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少女メルセナとおとぎ話の秘密  作者: 佐倉アヤキ
4章 再会の魔法
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※ぼかしていますがやや残酷な表現あり

 そうして、一行は陽が落ちる前にはゼルシャの村の門前に辿り着くことができた。相変わらず、木造の門にはびっしりと人避けのまじないがかけられているようだが、特段迷うこともなかった。

「僕やメルセナはこの村の立ち入りを許されていますからね。あの後も何度か訪れましたが、問題なく来られましたよ」

「ラディ王子、伝書鳩みたいな仕事をずっとしてたわけ?」

大事な仕事なのかもしれないが、いち都市の王子殿下ともあろう方が伝令じみた役目ばかり負わされているのはなんだか釈然としない。リズセム王が一度来て直接レイセリア村長と話せばいいだけの話じゃないのか…そう思ったが、ラディ王子は「僕が好きでやっているのですよ」と言った。

「少なくとも、城にいなければ宰相の小言からは逃れられますから」

なるほど、やはりラディ王子はちゃっかりしている。


 門の前にいた見張りのエルフたちは、こちらを見るなりぱっと顔を明るくした。

「メルセナ!」

「元気だったかい?」

「元気よ。今以外はね!」

慣れない乗馬で脚が小鹿のように震えてしまい、メルセナはヒーラに支えられながらエルフたちに手を振った。

 一方のラディ王子は颯爽と馬から降りると、スタスタと見張り達の前へと歩いていった。彼は筋肉痛とは縁遠そうだ。

「レイセリア村長へのお目通りは可能でしょうか」

「やあ、またアンタかい」

エルフたちはちょっぴり面倒くさそうにラディ王子を一瞥した。何度もここを訪れているというのは本当らしい。

「後ろの人間達は?」

「彼らはメルセナの護衛です。一緒に通ってもよろしいでしょうか?」


 メルセナの記憶が正しければ、メルセナたちは皆揃って()()()()()()()()だったはずだが、王子は都合よく言い回しを変えた。エルフたちはうろんげにトレイズとヒーラを眺め回したが、最終的に同胞の護衛ならまあいいか、という結論に至ったらしい。

「いいよ、通りな」

「レイセリア様のところまで案内するよ」


 見張りのひとりに先導されて(メルセナの足腰が弱っているので亀のような歩みだ)中に入ると、以前から寸分変わった様子のない村が広がっていた。メルセナに気づいたエルフの子供たちが歓声を上げてこちらに駆け寄ってきた。

「セーナだ!」

「セーナ、遊びに来たの?」

「遊びに来たんじゃないのよ、仕事よ仕事」

「おやセーナ、今回はあの別嬪さんは一緒じゃないのかい?」

「パパはクレイスフィーで留守番してるわ」

子供たちのみならず女性陣からも声をかけられる。ヒーラがニコニコしながら「セーナ、人気者だね」と面白がってささやいた。

「半分はパパ目当てよ。前に来たときにパパがここのお嬢さん方を魅了しちゃったもんだから」

「そうさセーナ。君の親父さんに苦情を言っといてくれよ。うちの嫁さんが、あの人のせいでウチの村の男衆がみんなブラウン茸にしか見えないっていうんだ」

先導する見張りから文句を言われた。エルフ特有の食べ物なのか、メルセナはブラウン茸の現物を見たことがないが、昔からこの手の苦情には慣れっこだ。メルセナはいつも通り答えた。

