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少女メルセナとおとぎ話の秘密  作者: 佐倉アヤキ
1章 シェイルディアの騎士の娘
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 父はやはり人間ではなかった。ラディ王子の薬がよく効いたのか、ほんの数日で完治した父は、体がなまると言って、村の力仕事を一手に引き受けた。これにより、女性陣に騒がれて村の男衆の恨みを買っていた父は、手のひらを返すように一躍ヒーローになった。エルフの男は…普段、騎士の鍛えた身体を見慣れているメルセナからすればだが…あまりに細身で非力すぎるのだ。確かにエルフは美形が多いけど、私の好みじゃないわね。メルセナは内心で偉そうに批評した。


 メルセナのほうはエルフの子供たちの遊び相手になってやっていた。やはり成長が遅いぶん情緒が育つのもゆっくりなのか、メルセナと同年代のエルフたちはまだほんのがきんちょだった。人間と同じように育てられたメルセナは、ずいぶん博識で落ち着きがあるように見えるらしく、メルセナは人生で初めて同世代から「大人」と評された。文化が違うとはいえ、悪い気はしない。


 当初、この隠れ里にまで追っ手が来てしまうのではないかと心配していたがそんなことはなかった。平穏な日常が半月ほど続いたところで、ようやくギルビスからの便りが届いた。

 目つきの悪い大鷲は、父の肩に留まると、はやく手紙を取れとばかりに居丈高に脚を突き出した。なんて生意気な鳥だろう。


 娘と鳥が睨み合っているのに気付いているのかいないのか、父は手紙に目を通して言った。

「ギルビス様からのご命令だ。ラトメに出向いて保護してほしい者がいると」

「ええっ、シェイルに帰れるんじゃないの!?」

メルセナも父の脇から手紙を覗き見た。ギルビスらしい読みやすい几帳面な文字が並んでいる。


 手紙の冒頭は、メルセナと父の身を案じる文面から始まっていた。巫子をかくまう用意はできているが、城にたびたび巫子狩り(たぶん、父を負傷させたあの追っ手のことだろう)がやってきてメルセナたちの動向を探っていること、あいにく世界大会議の準備で王殿下が不在にしていることもあり、すぐには街に戻ってこないほうが良いだろうということ。

『ゼルシャの村に辿り着いているなら、そうそう見つかることはないだろうが、奴らもそろそろ捜索の範囲を広げているはずだ。事のついでで悪いがひとつ頼みがある。

 インテレディアのネルとデクレという子供たちが、ラトメディアに連れて行かれたと情報が入った。彼らを保護して、力になってほしい。』

そのあとで、書くのを迷ったのか、少しインクのにじんだ文字で一言だけ付け加えられている。

『私の予感が正しければ、彼らには巫子の資格があるはずだ』


「私以外の巫子がいるの?」

「世界を滅ぼす9番と、それを止める残り9人、全部で十人いるはずだ。9番を倒すためにはまず全員の巫子が集まる必要がある」

「ギルビスはどうしてインテレディアの子供のことなんて知ってるのかしら…」

騎士団長独自の情報網でもあるのかとドキドキしていると、メルセナの服の裾が引っ張られる。見ると、エルフの子供たちが集まっていた。

「セーナ、どこかに行くの?」

「ラトメディアってどこー」

 まさかラトメも知らないとは!メルセナは衝撃を受けて、木の枝を拾い上げると地面に三重丸を描いた。


「アンタたち、自分たちが住んでる世界のことくらい知っておきなさい!これが世界地図。真ん中の小さな島が神都ファナティライスト。この世界の首都!」

メルセナは真ん中の丸を木の棒で指した。

「内海を挟んだ周りのドーナツ型の大陸が私たちのいるディアランド。大陸内には『ディア』の名前が入った五つの都市があって、ここが!」

北方のある一点を指し示す。

「私の住んでた街、シェイルディア旧王都クレイスフィー。その周りから大陸の北東にかけて、ここ、枯れ森が広がってる。インテレディアは大陸東部の内海側にある都市で、そこからさらに南下して、大陸の南方一帯…この辺が南の大砂漠!この砂漠地帯がぜーんぶラトメディアよ」

