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3-6 シノダ山の天界通路アゲイン

「さて……」


 俺は周囲を見回した。


「……ここは変わらないな」


 険しいシノダ山の頂上。そこまでキラリン跳躍してきた。ごつごつした岩がそこら中に突き出ている。見下ろすと山肌はすぐ層雲に消えている。あの下に、亜人村ライカンがあるはずだ。


「なんだか懐かしいわね」


 吉野さんも感慨深げだ。山頂片隅に見えている天使亜人キングーの小屋に、視線を投げている。


「あそこで会ったのよね、キングーちゃんと」

「僕も夢のようです」


 ぎこちなく、キングーは笑ってみせた。照れくさいのかもしれない。


「誰とも異なる自分の心や体に戸惑い、ただ独りここに隠棲していた。なのに平さんに出会い、いつの間にか自分が女子化するなどと……」


 人間と天使の間に生まれたキングーは、両性具有……つまりアンドロギュノスだった。いつぞや温泉で確かめたから間違いない。俺と暮らすようになって次第に胸が膨らみ下半身にも変化が起きて、もうほとんど女子のようなものだ。いや俺が視認したわけじゃないが、一緒に風呂を使う吉野さんやレナがそう言ってるからな。間違いはないだろう。


「生きてるといろんなことがある。いいことも悪いことも。そういうことさ」

「そうですね、平さん」


 微笑んだ。


「いいことばかりです、平さんと出会ってから」

「なら良かった」

「それより早く天国に行こうよ、ご主人様」


 俺の胸から、ひょこっとレナが顔を出した。


「でないとみんな、ここでまったりしちゃうよ、ほら」


 両腕を広げてみせる。


「あーたしかに……」


 レナやタマ、トリムやキラリンといった初期使い魔以外は、ここは初めてだ。全員ウキウキピクニック気分。朝日に照らされた雲海を見下ろす壮大な光景に感動したらしく、あちこち指差しては笑い合い、茶など飲んでいる。


 エンリルとケルクスが語り合い、サタンとエリーナが手を繋いでいる。珍しく、エリーナは屈託なく笑っている。キラリンとトリム、タマはなにか、以前ここに来たときのことでも話しているようだ。身振り手振りでなにかを伝えている。


「……まああと十五分くらい、遊ばせておこう。みんな楽しそうだし」

「急ぐ旅じゃないものね、平くん」

「そういうことです、吉野さん」


 今日ここに来たのは、天界に上るためだ。そこでキングーの母親、つまり天使イシスに会う。もちろん、かつての聖魔大戦、そして邪神についての情報を集めるためだ。


 そもそもキラリンは天界にマーカーを撃ち込んでいる。だから直接跳躍も可能ではある。だがここでワンクッション挟んだのは、シノダ山の現況を確かめるためだ。キングーの故郷も同然だからな。なら少しくらい、遊んでもいいだろ。


「僕の小屋に行ってみましょう、平さん」


 キングーに手を引っ張られた。


「設備が無事なら、清浄な水が保たれている。みんなで飲みましょう」

「いいわね、それ」


 吉野さんが微笑んだ。


「一休みして、それから天界ね」


         ●


「いつ来ても……なんかうら寂しいなあ」


 下界で充分休んだ俺達は、キラリン跳躍で天界へと上った。相変わらず、立ち込める雲だか霧だかで周囲は見通せない。天界……というイメージからは程遠く、冷たく寂れた印象だ。もちろん、人っ子ひとりいない。


「まあ……これが天界だからね。もう慣れたら、お兄ちゃん」


 キラリンは呆れ顔だ。


「お前は元機械だから、もののあはれって感覚がわからないんだよ」

「『もののあわれ』とは──」


 無表情のまま、いきなり語り始めた。


「日本美学の概念で、「もののあはれ」とも表記されます。これは、物事の本質や無常を感じ、心が動かされる情感や哀愁のことを指します。平安時代の文学や詩、特に『源氏物語』などで多く見られる表現です。『もののあわれ』では、自然や人々の日常生活の中で、瞬間の美しさや儚さ、感動を感じ取る感性のことを強調します。桜の花が散る瞬間や、秋の夕暮れの風景など、自然の一瞬の美しさを見て、その儚さに心が動かされる感覚です。この概念は、日本の文学、芸術、文化に深く根付いており、今でも多くの人々に共感されています──」

「あーもういいよ。お前、AIかよ」


 なに百科事典みたいに脳内検索してるんだよ。


「それにその口調。いつもみたいに話せよ」

「平さんが悪いのです」


 エリーナは苦笑いしている。


「キラリンさんを馬鹿にするから」

「馬鹿にしちゃいないさ」

「したもん」


 キラリンは普通の口調に戻った。まあ……機嫌直してくれたんなら、それでいいわ。


「相変わらず賑やかですねえ……平のチームは」


 どこからともなく声が響いた。目の前の霧だけがふと晴れると、そこにたおやかな女性が立っていた。ドレープがひらひらした真珠色の天使服を着て。


「久し振りですね、キングー」

「母上もお元気そうで」


 会えてふたりとも嬉しそうだ。


「それにしても平、また仲間が増えましたね。それも……」


 黙ったまま、俺達を見渡した。俺、吉野さん、レナ、タマ、トリム、キラリン。それにタマゴ亭さん、サタン、エンリル、ケルクス、エリーナ……と。


「それもかわいらしい娘ばかり……」

「す、すみません」


 全てを見通すような瞳に見つめられて、急に恥ずかしくなった。夜な夜な寝台で嫁相手にあれやこれやしているのが。


「謝ることはありません。命が繁栄するのに大事なことですから。ただ……」


 困ったように首を傾げた。


「ただ、我が子キングーも大事にしてあげて下さいね」

「それは……もう……あの……」


 まだしてないし……と言おうとして止めた。この場合、してないのが大事にしている証拠なのか、しているのが大事にしている証拠なのか。それは微妙だと思ったから。


「安心して下さい母上」


 キングーが俺の手を握ってくれた。


「皆と同じく、僕はもう平さんの嫁です。……ただ」


 瞳を伏せた。


「その……まだ寝台を共にしていないだけで……」

「まあ……」

「こ、今晩ふたりで寝ます」


 思わず口走っちゃったよ。


「……」

「……」

「……」


 キングーも仲間も、驚いたように俺を見つめている。


「いやあの……キ、キングーさえよければ……だけど」

「……」


 黙ったまま、キングーが頷いた。こっくりと。見る見る頬が赤くなる。


「あの……俺……」

「いいですよ、平」


 イシスが笑い掛けてきた。


「平の心と気持ちはわかっています。あなたの……好きになさい。……ところで」


 改めて、俺を見つめる。


「ところで今日は、なんの用ですか。まさか……娘さんを俺に下さい……とか」

「いやいやいやいや……」


 首をぶんぶん振っちゃったよ。


「いやいや……嫌じゃなくて、それは嬉しんですが……その……」


 真面目な顔で冗談とか、天使のくせに人が悪すぎる。かつて人間と結婚していたから、人間らしい部分があるのかな。


「き、今日は、邪神についてなにか聞けないかと。あの野郎が復活間近らしいんで」

「イシス様」


 キングー絡みでしどろもどろの俺を見たのか、吉野さんが助けに入ってきた。


「私と平、それにこの仲間はすでに一度、邪神と戦っています」

「ほう……」

「マナ掘削用の素体という、ダミー体躯でしたけれど。それでも、ものすごく強かった」

「邪神ですか……それはそれは……」


 天使イシスは瞳を細めた。それから語り始めた。七百年前から百年続いた、聖魔対戦、そして邪神の真実を。

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