3-4 日本橋室町、猫吹稲荷神社から猫越百貨店へ
「よし、着いた」
日本橋室町、猫吹稲荷神社境内。俺は周囲を見回した。あたりに人影はない。高層建造物に挟まれた狭い境内に、ただビル風が吹き抜けているだけだ。
「さて、行こうか」
「うん、平くん」
楽しげに、吉野さんが俺の腕を抱いた。
「あたしの生まれ故郷だもん。懐かしいわー……」
タマゴ亭さんも楽しげだ。
「この境内の床下に潜り込んで、よく地蜘蛛獲りしてたんだー」
「意外にアウトドアキッズだったんですね、タマゴ亭さん」
「やんちゃな小学生だったからね。日本橋や銀座、築地が遊び場所で、毎日駆け回ってた」
今日はいつもの仲間十一人(プラス隠してあるレナ)で、日本橋の老舗、猫越百貨店に用足しだ。なんせ俺以外全員が美少女&かわいい系美人なので目立つ。二、三人ならともかく、全員連れてるからな。なので猫越間近の神社にキラリン跳躍してきたってわけさ。もちろんエルフ連中やタマはニンゲン化けさせてある。
……といっても、猫銅像から入り口を入った途端、女子やおばさま客の視線を一身に浴びることになったが。なんたって一階は海外高級ブランドが店子で入る特選ブティック街だからな。ブランド袋提げた客だけでなく、店員までぽかんと口開けてて笑う。まあ……キラリンとかサタンは美少女枠というより「連れのお子様」感があるけど。
注目を浴びるレッドカーペットの気分でエスカレーターで二階に。二階は紳士服コーナーだが、当然のようにここでもイケメンやおっさんの注目を集めてしまった。
紳士服コーナーを通り過ぎて奥のパーソナルショッピングデスクへと向かう。以前ここで、俺のスーツを誂えてもらったんだよな。吉野父が神戸店の太客だから、吉野さんが特別な顧客カードを持っていて。
「これはこれは吉野様」
パーソナルデスクに向かうまでもなく、途中で背後から声が掛かった。振り返ると、スーツのときお世話になった五十絡みのブラックスーツマネジャーが立っている。満面の笑みだ。
「小山でございます。お久しぶりで。……平様も」
うおーっすげーっ。俺と会ったの一度だけなのに、顔と名前を覚えてやがる。さすがはプライマリー顧客専門マネジャーだ。
「それに素敵なお嬢様方も……」
連れを見回して微笑む。十人もの美少女パワーに圧倒されない……というか少なくとも表面的にはそう見えるのはさすがだ。
「おや……」
ふと、首を傾げた。
「こちらのお嬢様には見覚えがありますね。もしや……タマゴ亭様の」
「よく覚えてるねー。あたしが運び込むお弁当はみんな、バックヤードなのに」
感心している。
「タマゴ亭様の仕出しは上質ですからね。スタッフ皆が口を揃えております」
「ありがと。お世辞でも嬉しい。デパ地下超充実の猫越さんに褒められるなんて」
「お世辞ではありませんよ……ところで吉野様、本日のご用向きは」
無難に話題を切り替える。
「はい。今日は友達みんなで、揃いのドレス……というかリゾート服を誂えたくて」
実は、みんなの婚姻衣装のつもりだ。今のところ俺は、誰とも正式な結婚式は挙げていない。挙げるとしたら日本の法律上で籍を入れる吉野さんだが多分、挙げはしないと思う。
俺達はもう、日本の……というかこの世界の常識からはかなり離れた暮らしと考え方を持っている。今更形だけ慣習に従うのも、なんだかこの世界の神様に悪い。
だから親族にお披露目する結婚式ではなく、仲間の魂の繋がりを確認するためのドレスを誂える。なんての……世界の部族がそれぞれ持つ、祖霊に祝福されるイニシエーションの伝統衣装のようなもんよ。もちろんひらひらしたドレスなんかを作る気はない。俺達の暮らし方に合った、リゾートウエア的な奴にしようと、みんなで話し合って決めてある。
「ほう」
すっと瞳を細めると改めて、小山マネジャーは女子連中を見つめ直した。
「これは……やりがいがありますな。こちらのお嬢様方全員でしょうか」
「はい」
「平様は……」
「彼にも。みんなを引き連れていて似合うようなものを」
「……」
「引き連れて」などと関係を匂わす微妙な単語を吉野さんは選んだが、小山マネジャーは気にも止めていないようだった。多分脳内で、俺と仲間の体型や醸し出す雰囲気を分析しているのだろう。
「皆さん多様ですな。ですが美しさという意味で統一が取れております。……ふむ」
頷いた。
「それでしたら以前、平様のスーツを担当致しました泉に任せましょう。彼女は本来オーダースーツ担当マネジャーですが、もちろんファッション全般に知見を持っておりますし、それに……」
微笑む。
「それに平様のお好みもよく存じ上げております。彼女なら……平様とお連れ様もお気に召す組み立てができるかと……」
「お願いします」
俺の好み……と聞いて、吉野さんも嬉しそうだ。なんだかんだ、俺の趣味に合わせてくれるからな、吉野さん。