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少女メルセナとおとぎ話の秘密  作者: 佐倉アヤキ
2章 浮雲の少年と後悔する男
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 あくる朝、メルセナはばしばしと掛け布団を叩かれて文字通りたたき起こされた。

「おい、起きろ!起きろってば!」

「んもお…なによお…」

もぞもぞしながら目を開けると、視界に少年の顔が飛び込んできて、メルセナは思わず悲鳴を上げた。

「キャー!なにっ!?変質者ァ!」

「痛ェ!人聞きの悪いこと言うなよな!」

勢いよくビンタをかました相手をよく見ると、泊めてもらうことになった家の息子、グレーシャだった。相変わらず着崩した制服姿で、耳やら首やら腕やらがアクセサリでジャラジャラしている。しかも一丁前に香水までつけているらしい。甘いムスクの香りにメルセナは顔をしかめた。

「レディの寝顔をのぞき込むだなんてそれだけで罪よ、罪。だいいち、ノックもせずに女の子の部屋に来るんじゃないわよ」

「ノックはしたけど起きなかったんだろ!それどころじゃねえよ、みんな朝からどっか行っちまって、俺とお前しかいねえんだよ」

「はあ?」


 メルセナは部屋を見回した。昨晩はあのまま眠ってしまったのを誰かが運んでくれたのか、いつの間にかメルセナはベッドの中。一緒のベッドで寝ることになっていたはずのネルの姿はなく、近くに鞄が置きっぱなしになっていた。

 グレーシャにぐいぐい腕を引っ張られて一階に降りると、彼の言う通り家の中はしんと静まり返り、確かにみんなして外出しているようだった。

「な、な?誰もいないだろ、あいつら俺たちだけのけ者かよ」

「アンタはともかくなんで私までのけ者にされるのよ」

「知らねーよ、お前が大口開けて寝こけてたからじゃねーの」

いちいち言動が癪に障るやつだ。グレーシャを思いきり睨んでも彼はどこ吹く風で、「早く支度してこいよ、あいつらを探しに行くぞ」とのたまった。



 そんなわけで、メルセナは着替えるなりグレーシャと朝の外出に繰り出す羽目になった。とはいえ、ネルもルナセオもなぜメルセナを起こしてくれなかったのか。ぶつくさ愚痴りながらも、父の言いつけを守って袖を引き延ばして手首を隠し、マントのフードをかぶると、グレーシャは不思議そうに首を傾げた。

「暑くねえの?」

「目立ちたくないの」

「ああ、エルフだもんな」

グレーシャが都合よく勘違いしてくれたので、メルセナも訂正しなかった。彼は腕を組みながら空を仰いだ。

「さて、あいつらがどこへ行ったか心当たりはあるか?」

「さあ。パパたちはわざわざこっちから行かなくても昼前にはここに来るはずだし」

宿まで出向かなければならないほどのトラブルがあったのだとすれば、ますますメルセナが置いて行かれた意味がわからない。唇を尖らせていると、グレーシャはふむふむと目を閉じて頷いた。

「じゃあ、セオの家かな。おばさん、セオのことすげー心配してたし」

「セオの家?」


 言われてみればここはルナセオの故郷だ。トレイズは帰れないと一蹴していたが、彼の実家もこの近くにあるのだろう。トレイズの居ぬ間にこっそり家に帰ったのかもしれない。

「そういえば昨日、セオもお母さんのこと心配してたわね」

「じゃあ決まりだな。あいつんとこ、おじさんがあんま帰ってこないからさ。そんで、おばさんはすげーふわふわした人で。セオのやつが料理とかやってたんだよな。あいつが行方不明になったときは驚いたぜ、セオがあのおばさんを置いて家出なんてするわけねーし」