「そのうち目が慣れるわ。パパに熱をあげるのははしかみたいなものよ。つまり誰もが通る道ってこと」


「貴様!」


 大声とともにズンズンやってきたのは、案の定肩を怒らせている村長の息子のエリーニャだ。今日もチャラチャラとアクセサリーをつけている。

「あれだけ他の人間を踏み入れさせるなと念を押したというのに!これだから人間はすぐに嘘をつく!」

「ご機嫌よう、エリーニャ殿。こちらのふたりはメルセナの護衛です。ゼルシャの敷居を跨ぐことをお許しください」

流れるようにこちらに水を向けたラディ王子に、エリーニャは目の前で急停止すると、モニョモニョとしかしだとかそれならだとか口ごもった。

「エリーニャ殿、レイセリア村長はお手隙でいらっしゃいますか?」

「フン、奥の間でお待ちだ。まったく、懲りずに何度も来ては村長のお時間を取らせるなど…」

エリーニャはブツブツ言いながらさっさと奥に引っ込んでいった。トレイズがため息をついた。

「アイツ、相変わらずあんな感じなんだな」

「エリーニャって昔からああだったの?」

「まあな。ま、悪いヤツじゃないんだけどさ」

それはメルセナもそう思う。が、あの頑固さはのちのち村長を継いだあとで困ったことになるのではないか。


 通されたのは、以前に訪れた村長の部屋だ。相変わらずロッキングチェアに腰掛けたレイセリア村長は、ゆっくりとこちらを向いてほほえんだ。ほんの数ヶ月ぶりだというのに、なんだか彼女は一気に老けこんだように見える。彼女の背後に立つエリーニャは警戒して毛を逆立てる猫のようだ。

「まあ、また来てくれたのですね。元気そうで安心しました」

「レイセリア村長…どこか悪いの?」

村長はふふと笑って、緩慢な動作でブランケットをかけた自身の膝を撫でた。

「あちこちガタがきてしまいました。心配をかけてごめんなさい。生きているあいだにまたお会いできてよかった」

「そんな」

言葉は続かなかった。レイセリア村長は焦点のあまり合っていない視線を、メルセナの背後に移した。

「そして…懐かしいお顔があるようですね。随分と貫禄が出られて…ご健勝のようでなによりです、トレイズ神護隊長」

「なに!?」

「…元、です。あのあと退任したので」

エリーニャはぱくぱくと口を開け閉めしながら、不躾にトレイズに人差し指を突きつけた。

「お前があの『紅雨』だと…!?老けすぎだろう!」

「余計なお世話だ!」

「エリーニャ、失礼ですよ。それに、人間というのは、私たちが思うよりもずっと、あっという間に年を重ねてしまうものです」


 レイセリア村長はそして、じっとトレイズを見つめたあとで、首を横に振った。

「どうやら、聞かなければならないお話があるようですが…先にラディ殿下のお話を聞くとしましょう。今回も王殿下からの親書でしょうか」

「ご明察です、レイセリア村長。何度もお邪魔してしまい申し訳ありません」

ラディ王子は謝罪しながらも、シェイルの封蝋が押された巻物をエリーニャに渡した。エリーニャは巻物を広げるなり顔をしかめた。

「エリーニャ、王殿下はなんと?」

「以前と変わりありません。村長の体調を気遣う言葉と、ここ数年のゼルシャの動向を明かしてほしいと」

「そう…」

レイセリア村長は深い息を吐いて、ロッキングチェアの背もたれに身を預けた。キイ、と座面の藁草が軋む音がした。


「もうきっと、隠し立てはできないのでしょうね」

「村長!」

「エリーニャ、王殿下の言う通り、この世の中に生きる以上、永久に人間と隔絶して生きていくことはできません。わたくしたちが繰り返し犯した罪は、いずれ裁かれる日が来る。それがまさに今なのでしょう」


 レイセリア村長はそう言うと、かすかに震える片手を挙げた。すぐに心得たように、側仕えのエルフたちがメルセナたちのもとに椅子を運んでくる。

「長い話になるでしょう。どうぞお掛けなさい。わたくしも、記憶を辿るのに時間がかかりそうです」



 はじまりは、そう。やはり人間の娘を拾って育てたことに端を発しているのでしょう。


 金髪に金の瞳の、可愛らしい娘でした。彼女は他種族ではあったけれど、だからといって双子神の与えたもうた生命を粗末にするのはエルフの掟に反するもの。わたくしたちはその子供にラゼと名付けて、大切に大切に育てようと決意しました。

 ですが、人間の育て方など、わたくしたちは何も知りません。人間の赤子はエルフの同じ生まれ年の子の倍は大きくなり、喃語を話し出すのも、乳離れするのも驚くほど早かった。わたくしたちは途方に暮れました。


