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第三条(職場改善に関する定例会議)


 パトリシアは情報収集が好きだった。

 前世での仕事は多種多様な仕事があったが、特に情報を集めた上でプレゼンや提案をする機会が多かった。

 他社とのコスト比較をしてより安い取引先に切り替えませんか、とか。

 業界の動向を確認した上で適正な価格に見合わせませんか……など。

 それは果たして間接部門の仕事なのかと言われるような業務まで探しては提案し、その都度社内で改善がされていた。

 それは別に命令されてやっていたわけでもなく、前世のパトリシア自身が気になって始めていることがほとんどだった。

「もっとこうすれば良くなるのでは?」「もっとこうしたら時間が短縮できるのでは」と考えては情報を収集し、疑問が正しいと判ればその改善を職場に提案するようなことをしてきた。

 それは記憶を思い出した今も同じだった。



「ほら。今回の依頼を持ってきたぞ」


 湖畔にある椅子に座り書類を眺めていたパトリシアの元に、新たな書類を持ってきたヒースが不機嫌そうに話してきた。

 パトリシアはヒースが渡してきた書類を軽く流し読む。


「ルドルフという男性が除名されないことにはやっぱり理由があったのね」

「そうですよ。んで? 次の仕事は何ですかい。お嬢ちゃん」

「ヒースさん。そのお嬢ちゃんって言い方ですけれど止めて頂けます?」


 ヒースとパトリシアは町外れにある湖水広場で打ち合わせをしていた。

 パトリシアの宿で打ち合わせをするには密室で二人ということもあり困難だったし、いつルドルフが来るか分からないレイド傭兵団の建物内で打ち合わせすることも出来ないため、こうして人通りの少ない湖畔の広場で話し合いをしていた。

 ただ、宿暮らしもそろそろ終わる。ようやく町役所で手続きした借家への入居が決まっているからだ。

 パトリシアは改めてここ数日の出来事を振り返った。




 ヒースと出会ったあの日から、パトリシアは毎日のようにヒースとこの場所で打ち合わせをしている。

 出会った日、パトリシアは傭兵であるヒースに依頼をした。 

 パトリシアがレイド傭兵団で問題なく仕事が出来るようにしてほしい、と。

 つまりヒースが今まで見過ごしていた……又は関与してこなかったであろうレイド傭兵団の中で、問題となるべき対象ルドルフをどうにかしろという依頼だった。


 その事を話せばヒースは暫く悩んで悩みぬいて、悩んだ末に頷いた。

「まあ、そろそろあの野郎にもケジメを付けて貰わねぇとだな」という独り言と共に彼は頷いてくれたのだ。




「そこに書いてある通り、ルドルフはネピア領主のお気に入りだ。あいつの事を全面に信頼している領主がいるから、あいつも好きなように出来ている」

「ここ最近女性の方が出て行っているというのも……」

「嬢ちゃんの予想通り。アイツが原因だよ」


 ヒースは足を組みながらポケットから取り出した手巻き煙草を口に咥え、摩擦マッチで火をつけふかし始めた。パトリシアが眉を顰める。


「……煙草は止めて頂けませんか?」

「ああ、悪い悪い。一本だけな」


 申し訳なさそうに笑うこの男、ヒースはパトリシアを子供扱いしていることは明らかだった。歳は三十をゆうに越えているこの男、垂れ目の目尻には皺もある。それでも歳を取って見えないのは彼の体型が傭兵らしくしっかりとした体付きだからというのと、だらしがない髪が伸びているせいで年相応に見えないからかもしれない。


「こういうことが積み重なって町の評判を落としかねないというのに。領主は全く知らないの?」

「ルドルフって男はその領主の遠縁でもあったりする」

「そういうこと……」


 血の結束というのは強固であり厄介な存在でもあることは、貴族社会であろうが無かろうが何処でも同じということだ。


「そういえば、どうしてあんなに傭兵団の拠点はボロボロなの?」

「そりゃあ傭兵団の収入源がほとんどルドルフからなっているのと、アイツが全く傭兵団に手数料を支払わないからさ」

「手数料?」


 ヒースの説明から分かった傭兵団のお金の回り方は極めて組織らしかった。


 傭兵団に所属している傭兵は傭兵団を名乗れることと必要な情報、必要とする道具などを傭兵団の元で利用することが出来る。

 傭兵は仕事を請け負ったことにより報酬を得ることができる。その中の三割を傭兵団に、残りの七割を傭兵自身が受け取ることが出来る。

 三割の報酬を得た傭兵団の組織は集めた報酬から傭兵団に必要な経費に充てることができる。建物の修繕費や事務官の報酬、新しい傭兵を採用するための費用など。


「レイド傭兵団の報酬の九割はルドルフに依頼されるネピア領主からの仕事だからな。しかもあいつは報酬の三割どころか一割しか傭兵団には払わない。何だったら払わないこともある」

「そんなこと……」

「できるんだよ。今は事務官がいないから」


 最近まで勤めていたらしい事務官はルドルフの傘下にいた者だったらしい。そのためうまく手続きを誤魔化し、一割という報酬額で傭兵団に納めていたという。

 しかし、途中で事務官とルドルフの間に諍いが起き事務官は辞めさせられたらしい。


「事務官を採用するにもアイツは女がいいと言いだす。採用したとしても、その女性に手を出そうとして辞められる。好みじゃない女性が来れば何かと文句を付けて辞めさせる。外に出ればアイツの好き放題さが嫌だと、最近では目を付けられる前に女性自体が町を離れるまでになった。どうだ、最悪だろう?」

「最悪すぎじゃない……」


 それでは傭兵団自体に依頼も来ない。そして、唯一の収入源であるルドルフがいなければ傭兵団自体も立ち回らないという状況が生まれている。


「貴方とミシャさんはどうしてあの傭兵団に?」


 率直に気になった問いに、煙草を消したヒースが答える。


「ミシャは昔から傭兵団に憧れていたんだ。家族がネピアに居るから離れた傭兵団に丁稚に行くことも出来ない。それでレイド傭兵団に事務官と雑務の仕事でも構わないからと仕事をしている。最低限の収入は貰っているからどうにかなっているし、あの性格のお陰かルドルフも追い出したりはしていない」

「そうなの……」


 確かにミシャという少年には底知れぬ明るさがあったものの、それでも傍若無人なルドルフの元で長居し続けることに心配はあった。


「俺はまあ、知り合いのツテみたいなモンかな……」


 投げやりなヒースの言い方が気にはなったものの深追いせずにパトリシアは頷いた。人の事を詮索することは無粋。それ以上の事は聞かないことにした。


「それではまず第一に優先すべき事が見えてきました」

「今のでか? 何だ?」

「収入源の確保ですわ」


 ニッコリと微笑むパトリシア。

 ヒースはまたか、と心の中で思った。

 この女性、自分の強い意志を持った発言をする時に生き生きとするのだ。今のように。

 ここ数日の付き合いではあるが、パトリシアは時々こうして微笑む時がある。大体が何かを決断する時に見せていた。


「そうは言うけどねぇ……今の傭兵団に仕事の依頼なんて来ないぞ?」

「何を言っているの。仕事というのは待っているだけで来るわけないわ。獲りに行くのよ」

「はぁ?」


 ヒースにしては珍しい声の大きさに、水辺で泳いでいた鳥が飛び立った。




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