「へー」

「すごーい」

「ぜんぶー」

メルセナの講義に子供たちからパチパチ拍手が上がった。子供たちのうしろで黙って話を聞いていたラディ王子が、地面に書かれた簡易地図を見下ろして言った。

「メルセナは子供たちの世話も得意なようですし、教師に向いているかもしれませんね」

「ふふん、昔っから王城の図書室に入り浸ってたから、勉強は得意なの」


 とはいえ、この枯れ森からラトメディアまではずいぶん距離がある。すぐに発ったところで、ラトメディアにたどり着くまでには一か月近くかかるのではなかろうか。そのあとでシェイルに戻ってくるとすると…それまで騎士団の詰め所に父の席を残しておいてもらえるか心配なところだ。

 しかし、メルセナの懸念をよそに、父はあっけらかんと言った。

「転移魔法を使えばすぐに行ける。レイセリア村長にご挨拶して、旅支度を整えたら日暮れ時に出ることにしよう」

「では、ラトメまでは僕がお送りしますよ。エルディはまだ病み上がりですから」

 転移魔法は魔法使いが何年も修行してようやく会得できるもので、そんなにホイホイと使える魔法ではないはずなのだが、この王族とその弟には関係がないらしい。わざわざ巫子を集めなくても、この不死族たちがいれば世界の危機なんて簡単に止められるのではないだろうか、メルセナはため息をついた。



 出立の挨拶に来たメルセナたちに、レイセリア村長は優しい笑みで頷いた。

「もう行かれるのですね。村の者たちが世話になりました。是非またお越しくださいね、ゼルシャはいつでもあなた方を歓迎いたしましょう。ラディ殿下、こちらが王殿下へのお返事になります。遅くなってしまってごめんなさいね」

レイセリア村長は蔦を編んで、小さな宝石で彩られた筒に入れられた親書の返事をラディ王子に渡した。そうは言っても、きっと村長は、ラディ王子がこの村に滞在する口実を作るために、あえてこの書状を王子に渡さずにいたのではないかとメルセナは予想した。

「村長!メルセナはともかく、残りの二人は他種族です。今回は致し方なく通したとはいえ…」

エリーニャは相変わらず他種族を嫌っている様子で、せっかくのレイセリア村長の厚意に苦言を呈した。しかし、かたくなな息子に向けて、レイセリア村長は柔らかく、しかしはっきりと言った。

「エルフの友は我々の友ですよ、エリーニャ。それに、わたくしはこの方々を信頼いたします」

それからレイセリア村長はメルセナを手招きすると、少しかさついた両手でメルセナの手を握った。

「メルセナ、あなたとお父様は、きっとエルフと他種族の架け橋になることでしょう。あなたたちのような、種族を超えて親愛を築ける者がいることを、わたくしは誇りに思いますよ」

「当然よ!」

メルセナは胸を張った。

「私とパパの絆は種族なんか関係ないんだから!」


 レイセリア村長はその言葉に破顔したが、エリーニャのほうは納得がいかなかったらしい。村長の家を出たあとで、腑に落ちていない様子のエリーニャが後ろからくっついてきて、メルセナに尋ねた。

「…どうしてお前たちは、そのようにいられるんだ?」

「そのようにって何よ」

「いくら拾われたとはいえ、他種族だろう。寿命も、生き方も、価値観も違う別の生きものだ。まして他種属どもは、同種内ですら解り合えずに争う愚かな者たちだ。それなのになぜ、お前はその男を父と慕うことができる?」


 やっぱりこの男とは一生分かりあうことはできなさそうだとメルセナは悟った。同種族とか他種族とかにこだわるのがエルフの生き様だというのなら、メルセナは自分はエルフではないと思ったし、むしろ人間の街で生きてきたことに感謝したいくらいだ。