 この隠れ里では、あの子を満足に育ててはあげられない。わたくしたちは助けを求めることにしましたが、今まで人間と隔絶されていたエルフの身で、クレイスフィーとの伝手などありません。それでわたくしたちは、この枯れ森の中にある、旧家の屋敷を訪ねることにしたのです。


「旧家?」

 メルセナは首を傾げた。レイセリア村長はゆったりと頷いた。

「神話の時代から続く、(ふる)き一族です。黒を纏うシエルテミナの一家。神の末裔である彼らは、人間よりもよほど信頼のおける存在であると、あのときのわたくしたちは信じていました」


 しかしながら、結果は散々たるものでした。シエルテミナ家の者たちは、けんもほろろにラゼと使いの者を追い返し、なんの知恵も与えてはくれませんでした。そればかりか、あの横柄なシエルテミナの者は、ラゼを見るなり、この娘は怪物を身の内に飼っていると…そんな呪わしい言葉を残したのです。

 ですが、シエルテミナの者たち以上に、わたくしたちのほうが更に愚かでした。あのときラゼを連れて行った使いの者…メイゼという男は、あの神秘的な一族の言葉をまるごと鵜呑みにして村へ帰ってきました。そして、われわれエルフの掟に従って、ラゼの身から怪物を追い出すべきだと…そう語ったのです。


 わたくしたちは、ラゼを厳しく育てました。善悪を叩き込み、清貧を良しとし、この子の中にいる怪物が決して目覚めないようにと、心を鬼にして躾けたのです。ええ、当然、あの子にとっては、まさにわたくしたちのほうが鬼であり怪物であったことでしょう。

 特にメイゼの力に入れようときたら、今思えば、すでにあの子は狂っていたのかもしれません。彼はひときわシエルテミナの思想にあてられていました。もうほとんど信仰といっても変わりありませんでした。彼はたびたびシエルテミナの屋敷を訪れては、夢心地で帰ってきました。


 なにかがおかしいと、冷静な者たちは気づき始めていました。ラゼはわたくしたちの懸念をよそに、非常にまっすぐ素直な良い子に育ち、シエルテミナの言う怪物の片鱗など見えもしませんでした。

 ですが…我々エルフは気位ばかり高く、自らの過ちを認めることはできませんでした。きっと、きっとわたくしたちの「教育」が功を奏したのだと、わたくしたちは信じました。


 そんな時のこと、あるときシエルテミナの一族が滅ぼされたと、そんな報せを受けました。屋敷は燃え、生き残りはほとんどいなかったと、そう聞きました。


「これに関しては、きっとあなたのほうがお詳しいでしょう、トレイズ神護隊長」

 レイセリア村長が声をかけたが、トレイズは蒼白な表情で、椅子の肘掛けを固く握っていた。レクセで聞いた、かつての9番の物語だと、メルセナはすぐに気がついた。トレイズがレナ・シエルテミナを殺した、まさにその事件が起きたのだろう。

「わたくしはその是非を問うつもりはありません。ただ…メイゼが言ったのです、これはラゼの呪いだと」


 そんなはずはないと、わたくしは思いましたし、他の多くの者たちも同様でした。なにせラゼは赤子の頃に一度シエルテミナの屋敷に連れられて以来、一度も村を出たことはなかったのですから。

 ですが、ラゼの処遇をめぐって、村は分裂しかかっていました。その中で決定的な事故…そう、事故が起きました。


 村の人除けの魔法を破って、災厄がやってきました。その者は太刀打ちできない強い力を持っていました。そう、9番目の巫子が、この村を滅ぼそうとやってきたのです。幾人かの同胞が犠牲になり、わたくしたちは皆、死を覚悟しました。

 そんな時でした。皆の先頭に立って、9番の前に立ちはだかり、村を守ったのは、不遇な目に遭わせてしまったわたくしたちの娘のラゼでした。あの子は自らも赤い印を得て、9番がこの村を滅ぼすのを防いだのです。


