6-5 宝物庫が空ってマジすかw
「うわっ眩しい」
吉野さんが額に手をかざした。タマの猫目も、すっと細くなる。
「どういう仕組みなんだ、この明かり」
壁一面、もちろん天井一面も発光している。均一な強さで。輝く苔が生えてるとか、そんな感じさ。
「古代の魔法が今でも効力を持ってるなんてな」
「ああ。驚きだ」
「さてお宝は……って空じゃないか」
アーサーが見回している。たしかに、ちょっとした体育館くらいの広い部屋だが、棚もなにもなく、がらんどうだ。ただ一箇所だけ、小さな棚が残されていたが、それも空だ。
「これのどこが宝物庫だ、ミフネ」
アーサーは露骨に落胆している。宝物探索も役目のひとつであるスカウト職だけに、古代の宝となれば期待するのは当然と言えた。
「遷都のときに中身は持ち出したんだろう。床を見ろ」
たしかに、古代のものと思われる貨幣や割れた陶器の欠片などが、床に散らばっている。
「となると、問題はなんであの棚だけ残されたかだな」
アーサーは唸った。
「棚なんか価値がないからじゃないの」
トリムは関心がなさそうだ。
「それなら、なぜ他に棚がない。書物庫には残っていたぞ」
「それは……棚を使うようなお宝は、あのくらいしかなかったとか」
「いや、なにか裏があるだろ」
言ってから俺は考えた。宝物庫だったと仮定しての話だが、ここは普通の宝物庫じゃない。なにせ書物庫の裏に隠してあった秘密部屋だ。特に貴重な品だけ収めていたはずだし、さらに奇妙な仕掛けがあっても不思議ではない。
「まあ見てみようや」
件の棚は、ごく普通に見えた。木製のラックというか、日本で言うなら、どこにでもある本棚といった感じ。
「この木。……古代樹だよ、間違いない。古代の魔法樹製だ」
棚を撫でていたトリムが呟いた。
「あたしらエルフは森の民だからね。樹木は詳しいんだ」
「トリムが言う魔法樹だけどね、心を持っていたと言われているよ、ご主人様。魂が通じ合った者にだけ、特別な加護を与えたとか」
「へえ……」
さすが、レナは物知りだな。
「それよりこれ、動かないな。特に固定されてはいなさそうなのに」
先程から押したり引いたりしていたアーサーが、首を捻った。
「軽そうなのに動かないのは、やはり魔法なのか」
「それか、魔法樹の意志かもね」
「でもこれもう、魔法樹というよりただの素材だろ」
「きっと契約したんだ。……ちょっと待って。説得してみる」
「説得? この家具をか」
「黙ってて」
棚にそっと手を置くと瞳を閉じ、トリムがなにか小声で囁いた。俺にはわからない言語で。よくわからんが、古代エルフ語かなんかだろ。いやつまり、この世界ができた頃の言語――つまりインドの哲人ゴータマ・シッタールダがここを開闢した当時の、旧いヒンズー語かなんかとか。
「うん。お願い」
しばらく説得していたトリムが手を離すと――
「もういいよ。動かして。納得してくれた。あたしらはいい奴だって。王女を探しにきただけだって」
「そうか」
スカウトと近衛兵が両側から取り付くと、棚はわずかに動いた。
「おっ。動くぞ」
「だが、これだけのようだ」
五センチずれたくらいで、棚は止まってしまった。
「もう動かん。どうなってるんだ」
「話がついたんじゃなかったのか、トリム」
トリムがキャビネットに聞くと、後は鍵だとか。
「鍵……。どういうことだ」
「見ろ、こいつの裏に隙間がある」
「なんだ。また扉か」
「だからこの意志を持つ棚で封じてたってわけか。扉を隠すために」
「どうにも念入りなこった。……開くか?」
「いや、引いてもびくともしない」
「どんな鍵なんだ」
「ボクが見てくるよ」
俺の胸から、レナが飛び出した。
「ボクならこの隙間、通れそうだし」
「頼むレナ。……ただ、充分注意しろよな」
「わかってるよご主人様」
レナが隙間に消えてしばらく。
「うわっなにここ」
叫び声が聞こえた。
「大丈夫か、レナ」
「うん。平気。……でもここ、凄いよ。こっちに部屋があって」
「どう凄いんだ」
「まあ待って。鍵って、どうやら生体認証みたいだけど、こっちからは誰でも開けられそうだよ」
言うそばから、なにか金属質の音がして、棚がそのまま横にスライドした。
「ほら、入ってきてよご主人様」
言われるまでもない。俺達は隠し部屋に殺到した。




