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第七条(個人情報)


 夕暮れになって薄暗くなってきた。日が落ちたため肌寒くなってくる体は目の前の火を求め、火の元により近づいた。ヒースもまた同様に近づいたため、二人の頬が炎の明かりにより照らされている。

 パトリシアは小さく息を吐いてからヒースを見た。何処まで話すべきか考えさせられるが、まず伝えたいことは自身の名前だった。


「わたくしの名はパトリシア・セインレイム。セインレイムは伯爵位を頂いておりました身ですので、セインレイム伯爵と呼ばれておりました」

「随分爵位が高かったな」

「……そうでもございませんわ」


 パトリシアは苦笑した。


「先祖が戦で名高い功績を得た末に頂いてた爵位と領地でした。けれど財政は苦しいため名前だけが立派な貧乏貴族でしたの」

「……セインレイムといえば歴史上名の知れた将軍だったな。確か銀の将軍だったか?」

「よくご存知ですのね。その通りですわ」


 銀の将軍とはセインレイム伯爵家の初代当主である将軍の仇名だった。初代当主の髪色が銀髪だったことから名付けられたと言われている。そしてパトリシアの代になろうとも細糸のように輝く銀髪は引き継がれている。


「わたくしには決められた結婚相手がおりましたが、その方には他に想いを寄せる方がいらしたので婚約を破棄し、わたくしは家族と離別してこの地で生きるために出奔した身……というところですわ」

「待て待て。情報が多すぎだろ」


 呆気にとられた様子でパトリシアを見るヒースの顔を見てパトリシアは笑った。


「わたくしもそう思いますわ」

「……相当な覚悟だったろう。凄いよ、あんた」


 煙草の灰をトンと指で落としてから口に咥え、深く煙草を吸い込む。ヒースは何か考え事をしながら煙草を吹かしていた。彼もまたパトリシアと同様に何処まで話すべきかと考えていた。

 瞳を細めた後、そのまま焚き火の中に投げた。


「俺の番かな。俺は、元々はエストゥーリ傭兵団にいた」

「エストゥーリ傭兵団……エストゥーリって」


 過去の記憶を思い出し、その単語を何処で聞いたか記憶を辿る。

 あまり傭兵団について知らないパトリシアにミシャが説明してくれたことがあった。


『傭兵団の中でも最強の傭兵団って言われているのがエストゥーリ傭兵団で、次に人気を誇るのがドレイク傭兵団なんだよ』


 ミシャとの会話を思い出す。


「エストゥーリ傭兵団ってミシャが最強の傭兵団って言っていたかしら」

「そ。その名に偽りなし。傭兵団という組織の始まりにして最強たるエストゥーリ、ってのが別大陸での呼称だ。ミシャには言うなよ?」


 言ったが最後、興奮したミシャにより矢継ぎ早に質問攻めにあうヒースの姿が予想出来たのでパトリシアは頷いた。


「俺はコーネリウス大陸の出自じゃない。エストゥーリもそうだった。エストゥーリ傭兵団の歴史は浅いもんだから、俺がガキの頃から始まって……俺もミシャみたいに憧れて入ったんだよ」

「まあ」


 ヒースにもミシャのような純粋な時があったのか、なんて失礼なことを考えた。


「どのくらい傭兵団にはいらしたの?」

「入団したのが十かそこらだったからな。二十年はいたかも」

「そんなに!」


 最強を誇る傭兵団に二十年もいれば確かに鍛え抜かれているのかもしれない。パトリシアは実際にエストゥーリ傭兵団を見たことはないが、ドレイク傭兵団を凌ぐ組織であるという話を聞くに相当たるものだと思った。


「ヒースさんって…………」


 凄い人なのでは、と言葉にしようと思ったものの。

 ヒースがニヤつきながらパトリシアを見ていた。


「何? 惚れた?」


 意地悪い言い方にパトリシアはいっきに顔を赤く染め、ヒースから視線を逸らした。


「ふざけないでください。勿体無い経歴をお持ちだと思いましたの!」

「はははっ」


 揶揄われていることは分かっている。が、改めてパトリシアはいやに騒がしい動悸を落ち着かせることに必死だった。

 