 にもかかわらず、わたくしたちはまた間違えてしまいました。徹底的に力を封じ、か弱い娘として育てたはずのあの子の戦い方は、情け容赦なく非常に冷徹なものでした。わたくしたちはあの子に感謝するどころか、むしろ…よぎってしまったのです。あの忌まわしきシエルテミナの言う「怪物」が、本当にそこに在ったのではないかと。


 あの子の力を恐れてしまったわたくしたちを、ラゼは見限って出て行ってしまいました。それでもわたくしたちは我が身を振り返ることなく、これで村に平和が訪れるのだと、安堵さえしていたのです。

 しかし…そうではないと分かったのは、それからまたしばらく経った後のことです。メイゼが何やら研究に没頭しているのには気づいていましたが、わたくしたちはさして気に留めていませんでした。村の立て直しと、平穏を取り戻すのに必死で、周囲に目を配ることができていませんでした。


 メイゼはある日、地下からひとりの娘を連れてきました。黒髪に黒い目をした、美しい若い娘です。シエルテミナの特徴を持つその娘を、信じがたいことに、メイゼは「生き返らせた」と、爛々と輝く目でそう言ったのです。


「生き返らせた…」トレイズが反芻した。「生き返らせた?」

「その通りです」

 レイセリア村長はうなだれるように頷いた。

「その娘は、自らをレナ・シエルテミナと名乗りました。あの屋敷に住んでいたお嬢さんで、屋敷が襲われたその日までの記憶を持っていると」


 わたくしたちはメイゼの言葉をすべて信じることはできませんでした。人を蘇らせることなどできないと、そんなことは双子神がこの世界を作りたもうたその頃からの当たり前の摂理で、くつがえすことなどできやしません。きっとあのシエルテミナの生き残りがいたのだと、わたくしたちはそう思いました。


 メイゼとあの娘は愛し合っているように見えました。神の末裔といえど、他種族を受け入れることには抵抗がありましたが、わたくしたちゼルシャの民には共通の罪悪感を持っていました。わたくしたちを守ってくれた人間のラゼを、この村からすげなく追い出してしまったのだという罪の意識です。あの頃のレナは穏やかで誰にも分け隔てなくやさしい娘でしたから、わたくしたちは結局、レナを受け入れることにしたのです。


 転機があったのは…それから五年ほど経ったでしょうか。メイゼとレナは子宝に恵まれませんでした。もとよりエルフは多産なほうではありませんが、メイゼはレナとの子を強く望んでいました。

 その頃から、村から人がひとり、またひとりと消える不可解な事件が起きました。たまに村を出て人里へ降りていく者はいれど、この閉ざされた村で行方不明など、そうあるものではありません。調べを進めている間に、わたくしたちはとうとう、メイゼの怪しさに気づいてしまいました。


 あの子の家に行ったときのおぞましさは…ああ、いま思い出しても背筋が凍るよう。家じゅうに禍々しい魔法陣があり、あちこちが泥と血にまみれていました。その中央でなにか恐ろしい呪文をとなえているメイゼの右手は、まるで血のように真っ赤に染まっていたのです。


「9番…」

 誰ともなくつぶやいた。ラディ王子が後を引き取って尋ねた。

「右手の赤い印は9番の証。つまり、前の9番が役目を降りたあと、そのメイゼ殿が継承したのですね。それでレナ・シエルテミナを復活させた…」

「そうとしか思えませんでした。メイゼの言ったとおり、本当に亡くなったお嬢さんを生き返らせたのだとすれば、それは神の摂理にも抗える巫子の御業にほかありません。その証拠に、レナは人のように飲食も睡眠も必要とせず、その血肉は泥でできていました。あれは…あれは人間ではない、レナ・シエルテミナの魂を持った、ただの泥人形に過ぎないのです」

確かに、レクセで会ったレナは、その身から泥のような液体を流していた。死人が生き返るなんてナンセンスなことはないと思っていたが、まさか本当に泥の中から蘇ったとでもいうのか。メルセナは思わず隣のヒーラの袖を握った。


「しかも、話はそれで終わりませんでした。メイゼはレナとの子を望むあまり、更なる禁忌に手を出そうとしていました。当然のことながら、いかに神の末裔の魂を持つとしても、泥の塊と子をなすことなどできはしません。ですからメイゼは…今度は村人の血肉を使って、レナとの子を作り上げようとしたのです」

