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少女メルセナとおとぎ話の秘密  作者: 佐倉アヤキ
4章 再会の魔法
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 いつの間にか、外はとっぷりと日が暮れていた。この村は夜は真っ暗になる。ぽつぽつとついた小さな照明よりも、空に浮かぶ星々のほうが明るく見える。


「まさか本当のこと言うとは思わなかったわ」

 レイセリア村長の部屋を出てしばらくしてから、ようやくめは言葉を発することができた。

「ラゼのことか?」

トレイズは自嘲するように口端を上げた。

「確かに、隠そうかとも思った。ラゼは幸せに暮らしてますってな。だが、あの人は曲がりなりにもラゼの母親だ。娘の死を隠されて、嬉しい親はいねえだろ」

母親。メルセナは繰り返した。レイセリア村長ひとりの話からは、果たして本当にラゼさんとレイセリア村長を親子と呼んでもよいのかもよくわからなかった。だが、トレイズは村長の部屋の方を振り返りながら、ひとつ肩をすくめた。

「少なくとも、ラゼはレイセリア村長のことを母だと言っていたし、この村を故郷だと思ってた。それなのに変に隠し立てなんかしたら、アイツに夢枕に立たれてどやされちまうさ。あのねえトレイズ、私そんなこと頼んでないでしょ、ってな」


 話すべきことを話してようやく気持ちが楽になったのか、おどける余裕すらできたようだ。こっちはいろんな話を聞かされて飽和状態だというのに。メルセナはトレイズを睨んだ。

「ラゼは…」

先頭のエリーニャが口を開いた。

「何故死んだんだ?病気か?事故か?それとも…」

「巫子狩りにやられた」トレイズは素直に答えた。「あいつはずっと4番の印を宿し続けてた。運悪くその印が今の巫子に移ったときにな」

「…そうか」

「ラゼがどうして赤い印から解放されなかったのか、ずっと理解できなかったが…俺たちが役目を終えたあと、すぐに次の9番が現れてたんだな。それがラゼの縁者だったんなら、ラゼが印に選ばれ続けていたのも合点がいく」

なるほど、魔法が耄碌していたわけではなかったというわけだ。メルセナはもう一度自分の手首を見た。ということは、メルセナがレナから印を奪ったことにも、やはり意味があるということだろうか。


 客間の前までやってきて、エリーニャは振り返った。

「ラゼは今どこに?」

「墓は枯れ森の外にあるネイーダの村に作った。少しでも故郷に近い方がいいかと思ってな」

「そうか」

エリーニャはしばし迷ってから、トレイズに向けて深く頭を下げた。

「感謝する。ラゼの魂を近くまで連れてきてくれて」

「…アンタらのためじゃない。ラゼがそうしてほしいだろうと思ったから、そうしただけさ」

トレイズの突き放した台詞に、エリーニャはぐっとこらえるような顔になって、それからもう一度頭を下げると、身を翻して去っていった。その背中を眺めながら、メルセナはふと、前にこの村に来たときに、やけにメルセナと父エルディとの親子関係にこだわっていたことを思い出した。


 エリーニャはラゼさんと家族にはなれなかったのだろうか。家族に、なりたかったと思っていたのだろうか…そこまで考えて、メルセナは首を振った。そこを明らかにするために、これ以上突っ込んだことを聞くのは、好奇心旺盛なメルセナでもさすがにはばかられた。


「それで」

 口火を切ったのはトレイズだった。

「村の闇を暴いて、王殿下は満足なのでしょうか?なんのためにこんなことを?」

彼は厳しい目つきでラディ王子を睨んだ。なんだか怒っている様子だ。

「あの情報に長けたシェイル王殿下であれば、いちいちレイセリア村長に喋らせなくとも、自分である程度の真相にはたどり着いていたんじゃないですか?」

「確かに、その通りです。父は以前に実は巫子の継承があったのではないか、そこで9番の力が行使されたのではないか…そのくらいまではあたりをつけていました」

「それなら…!」


 一触即発の気配だ。メルセナがあたふたしていると、背後からパチンと手を叩く音がした…ヒーラだ。彼はこの張りつめた空気などものともせず、いつも通りの温和さでにこりと笑った。

