくしが婚約破棄をした相手の、その……恋人の兄……なんですの [一言] ここ、すごい大事だよ これでは彼女が彼に婚約破棄したことになるからね
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