「でもまあ……そんな優秀なヒースさんだったけど、そこで大きなヘマをしたのでクビになりましたってとこかな」


 急に表情を緩め、何処か懐かしむように焚き火を見るヒースの言葉に偽りは無い気がした。

 後悔するような感じもなければ、怨恨がある様子でもない。ただ、その言葉が真実ともパトリシアには取れなかった。


「そうですか」


 パトリシアは追求しなかった。

 彼がそう言うのであれば、それが真実なのだ。

 パトリシアにも話せない事があるように、ヒースもまた話せないことがあるように思えた。


「……ありがとうございます。教えてくださって」


 ポツリと告げたパトリシアの言葉にヒースもまた「こちらこそ」とだけ応えた。




「さて。そろそろ乾いたし戻ろうか」


 立ち上がったヒースに腕を差し出されたパトリシアは素直に手を掴み立ち上がらせて貰った。


「そういえば水の中には何かありましたか?」


 潜っていたヒースの報告を聞きそびれていたことに気がつく。戻ってきたと同時にパトリシアが溺れてしまったため、経過を聞きそびれていたのだ。


「ああ。そうだな……何度か土砂災害に遭っているような感じかなぁ。案外深くなく土が山盛りになっていたりしてたし。ああ、ただやたら貝殻が落ちてたかも」

「貝殻?」

「そ。捕れるとはいえやたら抜け殻が落ちてたから。もしかしてこの辺りに貝を主食にするような魚でもいんのか?」

「そんなこと……」


 ふと、パトリシアは自身が休んでいた場所に目を向けた。

 遠目からは岩場だと思い近づいたこの場所。座って休んでいる間に気づいたが、岩ではなく土で出来ている場所でもあった。岩と土の混ざり合ったような場所だが、その周囲の景観に何処か既視感があった。

 けれどそれが何かどうしても思い出せない。

 今のパトリシアではなく、前世のパトリシアが知り得た知識の一つに、このような地形を見た気がしたのだ。

 自身が座っていた場所の地面に触れる。


「お嬢さん?」


 ヒースが訝しんでパトリシアを呼ぶも彼女は気にせず地面に座り込んで地面に触れ続けた。

 触れて分かる。岩とは異なる突起物が点々と、大量にその場を埋め尽くすように積み上がっていることを。


「もしかして」


 思い出した過去の記憶。

 前世のパトリシアは学業を大勢の同年代の者と共に学んでいた。同じ場所に向かい、同じ場所で本を開き学ぶ。

 時には実際の場に向かい目で見て学ぶ体験をした。例えば歴史を学ぶ時にその史跡を巡りに行ったように。

 その時に見た記憶と類似していたことに、今気付いた。

 パトリシアが休んでいた場所は岩場ではない。


「貝塚?」

「は?」


 呟いたパトリシアの言葉にヒースは聞き返すも、パトリシアはそのまま周辺を見渡した。

 そうだ。

 歴史で学んでいた。遥か昔の記憶だけれども、実際に目にする体験は何故かよく覚えている。

 その場は、前世のパトリシアが学んだ貝塚という遺跡に類似しているように思えたのだ。

 随分と違いはあるが、一つの大きな仮説を立てられる。


「誰かが意図的にこの場に貝殻を廃棄していた痕跡があるということです……ヒースさん。この辺りにネピアの人が訪れることはありますの?」

「少なくともここ数年は聞いたことは無い。ネピアの住人は決まった場所で漁業を行っているがこの近辺は危険だと言われてずっと近寄られていなかった筈だ」

「その危険ってどなたが決めたんです?」

「どなたって言われても……」

「仮説ですけれども、その危険の起源を辿った先が、部族が住み着いていた事だという可能性もあるのでは?」

「どういうことだよ」

「仮説ですのでお気になさらず。ああ、急いで戻りましょう!」


 気持ちが逸る。

 パトリシアは新しい宝を見つけたような気持ちを抑えきれないままにヒースの腕を掴んだ。


 岸に到着する頃には真っ暗な夜となり、心配したミシャがモルドレイドと共にパトリシアとヒースを待っていることに気付き。

 ヒースと二人して、珍しく怒るミシャに平謝りすることになるのは。

 あと、もうひと時先の未来の話。


自分で書いてて不安になりつつの展開ですが、気にせず楽しんで読んで頂けると嬉しいです…


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