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第五条(第二目標)

 ヒースとミシャに依頼を始めてから二週間は過ぎた頃。 

 目標に対して新たな課題が生まれてきた。


「お得意様が増えてきたところですし、そろそろルートを決めた方が良さそうね」


 パトリシアはミシャが持ってきた依頼書を眺めながら声を漏らした。


「ルートってのは?」


 既に定位置として定着しつつある斜め向かいの席で剣鉈を研いでいたヒースが聞いてきた。今、彼が大量に剣鉈を研いでいるのは剣具工房から依頼された仕事だった。力仕事でありながら技術も必要であるため剣の扱いに慣れているヒースに依頼が来たものを、拠点となりつつあるパトリシアの仕事部屋で行っている。

 そのため今日は日中からずっとパトリシアはヒースと共に作業を進めていた。

 依頼人といいつつもパトリシアの日常は傭兵である二人の仕事に関する事務処理をしていた。勿論、ルドルフには口外せずに。

 町の人には敢えて傭兵団であるとは口外せず、ミシャやヒースが個人的に始めていることだと説明してもらっている。そうすれば、傭兵団の心証から断られる事も少ないためだ。


「ミシャが朝にお願いされている買物代行の数が増えてきたでしょう? それだけ荷物も増えるし往復で受け持つには時間も体力も必要になるから仕事に順番を付けさせてもらうの。例えばこの人とこの人だと三日に一度の依頼でしょう? だから、この人達は一の曜日に定期的に買物を行う。それからこの人達は五日に一度だから被らないように四の曜日にするとか」

「なるほどね。バラバラに依頼されるよりも効率がいい。だとしたら、こいつとこいつは同じ日がいいぞ。家が近いし頼む物も似通っているだろ」


 依頼書をいくつか物色してから組み合わせを整えてくれる。ミシャほど長くはないものの、ヒースもまたネピアの町に長く住んでいるからこそ出来る事だった。パトリシアは素直に頷いてから別の書き物に内容を転記する。


「同時に行うと荷物が多くなりすぎてミシャに負担が掛かるから、荷物が多いと分かっている日にはロバを借りたいのだけれども」

「いいと思うけど……支払いは出来るのか?」

「そこは報酬額から差し引きます。それでも十分収益はありますわ」


 ある程度固定した収入額も見えてきた。この町にはパトリシアが思っていた以上に求人があったからこそ人手不足であることがよく分かっていた。


「ミシャはある程度仕事が固定してきているけれど……貴方は色々な仕事をしているのね」

「すみませんねぇ、お得意さんがいなくて」


 ミシャと違い、生まれ育ちがネピアでは無いらしいヒースは町の人と顔見知りではあるものの懇意な関係ではなかった。それもそのはずで、評判悪いレイド傭兵団の一人であることによってヒースの心証も良くなかったらしい。それでも、今はミシャと共に町で仕事をしていく中で少しずつ見方が変わってきているらしい。


「ヒースさんは今まで何をしていらしたの?」

「んー? 色々だよ。今と同じで狩りの手伝いとか商人の護衛とか」

「そう……」


 一向にやる気が無さそうなヒースという男はパトリシアから見ても食えない男だった。

 本心を全く見せず飄々とした生き方をしてみせる。それでいて深刻な場面で見せる緊迫感は誰よりも強かった。

 こうして依頼している今も、パトリシア自身がヒースにとって害が無いと判断されているからだろう。

 味方でいる限りは頼りになる男性だと、パトリシアは内心考える。


「ただいま戻りました!」

「おかえりなさい」


 元気な声と共にミシャが扉から入ってくる。汗を微かに流したままの彼は、どうやら走って帰ってきたらしい。手には何か麻袋を持っていた。


「どうしたの? それは」

「ステイラさんから頂いたんです。今日収穫を手伝ったお礼にって」


 今日、ミシャに届いた依頼は野菜収穫の手伝いだった。日中から長時間かけて野菜を収穫していたらしいミシャの頬や服は土で汚れたままだった。

 麻袋からいくつかの根野菜を取り出し見せてくれる。どれも収穫したばかりで生き生きとした輝きを見せている。


「パトリシアさんに渡したくて急いで帰ってきたんだ」

「わたくしに?」

「はい!」


 すっかり言葉遣いが以前のままになってしまうほど打ち解けているミシャとパトリシアだった。

 知り合った頃こそパトリシアも貴族のような言葉遣いにしないように気を付けたり、ミシャはミシャでパトリシアに丁寧に言葉を使っていたけれども、お互い結局疲れるということで好きな言い方にしている。

