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少女メルセナとおとぎ話の秘密  作者: 佐倉アヤキ
4章 再会の魔法
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だいぶ長らく間が空いてしまいましたが、4章開始します。全11話です。よろしくお願いします。

 むしゃくしゃしていたって朝は来る。身体は十歳児のメルセナは、これまでに体験したことのない、雲に包まれているかのようなふかふかのベッドでぐっすり眠った。あまりにも寝心地がよすぎて、自宅のスプリングが弱くなったベッドでは満足できなくなりそうだ。


 メルセナは日がすっかりのぼったあとで、ネルに布団を引っぺがされた勢いでころころベッドの下に放り出されるまで爆睡してしまっていた。


「セーナ!セーナ、起きて!」

「あによお」

 むにゃむにゃしながら目をこすると、身支度をきちんと整えたネルのとなりで所在なさげにたたずんでいる、お城の侍女さんが視界に入った。

「申し訳ありません、ネル様」

丁寧に謝罪する侍女さんにネルは首を横に振って、有無を言わさずメルセナのネグリジェを剥ぎとると、肌触りのよいやわらかいワンピースを代わりにかぶせた。ネルは人のお世話をする才能があるわねえ、うとうとしたまま考えていると、肩をペシペシ叩かれた。

「ねえ、セーナ、わたしたち急がなきゃいけないの。朝ごはんを食べたらリズセムさまに会いに行かなくちゃ」

「王さまにィ?なんで?」


 ネルはメルセナの服のリボンを結びながら、眉をハの字にして声をひそめた。

「セオが…いなくなっちゃったんだって」



 すわ誘拐かと思ったが、どうやらそうではないらしい。ギルビスいわく、ルナセオが夜中にこの城を抜け出していった目撃情報があるようだ。

「あの巫子狩りたちを追いかけていったんじゃないの?アイツ、昨日暴走してたじゃない」

あの情緒がぶっ壊れたルナセオならやりかねない。メルセナは昨日の彼の様子を思い浮かべた。ただ、メルセナたちに何も言わずに単身突っ走るほどの意欲が昨日のルナセオにあっただろうか?ちょうどネルを守っていこうと決意を新たにしたところだったのに?


 晩餐のあと、確か彼はリズセム王から話があると食堂に残されていたはずだ。つまり、リズセム王がなにか鍵を握っている可能性が高い。


 これはミステリーの香りがするわ!メルセナは意気込んだが、朝食を済ませたあとで謁見室に赴くと、当のリズセム王はあっけらかんとして言い放った。

「ああ、少年?昨日来ていた巫子狩りに捕まったみたいだね」


 あまりにもあっさりした言い方に一同はしばしリズセム王の言うことが飲み込めなかった。

「つ、捕まった?」

トレイズがひっくり返った声を上げると、リズセム王はなにやら言葉を選ぶように玉座の肘掛けのふちをなぞった。ナシャ王妃は同席しておらず、謁見室の奥にみっつ並んだ豪奢な椅子は、中央にリズセム王が、向かって左隣にラディ王子が座っており、右側の席が空いていた。


「巫子狩りたちは神都へ帰還したようだ。まあ、巫子である以上は死にようがないんだから、命は無事なんじゃないかな」

「……」

 なんだか奥歯にものが詰まったような、嫌な言い方だ。ラディ王子もちょっと困ったような顔をしている。つまり、このふたりはルナセオがいきなり突撃していった理由を知っているのだ。


 なんなら、ぜんぶリズセム王の差し金である可能性もあるんじゃないかしら…メルセナは問いただそうとしたが、それより隣のネルのほうがはやく口を開いた。

「助けに行かなきゃ!」


 ラディ王子の顔が、明らかに「あーあ」と言いたげだった。リズセム王は眉を上げたが、「ま、いいか」とつぶやく。ま、いいかってなに?