あのヘラヘラした様子からは想像がつかないが、意外にもルナセオは苦労人らしい。グレーシャについて歩きだしながらメルセナは尋ねた。

「アンタ、セオの友達なの?」

「そうだよ、学校の同級生。お前こそセオとはどういう関係?いつから一緒なんだよ」

「昨日たまたま会ったばっかり」

メルセナの返事に、グレーシャは片眉を上げた。

「なんだ、ほぼ初対面かよ。アイツのこと聞こうと思ったのに」

「セオって行方不明だったの?」

 昨日のトレイズの話では巫子狩りに襲われたと言っていたから、メルセナと同じように追っ手がかかっていたのかもしれない。ルナセオのほうは暗い過去など何もないというように呑気で安穏とした態度なので気にしていなかったが、彼は彼で大変な目に遭ってラトメまでたどり着いていたのか。


 グレーシャは落ち込んだ様子でがっくりとうなだれた。

「そう。ちょっと前にさ、突然いなくなったんだ。しかもその数日後にはラゼの…同じ日に消えた同級生の死体が出てきてさ。なにかに巻き込まれたことは間違いないんだよ。でも、アイツなんにも言わねえし」

巫子狩りに殺されたという前の巫子のことだ。メルセナはどきりとした。

「セオって、これが嫌いだとかこれが辛いとか、あんま言わないんだよな。いつも人の愚痴聞いたり、喧嘩の仲裁に入ったりはするのにさ。心のイヤなこと感じるところがぶっ壊れてんのかなー」

「友達の心を勝手にぶっ壊すんじゃないわよ」

「ちげーよ、心配してんだって。お前、なんか知らない?」

メルセナは口をつぐんだ。ルナセオに対して漠然と感じていた違和感が、グレーシャの言葉で腑に落ちた。そうか、彼が何事にもヘラヘラ笑って軽い調子に見えるのは、特になにか秘密があるわけではなくて、彼自身の性質によるものなのかもしれない。


 昨晩、路地を睨んでいたほの暗いルナセオの目を思い出す。嫌いも、辛いも、彼の中にはきっと存在しているはずなのに、その感情をなかなか表に出せないたちなのだとしたら、あの少年の行き場を失った恨みはどこに向かうのだろう。

「知るわけないでしょ、昨日会ったばっかりなんだから」

 とはいえ、ルナセオの現状を素直に巫子とは無関係のグレーシャに明かしてしまうわけにはいかないだろう。メルセナはしれっと嘘をついた。

「お前のパパって、どっち?小汚いほう?銀髪のほう?」グレーシャは突然ガラリと話題を変えてきた。

「銀髪のほうよ」

「ふうん。あの変わった髪の子といい、どういう組み合わせ?お前のパパって不死族だよな?」


 メルセナは仰天してグレーシャを見た。

「なんでパパが不死族だって分かったの?」

「そりゃ銀髪に瑠璃色の瞳って言や、不死族のうちの一家の特徴だし…いや、身体的特徴は必ずしも遺伝しないんだっけ?でも、どう見てもお前くらいの子供がいる歳には見えないだろ」

「そりゃそうだけど、でも、普通の人は不死族なんて知らないでしょ?」

 シェイルの街の人々の間では父が不死族だというのは有名な話だけれど、それはどんな種族だろうがおおらかに受け入れるあの街の気風によるもので、外からやってきた人はそもそも不死族という種族自体を知らない者がほとんどだ。エルフの耳ようにはっきりとした身体的特徴があるならまだしも、不死族は見た目はただの人間と変わらないので、自分自身が不死族だと知らずに一生を人間として生きていく者もいると聞いたことがある。


 するとグレーシャは、目を白黒させるメルセナをケラケラ笑い飛ばした。

「だって俺の親父、不死族だもん」

「親父って、神都で高等祭司やってるっていう?」

「そ。ていうか、多分セオんとこもおばさんが不死族だぜ。セオは知らないっぽいけど」

「嘘でしょ!?」

いくら人間に紛れて暮らしているとはいえ、そんなにあちこちにいる種族ではないはずだ。しかし、グレーシャはあっけらかんとしていた。嘘をついている様子はない。

「うちの親父、17歳で“止めた”らしいからさ。昔、なんで親父はいつまで経っても若いままなんだろうって思って、めちゃくちゃ本を読み漁ったワケ。いやー、不可思議な生き物って案外身近にいるモンなんだな」