「ひとまず議論はお部屋に入ってからということでいかがでしょう?こんなところで立ち話もなんですし」


 ヒーラ、やっぱりアンタって大物になるわ。冷えた空気に腕をさすりながら、メルセナは友人の図太さに感謝した。



 ヒーラはいつでもどこでもヒーラである。部屋に入り、備えつけの茶器であたたかいお茶を淹れた彼は、しょぼくれた顔で「お砂糖はないようです…」と漏らしながら皆に配って回った。もっとも、彼の場合は良かれと思って大量の砂糖をぶちまけた状態でお茶出ししてくるので、砂糖の備えがなかったことは幸いである。


 椅子に座り、ゼルシャの村の少し渋い味のするお茶を口にふくんで、トレイズもようやく少し落ち着きを取り戻したらしかった。

「すみません」

「いえ、あなたの疑問はもっともです。ラゼ様の仲間であったあなたならなおさら、進んで暴きたい話ではなかったことでしょう」

ラディ王子はそう言うと、自身もお茶を一口飲んだ。

「父も、このまま何も起こらなければ、この村の過去が黙殺されたとしても気に留めなかったでしょう。そうできなかったのは、この森でふたたび事件が起きるようになったからです」

「事件?」

「そうよね!」

メルセナもようやく話に割り込むことができた。

「やっと分かったわ。レナはクレイスフィーの住民を攫って怪しい儀式をしてた。レナはメイゼを生き返らせようとしてるんだわ」

「は!?」

トレイズはぎょっとしてメルセナを凝視した。

「じゃあ、お前、知ってたのか?レナ・シエルテミナのことを?」

「知ってたもなにも、6番の印はあいつから奪ったものだもの。不可抗力だけど」


 そういえば、メルセナが赤い印を手に入れたときの話をしたのはレクセでルナセオの実家に行ったときのことで、その時トレイズはいなかった。

「今だから言うけど、私、レクセでもアイツに追っかけ回されたわ。私のことを泥棒扱いして、この6番の印を奪い返そうとしてる。レナは自分が生き返ったときの方法どおり、赤い印を使えばメイゼを復活させられると思ってるのね」

「いや…いや、ちょっと待て」

トレイズは目頭を押さえた。「レクセでも?いや、お前…そんなこと一言も言ってなかっただろうが。いつの間に?」

「言えばアンタがまた暴走しそうだから言わなかったんじゃない」

メルセナは腕と脚を組んでふんぞり返った。

「お説教ならパパに散々されたわ。とにかく今はレナのことよ。ラディ王子は、レナが枯れ森で儀式をしてた経緯を探ってて、それでゼルシャの村に疑いが向いたってことよね?」

「その通りです」

トレイズはまだ「エルディはなんで俺に言わなかったんだ」とかなんとかゴチャゴチャ言っていたが、メルセナは無視して話を進めた。

「それで、やっぱり理由はこの村にあったんだわ。もともとレナは死んでて、シエルテミナに傾倒してたメイゼが9番の印を使ってレナを蘇らせた。だけどそのあとメイゼはレナとの子供を作ろうとして、死んだ…消えた?とにかくいなくなっちゃって、レナはメイゼを取り戻そうとして枯れ森で事件を起こした…」


 熱を込めて話を整理していたメルセナはそこでパタリと手を下ろした。

「でも、ギルビスはレナを見て、神都の高等祭司みたいだって言ってたわ。神官服を着てたからだと思うけど。死んだはずの人間が生き返って高等祭司になることなんてできるの?高等祭司ってファナティライストの高官よね?」

「レフィルがレナ・シエルテミナを引き取ったという話が気になりますね」

ラディ王子は思案するようにカップの中のお茶の水面を眺めた。

「聖女を復活させようとしているレフィルが、理由なくレナを連れて行くとは思えません。なんらかの手段を講じて、レナを高等祭司に任命させたか…」

ラディ王子はお茶をもう一口飲んだ。

「高等祭司の任命は、議会と世界王陛下それぞれの承認が必要となります。シェーロラスディ陛下が素性の怪しい人間を引き入れるとは思えないのですが、最近陛下は体調を崩されて表に出てこないとの噂も聞きます。その隙に、無理を押し通したのかもしれませんね。シエルテミナは確かに神の末裔たる旧家のひとつで、そこの娘となればある程度議会の承認を得ることは可能でしょうから」