「殿下!巫子たちの好きにさせるとは、ためになりませんぞ!」

 玉座の脇に控えていた宰相が声を張り上げたが、この傍若無人な王様は歯牙にも掛けない。

「そもそも巫子の行動は誰にも制限できやしないよ。それに、さすがに丸腰のお嬢さんをひとりで行かせやしないさ」


 むくむくと湧き上がる不信感にメルセナの目が据わっていくのに気づいているのかいないのか、リズセム王は爽やかにほほえんだ。

「騎士団長、誰か有能なやつを彼女につけておやりよ。どうせ君のことだから彼女のぶんの旅券は準備してるんだろ?」

声をかけられたギルビスは一瞬眉をひそめたけれど、優雅に一礼して「仰せのままに」と言っただけだった。


 こうしちゃいられない!メルセナは一歩前に出た。

「ちょっと待って!なんでネルだけ神都へ行くって話になってるの?私たちも行くわよ!」

カリカリしている宰相が口を開きかけたが、リズセム王は片手で制した。

「悪いが、君と紅雨のには別の仕事を頼みたい」

「仕事ォ?」

トレイズと声が被った。

「いやいや、ちょっと待ってください。俺は別にあなたの部下じゃないんだ、あなたの命令を聞くいわれは…」

最初は勢いがあったが、ケツの毛をむしられた過去がよぎったのか、トレイズはリズセム王と目が合った瞬間失速した。

「…ない、はずでは?」

「そりゃそうだけど、君のやりたい仕事なんじゃない?」


 リズセム王はこともなげに言うと、ひらひら片手を振って、隣のラディ王子を示した。

「頼みたい仕事ってのは、そこにいるラディの護衛でね。ゼルシャの村に書簡を届けてもらいたい。交渉ごとはラディがやるけど、こちらの身内にもエルフがいたほうがことが進みやすい。君もゼルシャに用事があるだろう?護衛がてら行っておいでよ」

 トレイズがゼルシャの村に用事?背の高い男を振り仰ぐと、彼の顔色はシャンデリアのあかりに照らされて、やや青白く見えた。


「いや」

 トレイズはかすかに震えながらも食いさがった。「しかし、俺は…」

「それにさ、君と聖女くんが一緒に神都なんか行ってごらんよ。絵面が怪しすぎて門前払いされるのがオチさ。聖女くんには我が騎士団の一員という体で出向いてもらう。そっちのほうが確実だろう?」

「それは…そうですが…」

 なんだか煮え切らない態度だ。あのエルフの隠れ里になにか因縁でもあるのだろうか。首をひねっていると、手を後ろに回して姿勢正しく立っていたギルビスが口を開いた。

「トレイズ。ネルとルナセオのことは、私の信頼する騎士に任せろ」

ギルビスはいつも物腰柔らかで優しいけれど、トレイズに対するときはちょっとだけ声が低くて、歯に衣着せない口調になるのね、メルセナはぼんやり思った。トレイズとは昔の仲間だったというから、お互いにたぶん、メルセナの知らない事情をよく知っているのだろう。

「だから、君はゼルシャに行くべきだ。ラディ殿下とセーナをお守りしてくれ」


 トレイズと一緒なのは癪だが、こんなふうにギルビスに託されるのは悪い気はしない。メルセナは少しときめいた。対するトレイズのほうは、まだしばらく迷っていたが、最終的には諦めた様子でうなずいたのだった。



 なんだかすべてリズセム王の手のひらの上で踊っているような気分だ。釈然としない気分で謁見室を出て、ギルビスの先導で一等騎士の詰め所にやってくると、とある机にうず高く積まれた書類の束が目に入った。言わずもがな、父の席である。

「ああ、お前たち」

父は目の下に隈を作って気だるげな様相だ。こんな劇物、とても外には出せないわ。メルセナは今更ながらに昨日の晩餐にも本日の謁見にも父がいなかった理由を知った。

「パパ、寝てないの?」

「寝てたよ、書類に複写魔法をかけてる時だけ」

勝手知ったる詰め所の応接ソファに腰掛けながら問うと、答えたのは父ではなくヒーラだった。「1、2分くらい」


 ということは、同僚たちも父に付き合って昨夜は徹夜だったらしい。なんだかバツが悪い心地で、メルセナは書類を捌いていく騎士たちを頬杖をついて眺めた。

「私に言えたセリフじゃないけど、他の人が助けてあげられなかったのかしら。こんな弱ったパパ、刺激が強すぎてメイドのお嬢さんたちが気の毒だわ」

「そりゃ自業自得だ。『いつ何時も自分にしか分からない仕事は作るな』というギルビス様の信条を無視して、引き継ぎのメモを一切作ってなかったんだからな」

と、ローシスがきっぱり言いながら、書類のひと束を父の机の脇に置かれた大きな箱の中に放りこんだ。そのまま父の机から新たな書類を取りあげながら、彼は薄いブルーの瞳をぱちんと片目だけ閉じて、ギルビスに最も近い机でガリガリ書類を捌いているダラーに声をかけた。

