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3-5 猫越百貨店の謎採寸

「これは平様、それに吉野様、お久し振りでございます」


 例の広い採寸室で、泉さんが俺達を待っていた。六十代くらいの、渋いおばさまが。光沢すら感じられる白いシャツに黒いタイトスカート、細身のブラックスーツ姿。もちろん靴はピカピカ。いい感じに白髪が交じった髪は、きれいに整えられている。今日も首に、採寸メジャーを掛けてるな。


「本日は賑やかでございますね。素敵なお嬢様方ばかりで……」


 わいのわいのやる俺の仲間を見渡して、楽しげに頬を緩める。興味深げにトリムは、トルソーを撫でている。どうやら生地見本用のジャケットが気に入ったようだ。なんなら買わせるか。ビシッとしたブラックスーツの男装エルフとか、それはそれでかわいいし。


「皆様のリゾートウエアをお作りすると、小山からは聞いております。間違いはございませんか」

「はい。俺と仲間、合計十一人分ですね」


 胸に隠れているレナは抜きだ。こいつには後日、ドールショップで俺達と似た服を誂えてやる。いきなり四十センチの妖精なんか出したら、えらい騒ぎになるに違いないし。それに泉さんの採寸メジャーじゃ太すぎて、なにも計れないしさ。


「リゾートウエアと申しましても、色々な方向性がございます。それこそ我が国古典の浴衣から、現代風のフーディースタイルまで」

「アロハっぽいのがいいかなと、みんなで決めました」


 吉野さんはウキウキしている。吉野さんは俺の嫁を束ねる大黒柱的な存在だ。それだけにみんなをきれいにするのが楽しいんだろう。


「アロハ……ですか、素敵ですね。柄はいかがですか。たとえば発祥の歴史をリスペクトした和柄のビンテージ風とか、南国風土をプリントした楽しげなもの。あるいは思い切ってポリネシア文化のトライバル柄なども、アバンギャルドで面白いと思います」

「楽しいのがいい!」


 俺の胸から声がした。


「……」


 胸に手を当てると、服越しに頬をつねってやる。いや参加したいのはわかるが声は出すな、レナ。


「……今のは」

「すみません。俺、腹話術の練習してて」

「忘年会の余興用です」


 吉野さんもフォローする。


「そうですか……(にっこり)。では、楽しげな南国プリントで決めましょう。ちょうどいい生地が入っております。プリントは彩度抑えめなので、ヤシの木やサーフ柄プリントでも渋めです。皆様お美しいので、服はあまり主張しないほうがよろしいですし」


 これがお世辞じゃなく事実なとこが凄いよな、考えたら俺の仲間。


「生地はシルク。八十番と細い糸で強い陽光に白銀に輝きますので、リゾートウエアにぴったりです」

「ストレッチ素材にしてくれ」


 ぼそっと、タマが口を挟んだ。


「動きやすくないと困る」

「ストレッチ……ですか」


 戸惑ってるな。


「八十番生地は柔らかいので、動作の妨げになることはないと存じます」

「それに防刃性ぼうじんせいが必要だ」

防塵性能ぼうじんせいのうですか……。ドバイの砂漠リゾートにご滞在とか?」

「いや、敵の刺突を一度は防ぐくらいの剛さが欲しい。戦いは命懸けだ。炎上魔法であっさり燃えないような難燃性も」

「……?」


 文字どおり「目が点」になってる人、初めて見たわ。


「無茶言うな、タマ。それにこれは戦闘用じゃない。そもそも拠点で寛ぐときの衣装だぞ」

「それでも襲われることはある」


 引かないなー。同じく戦闘種族寄りのダークエルフ・ケルクスやドラゴンロード・エンリルがなんとか説得してくれたよ。とりあえず生地に防炎性を高めるコーティングを施すことでまとめてな。