「レフィルってのはそんな権限を持ってるの?トレイズの上司よね?」


 そういえばトレイズはあの少年の元で巫子を集めているという話だった。もちろん、トレイズはなにも知らされていなさそうだし、レフィルの手先だとは思っていないが、彼はこれまでレフィルに違和感を覚えなかったのだろうか。

 トレイズに水を向けると、彼は頭をガシガシと掻いてため息をついた。ここへ来る前とはまた別の悩みごとが浮上したという顔だ。

「レフィルは“神の子”の友人だと聞いてた。“神の子”はラトメの最高指導者で、千里眼の能力を持つ1番の印を持ってる。だから巫子を探して保護する役目があるんだ。

 “神の子”が捕まり、神宿塔が閉ざされている中で9番が現れた今、役目を引き継いで巫子を集める人間が必要だと言って、レフィルは俺に声をかけてきた。レフィルは一応所属上は神護隊の協力者のような立場だったが、三尖塔の奴らによく顔が利いた。実は俺が思うよりもラトメや神都の中枢に近いのかもしれない」


 つまり、結局トレイズもレフィルのことには詳しくないということだ。メルセナは椅子に背をもたれて両手を挙げた。

「複雑すぎるわ!設定過多よ、結局レフィルが全部裏で糸を引いてるってことでいいの?」

「すべてとは言わずとも、彼が多くのことに関わっているのは確かでしょう」


 物語であれば黒幕を倒せばハッピーエンドなのだろうが、目の前にしている現実はもっとずっと難解だ。レフィルを倒してこれから巫子が生まれないように食い止めることができたとしても、いま存在している9番や、メルセナたち巫子はどうなるのだろう。ネルの中にいるという、悪徳な聖女様は?


 メルセナはぱっと立ち上がった。もう頭がパンクしそうだ。

「寝るわ!」

こういうときはいったん頭をリセットさせるに限る。父がいればメルセナのまとまらない思考に答えをくれることもあるのだが、あいにくまだクレイスフィー城の執務室に缶詰めだろう。城に帰れば、父の仕事にも目処がついているかもしれない。

「聞きたい話は聞いたんだもの。明日はクレイスフィーに帰るでしょ?話し合いはお城に帰ってからでもできるはずだわ」

男たちは顔を見合わせた。

「まあ、それもそうか」

「セーナは明日の乗馬に向けて英気を養わないといけないしね」

「ちょっとヒーラ!その一言は余計よ!」


 ヒーラに抗議しつつ、自分にあてがわれた隣の部屋に飛び込んだメルセナは、ベッドにあおむけに倒れた瞬間、自分がへとへとに疲れていることに気がついた。確かに、乗馬はもうこりごりだわ。メルセナはすぐにうとうとしながら憂鬱な気持ちを押し込めた。



 どこか遠くで、どんと大きな音が聞こえた気がした。シェイルディアは夏場でも夜は冷えるというのに、どうしたことか今夜はなんだか蒸し暑い。扉の外が騒がしく、なにようるさいわね、と布団をかぶり直そうとしたところで、メルセナは思いきり肩を揺さぶられた。


「セーナ!セーナ、起きて!!」

「…んん…なにい…?」

「すぐに起きて、荷物を持って!」


 ぼやけた視界に、いつになく真剣な情報のヒーラがアップで飛びこんできて、メルセナはのけぞった。

「わ、なによヒーラ、どうしたの?」

「話はあとで。とにかくすぐに逃げよう」

「逃げようってなに?いったいなにが…」

まだ朝には早いはずだ。メルセナは窓の外を見て、それから絶句した。


 真っ暗なはずのゼルシャの村が火の海に包まれて、煌々と照らされていた。

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