 結果、お互い初めの頃よりも打ち解けた関係を築くことが出来ている。


 土で汚れたままの野菜を見せてくれるミシャの手からパトリシアは野菜を受け取った。

 白い手が土で汚れるのも気にせずパトリシアは野菜を眺めた。


「嬉しいわ……どうもありがとう」


 受け取った野菜も、パトリシアを見つめるミシャの太陽色のように輝く瞳も、伯爵家にいた頃には当たり前のように手に入れていた宝石以上に輝いて見えてパトリシアは心から喜びを感じた。


「宝石とかじゃなくて野菜を見て喜ぶとか嬢ちゃんは変わってるねぇ……」


 呆れた様子でヒースがボヤくので、パトリシアは目線だけでヒースを黙らせた。


「そうだ。そろそろご飯の時間だし、この野菜を使ってご飯でも作ってきます? ぼくが代わりに書類はまとめておきますよ」

「え? ええ…………」


 パトリシアは何処か気まずそうに躊躇した。困った様子を見せるパトリシアを不思議そうに見ていた二人に対し、「そうさせてもらうわ」とだけ告げて台所に向かった。

 少し様子が変わっていたことにヒースとミシャは目を合わせるも、まぁいいかとそれぞれ仕事を始めだす。

 ミシャは両親から教わって文字の読み書きや計算が得意だったため、パトリシアの仕事も少しであれば手伝うことが出来る。ついでとばかりに、ヒースが先ほどパトリシアと話していたルートで仕事を回ることについて話を始める。ロバを借りるにはいくらぐらいだったか、何処からルートを回ると良いか暫く話していると。


 台所から凄まじい物音がして。


 二人は会話を止め、台所の方角を見つめた。




「うーわ、壊滅的だな……」

「パトリシアさんって何でも出来るように見えたんですけど……料理はぼくの方が上手かもしれません」

「………………」


 何も言えないまま、パトリシアは蹲りながら落としてしまった野菜を拾い上げていた。

 台所に置かれた机にはボコボコに切り刻まれた根野菜が無残な姿で転がっていた。ナイフは勢いが余ったのか机から落ちてしまったらしく見事に床に刺さっていた。


「……料理だけは今までやってきたことがありませんの」

「そんじゃあ、今まで何を食べてきたんだ?」

「サラダとパンを……」


 ヒースが部屋の中を見渡すと、なるほど確かにパンが置かれていた。それ以外の調理器具はほとんどなく、台所にある調理場も使われている様子が無い。否、あるにはあるが失敗したらしい形跡を残したままになっている。例えば焦げたレードルとか。