「そ……それでボトムはどうなさいますか」


 心を立て直した泉マネジャーが、なんとか口にする。さすがは百戦錬磨の百貨店レディーだ。


「ミニスカートだ」


 タマが即答。


「敵の頭蓋を蹴り割るんだ。ハイキックできないと困る。長物だと動きが鈍るからな」

「ミ……ミニスカートですと、あんまりトップスと合いませんが」


 息も絶え絶えで草。


「ショートパンツでいかがでしょうか。それなら平様とお揃いにできますし、リゾートにぴったりです」

「スカートがいい。ミニだとオスが油断するからな。脳筋モンスターや発情カスを相手にするときは、女だと侮られるくらいがいいんだ。楽に殺せる」


 タマ……。いやそりゃそうだけどさ。


「……」


 さすがに泉さん、絶句したか。


「泉さん、ミニスカートとショートパンツ、両方作ってよ。全員分。それでいいじゃん」


 トリムが助け舟を出した。たしかにまあ、そりゃそうだわ。別に金をケチる理由もないし。


「どうせシャツも数着ずつは作るしのう」


 エンリルが微笑んだ。


「これを身に着け、平の奴を悩殺するのが楽しみだわい」

「それいいね。あたしのマリリンママの分も作ってもらおうかな。体型はあたしと大差ないからおんなじで。マリリンママも平お兄ちゃんの精子を直接体で受けたがってたし、遅かれ早かれ着ることになるもんね。……もちろんあたしも、平パパの子供産むし」


 中坊然としたキラリンが精子だのなんだの口にしたんで、さらに困惑の表情だ。おまけに俺は兄貴なのかパパなのか。いずれにしろその子供産むって話が勝手に進んでるし。


「さて、では採寸して頂けますか」

「は、はい」


 異様な発言が続く中でも、常識人に見える吉野さんが淡々と話を進めるんで泉さん、ほっとしたみたいだな。カンダタの蜘蛛の糸に縋ったみたいな表情になってて笑うわ。


「そ、それなら問題ないですね。……平様にもミニスカートをお作りしますか」


 なんとか冗談が言えるまでに、メンタルが回復したようだ。


 だがすぐに……。


「これは……」


 タマの尻尾を見た泉さんは、またしても絶句した。上も下も秒で脱いで、タマは下着姿だ。パンツの上から二股の尻尾が垂れ、ゆっくり揺れている。なにしろ尻尾があるんでタマの下着はいつも尻が半分くらい出るヒップハンガースタイルの、短い奴だ。


「あの……俺と吉野さん、三木本商事で異世界事業に従事してまして。タマは異世界人です」


 猫目ネコミミは人間化けしていても、下着姿になれば尻尾はさすがに隠せない。


「そうなんですよ。あの事業絡みで出会ったのが、この仲間です」


 と、吉野さん。うまい言い方だ。うち何人が異世界人か、これならわからない。


「そうですか。あの三木本の……」

「ここのところ世間を騒がせてしまってすみません」

「いえ……」


 首を振ると微笑んだ。


「なんでも、社長解任の陰謀を、どなたかが覆したとか。もしや……」にっこり

「ご想像にお任せします。……それよりタマ、別に脱がなくてもいいんだぞ」


 一応注意はしておくが、もう脱いじゃったからなあ……。


「面倒だ。それにこのほうが、服の上からの計測より正確に計れる。わずか数ミリの服のひきつれで動きが鈍り、戦いで死ぬことだってある」

「なるほど。それもそうじゃのう……」

「うむ。あたしもそうするか」


 タマに習い、エンリルとケルクスが服を脱ぐ。エンリルの白い肌とケルクスの褐色肌が好対照。どちらもAI製作かってくらい、スタイルが整っている。人間離れしていると言えるほどにも。


「ならあたしもー」


 トリムが参戦すると、つられるようにみんな、服をぽいぽい脱ぎ始めた。吉野さんやエリーナ、キングーは几帳面に畳んでいるが、キラリンやサタン、タマゴ亭さんは雑駁に脱ぎ散らかしている。


「皆様……素敵ですね」


 俺の前でも全員ためらいがないので泉さん、なにかを悟った……というか悟りの境地に抜けたようだ。もうどうにでもしてくれという表情。ここは老舗だし彼女もプロだ。この話を誰かに漏らしたりはしないだろうし、まあいいか。呆然としていても「きれいですね」とか容姿に関する発言をしないところにも、プロ意識の徹底を感じるし。


 控えめな思春期下着姿のキングーの前がほんの少しもっこりしているのにはさすがに驚いた様子だったが。キングーはまだ、完全には女体化していないからな。


 いずれにしろ泉さんは、全員の採寸を終えると、生地サンプルを持ってきてくれた。生地は少しだけもらって持ち帰る予定だ。後日、レナの分を仕立てないとならないし。みんな嬉しそうに感想を口にしていたよ。


 まあなんとか無事に済んで良かったわ。……無事に済んだかちょっと疑問ではあるが。


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