「普通、親が老いないって知ったら子供としてはショックを受けるもんなんじゃないの?」

 少なくともメルセナは、まだ小さい頃、父はこれ以上歳をとらず、ちょっとのことでは死ぬことはないと聞いて、父を置いていってしまうと大泣きしたものだ。よほど大騒ぎしたらしく、いまだにその時の光景はご近所の語り草になっている。

 しかし、グレーシャは呆れたように首を傾けた。耳元のピアスがシャラシャラ揺れている。

「はあ?普通ってなに?ショックって受けなきゃいけないモン?」

「別にそういうわけじゃないけど」

「普通、常識、一般論。どれも多数決で勝ったほうが勝手に言ってる建前だろ。不死族だってエルフだって、そこにいるんだから普通も特別もねえよ」


 グレーシャの考え方には眼から鱗が落ちるようだった。人里に暮らすエルフのメルセナも、不死族の父も、昔から「普通ではない」代表格のような扱いをされていたし、それが当たり前だったから。

「確かに、そうかも…」

「だろ?ま、母親が自分と同年代に見えるのになんとも思ってないセオはなかなかに『フツーじゃない』けどな。あいつもさすがに自分が中年になる頃までには気づくだろ」

 幼なじみを連れ去られたネルも、自分の悪感情を表に出せないルナセオも、この世の中には「特別」であふれていて、メルセナはその一部に過ぎないのか。そう思うとなんとなく気持ちが晴れていくような気がした。


「ていうか、そういう話がしたいんじゃねえよ俺は。お前らが何者かって話だろ」

「何者もなにも…」

 返答に迷ってあたりを見回すと、道の先に人影が見えた。黒いローブ姿の、これまた黒い髪の女性…そこまで見てぞっとした。枯れ森で会った、あの女だ!

「あれ?あれは…」

グレーシャの声に、魔女が気づいて振り返ろうとしたところで、メルセナは慌てて彼の腕をひっつかんで細い路地まで引きずった。

「なんだよ?」

「あいつ、悪いやつよ!シェイルの連続行方不明事件の犯人で、あいつの追っ手のせいでパパが怪我したんだから!」

「はぁー?」

グレーシャは素っ頓狂な声を上げた。

「お前、小説かなんかの読みすぎなんじゃね?」

「ちがーう!あいつの名前も分かるの、アンタのパパと同じ、神都の高等祭司のレナ・シエルテミナ…」


「みぃつけた」


 冷たい手で背筋を触られたようなぞっとする感覚に、メルセナは振り返った。曲がり角の塀に手を当てて、ゆっくりと姿を現すと、「にたり」と笑ってみせた。

「ああ、やっぱり。こんなところで会えるなんて嬉しいわ、エルフのお嬢さん」

「ギャア、出た!」

「うわっ、俺を盾にすんなよ、ちんくしゃ!」

グレーシャの背中に隠れてレナをうかがうと、彼女はゆらゆらしながらこちらに歩を進めてくる。陽の下で見ても不気味な出で立ちだ。

「私の預けていたものを、返しにきてくれたのね?いいわ、許してあげる。あの印があれば、またあの人を呼んであげられる…」

「かかっ、かっ、返すわけないでしょ!バカ言わないで!」


 そもそも印がレナからメルセナに移った理由も分からないのに、返すもなにもない。メルセナはグレーシャの背後から果敢に言い返したが、レナはこてんと首を傾げた。

「返してくれないの?あなたが人のものを奪ったのに。そんな…そんなの許せないわ」

雲行きが怪しくなってきた。彼女の足元からピキピキと冷えた氷が張っていく。剣呑なレナの黒い瞳に怖気が走った。あぶない、そう感じたところで今度はメルセナの腕がぐいと引っ張られる。

「逃げるぞ!」


 グレーシャが地面からつかんだ砂を思い切りレナに投げつけて、その隙にふたりは走り出した。うしろを振り返る余裕もないメルセナとグレーシャは幸いにも知らなかった。顔をレナが、ゆうらりとふたりの背中を見た、そのときの形相を。

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