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第一条(組織内目標設定)

 ネピアの町で一つ大きな騒ぎがあった。

 水祭りという賑わい見せる行事の最中、レイド傭兵団のルドルフ団長が逮捕された。拘束した組織は地方に駐在している憲兵ではあったが実際に動いたのは有名なドレイク傭兵団だという。

 更に驚かせたのはネピアの領主も共に裁判に立たされたということだった。

 国の裁判所に召喚された二人の元で罪状が明らかにされた結果、領主はその地位を剥奪されたと聞いている。ルドルフに関しても何かしらの罪状が突き付けられたと聞いているがネピアの民にとってはようやく問題ある者がいなくなったことへの安堵と、新たに就任することになった領主への関心でいっぱいだった。

 新しい領主は若いながらもしっかりした人だという噂だけが流れている。いずれ民に対してお披露目の時間を設けるという話があるらしく、民はその日を今か今かと待ち望んでいる状態だった。

 そんな賑やかなネピアの町にある小さな傭兵団でも、それこそ小さな変化が訪れた。

 新しい団長の就任と新しい事務官の採用に。




「改めてパトリシアさんよろしくお願いします!」

「はい。今更ではありますが、有難いことに事務官として本日からお勤めしますパトリシアです。どうぞよろしくお願い致します」


 わーいとパチパチ拍手を送るミシャの笑顔にパトリシアも笑顔で応える。


「ヒースさんもお願いします!」

「……ひじょーに不本意ながら団長に就任しましたヒースだ……頼むから勘弁してくれよ……」


 わーいとパチパチ拍手を送るミシャとパトリシアの二人に囲まれてヒースは泣きそうだった。




 水祭りから一週間が経った今、三人はレイド傭兵団の拠点に居た。ミシャの怪我は三日ほど安静にしたら良くなったため四日目から仕事を再開していた。町に仕事に出れば皆が心配し労わり、そして賞賛の嵐だった。ネピアの民はルドルフを追い出した真の功績が彼ら三人にあることを知っているのだ。

 ルドルフに対して有無を言わさず除名にした結果、団長の席が空いてしまった。傭兵団を存続させるには団長の名が必要になる。そのためミシャとパトリシアはヒースを傭兵団団長にあてはめたが本人は全力で拒否していた。

 しかし。

「ヒースさん? わたくしとの依頼を果たすには貴方が団長にならないと達成できないのですけれど?」

「ヒースさんお願いします! ぼく、ずっとここで働きたいんです! お願いします!」

 二人からの強い強い願い(と脅迫)により、渋々ながらヒースは頷いた。

 

「では早速ですが、定例会議を行いたいと思います」

「定例会議?」


 ミシャが不思議そうにパトリシアを見た。


「ええ。今のわたくし達がやるべきことや方向性を固めるために定期的に会議を行います。そこで課題を見つけていくのです。では、よろしいですか? ヒース団長」

「好きにしてくれ……」

「では始めますわね」


 嬉々としたパトリシアにより会議が始まった。




「ミシャの働きにより大分収益や町の人からの信頼は得られましたが、このままでは傭兵団の経営は思わしくありません」

「そうなんですか?」

「ええ。ミシャの売上ではまだ最低限の売上ラインでしかなく、今後の事を考えればより収益が必要になってきます。だってほら、あれもまだ直していませんもの」


 パトリシアが視線を送る先をミシャとヒースも見た。そこには窓があるものの一枚だけ硝子が割れている。先日ヒースが石を投げて割れたまま修復されずに残っている。時々風が入ってきて寒い。