「アンタ、自分がレイセリア村長がお母さんだってことに疑問を持ったりするわけ?」

「何を言うか!私はゼルシャの長レイセリアの息子だぞ。何を疑うことがある」

「私だってそうよ。不死族とか人間とかエルフとかいうその前に、私はシェイル一等騎士エルディの娘だし、それ以外の何者でもないわよ」

そんな当たり前の話に、眼から鱗が落ちたみたいな顔をするのだから、エルフというのは世界が狭いと思う。こんな森の中の隠れ里に住んでいるからではなかろうか。彼らも一度くらい、社会見学のつもりでクレイスフィーに遊びに来てみればいいのだ。

「ま、強いて言えば?私は拾われっ子だから、パパみたいな美形で優しいひとに拾われて超絶運がよかったとは思うけど!」


 ここぞとばかりに父自慢をしたものの、エリーニャは何やら考えこんでいて聞いちゃいなかった。これがシェイルのお嬢さん方なら「セーナってファザコンなんじゃないの」と突っ込まれるところなのだが。まずエリーニャはノリの良さから勉強してみるべきではないかと考えていると、彼はしかめっ面のまま、どこかに思いをはせるように呟いた。

「…お前たちは、種族などにこだわらず、家族であることを選べたのだな…」

「なに言ってんの?」

だから私はなにも選んじゃいないわよ、そう言い返してやろうかと思ったが、やけにエリーニャが傷ついたような顔でこちらに背を向けるので、メルセナはなにも言えずに口をつぐむしかなかった。

「…また来い」

 愛想のない言い方だったが、メルセナたち親子には一定の理解は得られたらしい。ならばいいか、とメルセナは思った。自分が知らないだけで、きっとエルフと他種族の間にはさまざまな遺恨があるのだろう。その中で、エリーニャがメルセナたち親子の姿に少しでも心動かされたなら、きっと悪いことではないはずだ。



 転移魔法というのは大がかりな魔法陣を描いて行うものらしい。日暮れ前の時間になって、ラディ王子は地面に描いた円のなかに、複雑な文字とも模様ともつかないものを書き入れた。

「転移魔法って面倒くさいのね」

「一部の許された場所には、転移陣があらかじめ刻まれていて、魔法陣を描くのを省略できる場合もある。理論上は陣がなくても呪文は発動できるものだが、座標の固定が難しいからな」

「座標が固定できないとどうなるの?」

「転移中に内臓が爆発したり四肢が四散したりする」

メルセナは自分がバラバラ死体になってラトメディアの砂漠に落っこちるさまを想像して震え上がった。魔法陣を描きながらラディ王子がくすくす笑う。

「転移陣をちゃんと描けばそんなことにはなりませんから大丈夫ですよ。ただ、迷子にならないようにちゃんと陣の中に入ってくださいね」


 メルセナは父のマントを握ってぴったりくっついた。父のほうは甲斐甲斐しく娘にマントのフードをかぶせてくる。

 ラトメは日差しが強いということで、メルセナはエルフたちの仕立てたマントをもらい、ギルビスから借りたマントは袋にいれてしまっておくことになった。父もシェイル騎士の分厚くて重そうなコートを脱ぎ去って身軽な旅装に身を包んでいる。父の美しさを損なわない完璧な旅支度にすると、エルフの女性陣が手をかけて作った渾身の一作だ。採寸されている時の父の目は死んでいたが。


 こわごわ魔法陣の中に立つと、見送りに来てくれたエルフたちを振り返った。他種族には排他的だとはいえ、彼らはずっとメルセナたちに優しかった。

 いつでも感謝と親切を。父の教えを思い出して、メルセナは彼らに大きく手を振った。

「ありがとう!絶対また来るね!」

またいらっしゃいとか世話になったなとか、口々にエルフたちが別れの言葉を口にしたところで、ラディ王子が呪文を唱え始めた。魔法陣が光に包まれて皆の姿が見えなくなるまで、メルセナは手を振り続けた。

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