第四条(地域貢献)
「はい。ここでいいですか?」
「ありがとうミシャ。助かったわぁ」
民家の扉を開けて大荷物を入口に置いたミシャに対し、深く感謝を述べる老婆が一人。
ミシャは今、この老婆の依頼で買物の代行をしていた。
依頼されていた荷物のメモ書きを取り出して、買ってきたものを再度老婆の前で確認する。このやり取りも数日間で手慣れてきたものだった。
「アリーニャさんのところのパンは売り切れてました。でも代わりにマジロさんのところからパンを買ってきましたよ!」
「マジロのところのパンも好きなのよ。またお願いしてもいいかしら?」
「勿論です!」
お駄賃のように小銭を数枚取り出した老婆からの報酬を両手で受け取り、それから小さな紙を取り出して老婆に署名をしてもらう。
ミシャは嬉しそうに報酬を見てから大切に肩掛けの鞄に仕舞った。これで三軒目の仕事が終わった。次は買物の途中に依頼された事を、パトリシアに報告に行かなければ。
「パトリシアさん! 朝の仕事は全部終わりました。あと、パン屋のマジロさんからも仕事をお願いされました! お手伝いさんが欲しいみたいなんです」
「素敵な知らせだわ。依頼の仕事だけではなく営業活動まで出来るなんて。ミシャってば本当に優秀なのね」
パトリシアが町役所で相談をして決めた借家に訪れたミシャは、嬉しそうに彼女へ報告してきたものだからパトリシアも嬉しくなった。
借りた家は小さいものの台所や寝室、それにこうして仕事が出来る部屋まであるのだから有難い。
ミシャは老婆に署名してもらった紙と、それ以外にも朝に行った仕事の依頼で同様に受け取った紙を、それから報酬をパトリシアに渡した。
中身を確認するとパトリシアは小銭を広げ、紙と照らし合わせてからいくつかの金額分だけ受け取ると、残りをミシャへ渡した。
「こちらが貴方の分よ。あと、もし時間があったらこちらの仕事もあるわ。急ぎの分がこれと、残りは時間がある時にって。一つは家の修理になるから貴方では難しいかも」
「分かりました! ぼくの知り合いに修理が得意な奴がいるんで、仕事の合間にそいつに声をかけてきますね!」
「ええ、よろしくね」
行ってきます! と元気な声をあげて出ていくミシャに手を振りながら、一人残された部屋でパトリシアは受け取ったお金を数え、それから奥まった場所に隠してある箱に仕舞った。
依頼人から署名された紙を丁寧に分けて綴る。この活動を始めて十日ほど経ったけれど、少しずつ綴った紙が増えていく。それだけ仕事を任されているのだと思うとパトリシアは嬉しかった。
依頼される仕事の内容は主に買物の代行だったり店仕事の些細な手伝いだったり様々だった。小さな仕事であったとしても、こうして実績が積まれていくのを目の当たりにすることは、パトリシア自身のやる気に繋がる。
それから今日の仕事内容を、別紙に細かく数字や文字に書き出していく。そうする内に時間は過ぎていく。
ふと、扉を叩く音がしたため顔を上げ、扉の前に向かう。家自体が小さいため扉の戸を叩く音だけで訪問者が来たのが分かる。
「ヒースさん。お仕事終わりましたの?」
「……終わったよ、嬢ちゃんの言うとおりにな」
咥え煙草のまま手元から報酬の入った袋と紙を渡してくるヒースの顔はミシャと真逆で暗かった。
「どうやらお疲れのようですね。お茶でも飲んでいきます?」
「遠慮したいところだけどそーさせてもらうわ……この年で子守りとかしんどすぎてダメだ……」
ぐったりした様子で入室する男が本日行った仕事は町に住む母達の代わりの子守業だった。子守りと言っても赤児ではないため、遊び回る子供達の相手をするという体力勝負な仕事だった。
「ミシャはいないのか?」
「先ほど朝の仕事を終わらせて今は別の仕事に行きましたよ」
「あいつも働きモンだなぁ……あ、念のため扉は開けとくよ。紳士としてね」
「……お気遣いどうも」
女性と男性が密室で話す場合、疚しいことが無いとの礼儀で扉を開けておくというものがある。わざわざ言葉にして聞いてくる辺り多少皮肉を込めているのだろう。
無理矢理子守りの仕事を押し付けたことを恨めしく思っているのかもしれない。
でも何も言えない。何故ならそれが、傭兵の仕事だからだ。
