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3-1 嫌味な転送担当者を蹴り飛ばす(実話)

「ねえ平くん、私、昨日の夜なんかやらかした?」


 ひそひそ声だ。なんせ今俺達は転送装置の前。ちょっと離れたところに転送担当者の白衣が見えてるからな。


「いえ別に……」


 上司だしなあ。バーで酔っ払って俺に胸を押し付けてきたとか、正直に教えるのもかわいそうだし。


「楽しく飲んだじゃないすか」

「そう……」


 安心したのか、ほっと息を吐いてる。


「実は後半、よく覚えてなくて」

「気持ちよさそうでしたよ」

「なんか……エッチなことした?」


 なんだか泣きそうだ。もしかして断片的に少しは覚えてるのかな。


「いえそんな。それはそれは清らかな夜で。もう修道院のおろしたてのテーブルクロスくらいに」

「それならいいけど」

「寝ちゃったみたいだから、タクシーに乗せたんですよ」

「そうみたいね。気がついたらマンションに着いてたし。……ありがと」

「そこ。こっちに来てください。転送準備ができたので」


 転送担当者から声がかかった。「そこ」ってなんだよ。これでも我が社期待の新規事業(補助金目当てだが)の精鋭チームだぞ(落ちこぼれともいう)。


 転送装置は大量の電力を消費するので、異世界子会社のちんけな雑居ビルには置けない。もちろん本社にも。ちょうど本社脇のイベント会場跡に異世界通路が湧いたんで、そこに設置してある。


 異世界通路が湧いたのは、世界でもここだけ。これ自体が貴重な資源だ。実はここだけの話、その後、日本に別の通路が湧いているという。僻地なのをいいことに公にはされておらず、知っているのは日本中枢のごく限られた人数らしい。業務が業務なんで、俺も数少ないひとりってことさ。


 日本に異世界通路は他にも出現か出現しているけど、広い敷地に豊富な電力とか、こんな好条件の物件はそうない。しかもウチの本社のすぐ近くとか。それもまあ、ウチが受注できた理由のひとつではあるみたいだ。


 装置の見た目はまあ、「エンジニアの悪夢」ってとこかな。テーマパークのアトラクションひとつくらいの大きさで、わけのわからない配管だの配線だのがのたくってる。


「行きますか。吉野課長」

「待って。今、コート脱ぐから」


 ロングコートのボタンを外しながら、吉野さんはロッカーに向かった。


 電力を食うからとかで、異世界に余分なものは持ち込むなと厳命されている。必要最低限の衣服に、忘れちゃならない仕出し弁当。それくらいだな。いずれなにかどうしても必要なものでも出れば、そのとき申請することになる。


 今日の仕出しは、タマゴ亭の中華弁当。エビチリだの白身魚フライの黒酢あんかけがぎっしり詰まった、俺の好きな奴だ。付け合せのザーサイがまた、適度な塩味とうまみで最高なんだよな。


 ちなみに他の仕出し屋の外れ弁当だと、くそマズいチャーハンに硬い肉、せいぜいでゆで卵プラスみたいな奴もある。今んとこ、異世界弁当は当たりばかりだ。タマゴ亭が多いからかな。もうタマゴ亭一社だけに絞ってもらうよう、吉野さんに頼んでみよう。


「お待たせ」


 仕出し弁当の当たり基準とコストに関していつもの無駄妄想にふけっていると、吉野さんが戻ってきた。


「じゃあ行きますか――って、うわっと!」

「なに」


 俺の大声に、吉野さんがびっくりしている。


「なんすか、その格好」

「変? タイトスカートとかはやめて動きやすい服にしろって、平くんが命令したんじゃない」

「命令……じゃなくて、アドバイスですけど。それ、ボンデージみたいに見えるっす」

「動きやすい服、これしか持ってなくて」


 いや「その筋」の本気ボンデージじゃないのかもしれない。しれないが、ツヤツヤした黒いフェイクレザーのジャンプスーツに編み上げブーツ。まあなんだ。SMの女王様風としか言いようがない。


「前どこかで買った奴なんだけど。そんなにおかしい?」


 また泣きそうな声だ。


「いえそんな。いいっすよ」

「ならよかった」

「こ、今度、オフの日にいっしょに服買いに行きましょうか。アウトドアショップが家の近所にあるんで」

「わあ。うれしい。じゃあお願いね」

「へい」


 女王様に異世界うろつかれても困るしな。って、転送装置に向かうと、転送担当者、口をあんぐりして吉野さんを見つめてるな。もう上から下まで。ぴっちりした服ではっきりとわかる、吉野さんの隠れ巨乳や、見事に締まったプロポーションを。


 この野郎……。


 だいたいこいつ、前から気に入らなかったんだよな。俺を「現場社員」「ましてその落ちこぼれ」「しかも謎子会社に左遷したクズ」としか見てないの丸わかりでさ。


 そりゃお前は院卒で開発部門のエリート様なんだから、そう思うのかもしれないけどよ。俺達が命がけで作った地図で(サボりながらだが)、テメーの給料稼いでるんだぞ(補助金だがなー)。


 などと説得力のあまりない怒りに燃えた俺は、つまづいたふりして、思いっくそケリ入れてやった。


「おっと悪い悪い」


 悲鳴を上げて倒れた野郎を見下ろしながら、口だけ謝ったさ。


「ここ床、歪んでますね。しっかりメンテしないと評価に響くんじゃないですかね。じき、半期の査定だし」

「……早くここに乗って」

「はいはい」


 一段高くなった転送マーカーに乗ると、手を貸して吉野さんも上げてあげた。


「ありがと」


 吉野さんは、三人分の仕出し弁当の入った風呂敷(古風w)を手に持っている。レナは俺の弁当を分ける程度で済むから、三人分な。


 俺を一瞬睨みつけると、担当者はまた吉野さんに視線を移した。


「今から三十秒後に転送します。ビームを絞るので、もっと近接してください」

「はい」

「吉野課長、もっとこっちに」

「うん――あっ!」


 いつもはふたりで並ぶ程度だが、俺は吉野さんの肩を抱き寄せた。そのまま強く抱いてやる。


「た、平くん」

「ビームがブレますよ、課長。じっとして」

「は、はい」


 ボンデージ風の課長とくっついた姿をしっかりあの嫌な野郎に見せつけたまま、俺はいつもの異世界へと転送された。ざまあ。

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