「今の俺達には硝子の修理すら出せないってことか?」

「硝子の修理代ぐらいはどうにかなります。ですがこの建物全体に修繕が必要です。これではあばら家と呼ばれても可笑しくありませんもの」

「実際呼ばれてますけどね……」


 苦笑するミシャの話によればどうやら既に言われていたらしい。それだけこの建物は古いのだ。


「あとは今後活動を続けていくのであれば更に増員が不可欠ですわ。そのためにもある程度見込める収益の確保が必要となります」

確保が必要となります」

「成る程ねぇ……」

「ぼく、依頼されている仕事は朝の間に終わらせられるから、昼から夕方なら動けます!」


 やる気のない団長にやる気溢れる団員。

 二人に対し、新事務官は微笑んだ。


「ありがとう、ミシャ。収益確保に伴い、次に決めたいことは個々の目標設定です」

「もくひょうせってい?」


 聞き慣れない言葉にミシャが繰り返す。


「ええ。個々で目標を定め、それに向けて達成していくの。目標の内容も現実的でなくてはいけないわ。例えばミシャ……貴方は将来どのような傭兵になりたいの?」

「え? ぼく?」

「そう。傭兵と言っても色々な仕事があるでしょう? 特に貴方が求める傭兵としての姿を何でもいいから教えて欲しいの」

「ぼくの……傭兵の姿……」


 先ほどまで朗らかに微笑んでいたミシャの表情が真剣な顔になり、暫く考えだす。パトリシアはヒースに視線を向けた。目線で告げる。「次は貴方の番だ」と。


「ぼくは……」


 ミシャが口を開いた。


「ぼくは父のように色々な大陸の人と関われる仕事がしたいです。あと……ぼくを助けてくれた町の人達を、ぼくも助けたい」


 強い意志を持ったミシャの言葉にパトリシアは頷いた。


「素敵な目標ね」

「ありがとうございます!」


 ヒースは黙って二人の姿を眺めていた。

 パトリシアはミシャの父が行商人であり、仕事の最中に亡くなったことも知らない。ミシャの話す事情を特に介入して聞くこともなくその言葉に耳を傾けるパトリシアの優しさに感心した。好奇心多い人間であれば、すぐに何故と聞くだろうに彼女はそうしない。


「ミシャが言ってくれた目標のために必要とする事がいくつかあると思うわ。何だと思う?」

「必要とする事?」

「そうね……例えば大陸の人と関わるために絶対に必要とする知識があるわ。ミシャ、貴方は異国の方とどうやって会話をする?」

「あ……」


 ミシャは思い出した。

 巨大なコーネリウス大陸では言語がユーグレット言語で統一されているが、異国の地では別の言語が使われていた。ミシャの父も他国の人とは通訳を通じて商売をしていたはずだ。


「別の大陸の者と関わるためにはその大陸ごとの文化や言語を知る必要がある。それは今からでも学ぶ事はできるわ」

「はい! 勉強します!」


 素直にやる気を出すミシャにパトリシアは満面の笑みを浮かべる。前世でも彼女はやる気のある部下の面倒を見ることが好きだった。

 人が成長する姿を見ることが好きだった。

 会社に貢献して発展する姿を見ることが好きだった。

 それは昔も今も変わらない、パトリシアの本質。


「それではミシャの目標は他国の言語の習得を中心にしてみましょう。習得出来た頃には傭兵団として異国の文化に触れる機会があるような仕事を探すことが出来るでしょう。これも、将来に向けた傭兵団の収益になるかもしれないですね」

「すごい……パトリシアさんって賢いんですね」


 思わず感嘆としたミシャにパトリシアは首を横に振った。


「そんなことはないわ。これも傭兵団の事務官としての仕事だとわたくしは思います。傭兵の皆さんに仕事のやり甲斐を持って働いて頂くことこそ、事務官の仕事ですもの」

「そんな事考えて事務官やってる奴見た事ないぞ」

「そう仰るヒースさんの目標は何ですの?」


 横槍を投げてきたヒースに対しパトリシアは聞く。既に三十を越えているヒースに改めて目標を定めろというのも難しいかもしれない。

 パトリシアがこうして目標を定めるように言うのは、前世での知識からだった。前世では目標設定を各社員に行わせ、その目標の達成度合いに応じて報酬を決定していた。特に若手社員は成長性があり将来に対して希望を抱くこともあり目標も決めやすかった。

 けれど中堅社員は違った。目標とする内容が現実味を帯びていたし、目標に挫折するという経験をしている者も多かった。ミシャのようにすぐに目標が出てくるケースもない。

 それでも、パトリシアは敢えてヒースに聞いた。

 ヒースはやはり言葉に詰まり、ウンウンと唸り出す。


「やっぱりヒースさんの年齢からしたら結婚とかですか?」


 ミシャが聞いてくるが、ヒースは苦笑して首を振る。


「俺は結婚する予定なんてないよ」


 既に決められたような言い方に、何故かパトリシアは胸の奥が痛んだ。


「…………?」


 何故、彼の言葉に対して痛むことがあるのか分からない。もしかしたら、既に諦めた様子のヒースに対し哀れにも思えたのかもしれない。または彼の姿に自己を投影したのかもしれない。

 パトリシアもまた、結婚する気が無かったからだ。


『君には悪いと思っている……どうかこの婚約を破棄してもらいたい』


 かつて婚約者であったクロードの言葉が甦る。

 諦めていた恋心がシクシクと泣いている。


「…………」

  

 結局ヒースの目標は見つからないままに、その日の会議は終了した。

 ミシャの目標を決めたことと新しい収益となる仕事を見つけるため、明日ネピアの町を三人で探索することにして、その日は終わった。




 その日の夜。

 パトリシアはかつての自身が、胸の奥で小さく泣いているような気がしたが、その気持ちに蓋をして目を閉じ、就寝するために灯りを消した。



 恋に臆病となった彼女の心が花開くには。

 まだ早すぎる。

 土の中で春の日を待ちわび、芽吹く日を待つように。

 ただ静かに静かに、眠っていた。








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