「ったく。せっかく貰ってきた野菜がボロボロじゃねえか。ほらっ」


 座り込んでいたパトリシアを強引に引っ張り上げてからヒースは床に刺さったままだったナイフを抜き取り、無残な姿になったままの野菜を綺麗に切り始めた。

 残っていた皮の部分を剥いて一口サイズに切り分ける。それから素早い手付きで水洗いしてから鍋に入れる。目分量のまま鍋に水を入れてから竈の火を難なくつけた。


「味付け出来るものは何かあるか?」

「え? ええ、塩と干し魚ならあるわ」


 パトリシアは思い出したように塩と干し魚を取り出してヒースに渡した。

 ヒースは器用にも味付けをしながら、先ほど貰った他の野菜をスライスしてサラダを作り出した。


「すごいわ。ヒースさんは器用なのね」

「一人で暮らしていれば嫌でも慣れるよ。その内嬢ちゃんも上手くなるって」

「下手な慰めはいらないわ」


 パトリシア自身、自分には調理の才能が無いことは一人で暮らし始めてから重々理解した。今まで家庭教師に教わって器用だと思っていたけれど料理に関しては違うらしい。

 結局、最後までヒースが作ることになった料理を三人で食卓を囲んで食べることにした。

 野菜が沢山入ったスープとパンという食事は、採れたての野菜という事もありとても甘かった。


「そうだ。ぼく、水祭りでも仕事をいくつか貰ってきたよ」

「水祭り?」


 マナーが染みついた丁寧な手付きでスープを飲んでいたパトリシアが不思議そうに聞き返した。


「水祭りはネピア独自の祭りだ。湖に眠る精霊に祈りを捧げる行事だよ」

「そうか。パトリシアさんは知らないんですね。今月の三回目にある第七の曜日に水祭りをネピア湖の前でやるんです。司祭様が来て女神にお祈りをします。色々な食べ物の屋台が出るんですよ」

「楽しそうね」


 聞いているだけで楽しみな行事にパトリシアは胸躍った。聞くと、ミシャはいくつか屋台を出す店の主人に手伝いとして来て欲しいと頼まれていた。改めて仕事の依頼がまとまったところでスケジュールを組むべきかもしれない。


「パトリシアさんは知らないから言っておくと、水祭りではルドルフさんが傭兵団の仕事として領主様の護衛をしてるから、もしかしたら顔を合わせることがあるかもしれないです」


 何処か気まずそうにミシャは答える。そういえばこれほど毎日のようにミシャもヒースも出掛けて別の仕事をしているというのにルドルフからは一切の反応が無い。

 気になってヒースに聞いてみれば、どうやらルドルフはあれから一度も傭兵団に顔を出していないらしい。それも今に限った事では無いのだそうだ。


「二人も護衛に回ってしまうのかしら?」

「いえ、ぼくらがルドルフさんに仕事を任されることは無いと思います」

「そうなの?」


 護衛と言えば、もう少し人数が必要では無いのだろうか。


「はい。ルドルフさんはいつもぼくらではなくて、ルドルフさんの知り合いを集めて来てるんです。だからぼくの仕事と言ったら領主様から報酬を受け取りに行くぐらいです」

「…………!」


 パトリシアは思わず立ち上がった。

 突然の行動にヒースとミシャは驚いてパトリシアを見るも、パトリシアは立ち上がったまま何か考え事をしている。それも、真剣な表情で。


「…………ミシャ。今言ったことは本当? ミシャがネピアの領主に会いに行くの?」

「え? はい……去年はぼくが当日、領主様のところに行ってお金を預かりました。ルドルフさんは護衛が終わるとすぐに飲みに行っちゃうから預かって来いって言われてて。多分今年もそうなるのかなぁ」

「それよ!」


 更に大きな声でパトリシアが叫ぶものだから、ミシャもヒースも椅子を引くぐらいに驚いた。

 しかしパトリシアは気にしない。


「上手く行けば全てが片付くかもしれない……!」


 高揚する気持ちが抑えきれずに叫んでしまったパトリシアを見守っていたヒースは、彼女がまた何か考えが浮かんだのだろうと察した。

 パトリシアという女性は今まで見てきたどの女性とも違う。意見を言い、自身がやりたい事に対して行動する女性。少しも男性に頼ることはなく、頼るのであればそれは依頼である。

 そんなパトリシアの傍にいることが楽しく感じてしまうことを止められずにいた。


「……お嬢ちゃん。その片付けってのは、アレのことかい?」


 意地悪い笑顔を浮かべながらヒースは台所を指差した。そこには、パトリシアによって汚された道具がまだ残っている。


「…………そっちは後で片付けます! それより二人に聞いて貰いたいことがあります」


 改めて着席したパトリシアは今思いついた考えを二人に話し始める。

 話は終わらず、夕食の時刻を過ぎてもまだパトリシアの家は賑やかに声を響かせた。

 

 かつてパトリシアが望んでいた、賑やかな食卓の風景のように。


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