「エルディ殿も大概だが、ダラー殿も明日は我が身だ。なあ?副団長殿が行方不明になったら俺たちの執務が爆発しちまう」

「私は仕事を無責任に放棄して行方不明になどならない」

ダラーの口調はにべもない。

「あと、私はギルビス様のご指示には従っている。私の業務の引き継ぎ書は三番目の棚の上から二番目の引き出しの中だ」


 ネルの視線がふらりと、室内を囲むいくつもの棚をさまよった。ダラーのいう三番目の棚の在処を探すのは骨が折れそうだ。

「そもそもエルディもダラーも、いつも仕事を抱えすぎだ。同僚や部下に上手に頼るのも上に立つものの技能だよ」

奥からティーセットの乗った銀のトレーを抱えてギルビスがやってきた。ギルビスのお茶が飲めるなんて運がいいわ!メルセナは佇まいを直した。途中、ギルビスは通りすがりに「おい、いつまで凹んでるんだ、いい加減復活しろよ」とトレイズの向こう脛に蹴りを入れていく。


 ネルはしばらくぼんやりと湯気を立てるティーカップの中身を眺めてから、ちびちび飲みはじめた。それを見届けてから、ギルビスは自らもカップに口をつけて話を切り出した。

「さて、殿下の要請だけれど、今ローシスが言ったとおり、そこの生ける屍と引き継ぎ書の位置があいまいな副団長は残念ながらここを空けられない。これ以上この部屋に書類の山を作るわけにもいかないからね」

まあ、この有様では致し方ないだろう。メルセナとネルが揃ってうなずくと、ギルビスは書類仕事に精を出す部下たちを振り返った。

「なので、ネルにはローシスを、セーナにはヒーラをつけようと思う。ローシス、今、急ぎの仕事はないかな?」

「そりゃありませんけど、なんの話です?」

ローシスが手を止めて顔を上げた。

「ファナティライストにルナセオが捕まったから、ちょっと行って救い出してきてほしい」

「はァ!?」


 机と顔面がくっつきそうだったグロッキーな父が弾かれたように起き上がった。

た。

「なぜそんなことに!」

「さあ?とにかく、殿下はせっかくの神都へ乗り込む口実を逃したくはないらしい。というわけで、ローシス。ネルと一緒にしばらく神都へ出張してくれ」

 メルセナは目をしばたいた。神都へ乗り込む口実?

「ああ、なるほど。仔細承知しました。このひと山を捌いたらいつでも出られますよ」


 ローシスはギルビスが一から十まで説明しなくとも、すべてを理解した様子で快諾した。このふたりは昔から仲がいい。ローシスは今の一等騎士の中ではいちばんの古株で、ギルビスとも阿吽の呼吸だ。間に挟まった副団長のダラーはよく歯噛みしている。

 一等騎士の中でもローシスがついてくれるなら安心よね。ネルはよく知らない騎士と二人旅と聞いて不安なのか、メルセナの袖をつまんでいたが、子供好きで社交的な彼と一緒なら気づまりにはならないだろう。


 そして、ギルビスは今度はヒーラに視線を移した。

「それで、セーナはラディ殿下とともにゼルシャへの使いに行くことになった。トレイズがいれば危険はないだろうが、いかんせん彼に守れる人数は腕一本ぶん少ないからね。一応ヒーラをつける」

「セーナの護衛!やったー!」

ヒーラが諸手を挙げて喜ぶのに、メルセナは内心でぎくりとした。昨夜のヒーラのセリフを思い出すとちょっぴり緊張するが、口うるさいトレイズのほかにも同行者がいるのは心強い。


「一等騎士をふたりも割く必要がありますか?」

 ダラーははしゃぐヒーラを睨めつけながらぶつくさ文句を言った。「世界会議前のこんな忙しい時期に」

「文句は殿下に言うんだね、言えるものなら」

王族至上主義のダラーには無理だということが分かっているのだろう、ギルビスの言葉に愚痴を引っ込めたダラーに、我らが騎士団長はほほえんだ。

「あの究極の仕事中毒にお仕えするには、私たちも馬車馬のように働けということさ」

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