 レイセリア村長は苦悩するように手で顔を覆った。エリーニャがその肩をさすって「母上、もうやめにしましょう。これ以上はお身体に障ります」と制止したが、村長は何度も首を横に振った。

「いいえ、いいえ…すべてお話ししなければ。今言わなければ、もう二度と口を開くことはできないでしょう。聞いてください、皆さん。あの子は、メイゼは…最終的には自分の血肉をもってして、生命を作ろうとしました。レナと幸福になろうとしたメイゼは、もはや彼女との子をなすのだという盲執に囚われて…もう、完全におかしくなっていました。9番の印がどうなったのかは分かりませんが、メイゼは最終的に跡形もなく、この世から消えてしまったのです」


 部屋の中に沈黙が落ちた。誰かが、それとも自分がごくりと唾を飲み込んだのか、そのかすかな音にはっとして、メルセナは身を乗り出した。

「そ、それで、どうなったの?」

「…子は確かに、生まれました。ですが…」

レイセリア村長はメルセナと視線を合わせずにうつむいた。

「すぐに死にました。巫子の力をもってしても、魂を冥府から呼び戻すことはできても、新たに作り出すことはできなかったと、そういうことなのでしょう」

彼女は物語をそらんじるように、淡々と言った。まるでそこだけ、話すことを用意していたみたいだ。

「レナ・シエルテミナは?」

「彼女をどうするか、わたくしたちは決めあぐねてしまいました。あの娘は、メイゼの巫子に選ばれたのでしょう、6番の印を持っていました。そして、メイゼを失ったレナはとても不安定でした…村には置いてはいけない、それは確かでしたが、だからといってこのまま彼女を放逐してもよいものか、判断ができませんでした。

 その時です、我が村に迎えが来たのは」

「迎え?」

レイセリア村長はうなずいた。

「変わった髪型をした、神官服を着た少年でした。彼はなにも言っていないのに、こちらの事情に明るいようでした。彼はレナを引き取るとわたくしたちに持ちかけてきました」

「まさか、レフィルか…」

トレイズがうめいた。

「怪しい者だとは分かっていましたが、わたくしたちはもう、一連のできごとに疲れてしまっていました。彼女を村から出し、すべて忘れることにしたのです。わたくしたちは村の守りを固め、なんとか元の暮らしを取り戻すことができたのです」


 レイセリア村長はそこで話を区切り、力無く背もたれに体重をかけて天井を仰いだ。

「…これが、お話しすべきことすべてです。王殿下の希望に即していればよいのですが」

「ええ、王に必ず伝えましょう」

「少し、疲れました…」

レイセリア村長はまどろむようなまばたきをしながら、かすかにトレイズのほうを向いた。

「トレイズ神護隊長…こんなことを聞く資格はありませんが…ラゼは、元気にしていますか?」


 トレイズは固まった。メルセナだって同じだ。ここで真実を明かしてしまえば、レイセリア村長がそのままショックで死んでしまうのではないかと本気で心配した。

「ラゼは…」

トレイズはしばらく言い淀んだが、やがて意を決した様子で顔を上げた。

「いえ。ラゼは、先日亡くなりました」

ヒュッとか細い息を呑んだのはエリーニャのほうだった。レイセリア村長は驚きも悲しみもせず、ただ小さくロッキングチェアを揺らしながら、「そうですか」とうなずいた。

「あなたがここへ来たときから、そうではないかと思っていました…いえ、よいのです。神が許してくださるのなら、冥府できっとまた会えるでしょう。そうしたらわたくしは、今度こそあの子にひれ伏して詫びることができる…」

「…母上?」


 レイセリア村長が不自然に言葉を切ったので、皆慌てて立ち上がったが、彼女の胸がゆっくりと上下しているのを見てほっとした。どうやら眠っているだけのようだ。

 エリーニャも深く嘆息すると、いつものキャンキャンとうるさい声はどこへやら、押し殺した口調で扉の方を顎でしゃくった。

「…村長がお休みだ。お前達ももう休むがいい。部屋は用意する」

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