仕事は獲りに行くものだと言ってから早速パトリシアはヒースにミシャを呼んできてもらい、パトリシア、ヒース、ミシャの三人で打ち合わせを始めた。
「私は貴方達二人に、傭兵団の名で町で仕事をして頂くという、仕事を依頼します」
「仕事をするという仕事の依頼……ですか?」
何を言っているのか分からない様子のミシャにパトリシアは微笑んだ。
「ええ。特にミシャ、貴方には沢山頑張って頂く必要があるわ」
「ぼくに?」
不思議そうにパトリシアを見つめる少年に対し、パトリシアは今までの説明と、そしてこれからの説明を始めた。
パトリシアが傭兵団の事務官になりたいのだと。
そのためにはまず、ルドルフという問題を解決しなければならないのだ、と。
解決方法としてパトリシアが第一に唱えたのが収入源の確保だった。
「今の傭兵団の収入源が、ルドルフにしかないのであれば、まずはそこから脱却しないといけません。彼の独占を防ぐべきです」
「それはそうですけど……今の傭兵団には依頼がちっとも来なくて」
申し訳なさそうに話すミシャに対し、パトリシアは首を横に振った。
「それはきっと大丈夫です。ミシャ、貴方がいるのなら」
「ぼく……ですか?」
全く思いもよらなかったパトリシアの発言に、ミシャはすっかり混乱していた。
「ミシャは、この町の人とは顔見知り?」
「それはまあ……この町で生まれたので大体みんな知ってますけど」
「そこです。それが一番大事なところなの」
パトリシアは改めてミシャとヒースに仕事を依頼した。
町でどんな事でも構わないから仕事を見つけてきて欲しい、と。
仕事の内容は何でも構わない。荷物持ちでも皿洗いでも家の修理でも。とにかく何でも良い。
自分に出来ない仕事であったとしても、まずは話だけでも聞いてきて依頼として受け取ってくる。
「報酬については一応分かりやすいように時間でいくら、というように金額の一覧を記載しました。更に技術的な力が必要な場合は別途相談の上に決定することも書いた紙をお二人にお渡しします。依頼の内容を聞いたらここに内容を書いて下さい」
パトリシアは、ヒースがミシャを呼び出している間の時間で作った小さな依頼書を二人に渡した。
紙には空欄になっている依頼内容の記入場所、いつまでに行うか、いつ必要かの時間の情報、そして最後に空欄になっている報酬額の欄があった。書類の一番下には署名する欄もあった。
「随分作り込んであるな」
「こういった書類は後々もめ事の原因にもなりますから、どんな内容でも細かく決めておいた方がよろしいのです。それに……いざという時に役立つこともありますから」
「怖いねぇ……」
出会って数時間の間にパトリシアの性格を把握してきているらしいヒースは、うんざりした様子でパトリシアを眺めていた。
けれど、隣に掛けていたミシャが書類を見つめながら震えている。
「ミシャ?」
「どうした?」
「ぼく……ぼく……嬉しいです!」
キラキラとした瞳を輝かせながら、ミシャは叫んだ。
「ちゃんと傭兵のお仕事が出来る時が来るなんて……それも、町のみんなの役に立てる仕事になるなんて夢が叶います! ありがとうございます、パトリシアさん!」
本当に嬉しそうに、少しだけ眦に涙を浮かべながらミシャが言うものだから。
パトリシアは茫然とミシャを見つめていたけれど。
少しずつ訪れてきた感動の波に、パトリシアも巻き込まれる感じがして。
「……どういたしまして」
パトリシアもまた、頬を染めてミシャに感謝をした。
そんな打ち合わせをしてから十日程経った今。
少しずつながらも依頼は増えてきている。
始めこそ、ミシャの事を応援する気持ちで仕事を依頼したであろう人も、今では役に立つと声を掛けてくれるようになっている。
報酬額はほんの僅かな額ではあるものの、着実に増えてきていることはパトリシアのまとめている収支書からも分かっている。
それでも、ルドルフが手にしている報酬額とはまだまだ雲泥の差ではあるものの。
「まずは第一歩ね」
纏め終えた書類を見直しながらパトリシアは顔を上げた。
胸の奥が何かに満たされることを、感じながら。
窓から微かに見える湖の景色を、穏やかな気持ちで静かに眺めていた。
ミシャくんに癒されながら書いています……
ブクマ、評価本当にありがとうございます!




