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3-3 麻布狸穴の秘密会合

「会いたかったよ、平くん」


 麻布狸穴あざぶまみあな。隠れ家蕎麦屋の隠し階段を降りた先。例のSM部屋で、海部はまっていた。


 三木本商事前金属資源事業部長。社内陰謀との闘争を俺と握りながらも、反社長派になぜか追い込まれ退任した男。社長解任睨みの臨時取締役会開催が決まった後、反社長派に関する重要なヒントを、ここで俺に与えてくれた。


「久しぶりですね、海部さん」


 だだっ広く、赤黒い壁紙。壁には拘束具が埋め込まれており、隅にはベッド。ひとつだけある棚には、鞭なんかのSMツールが並んでいる。赤いソファーで、海部は俺を待っていた。


「相変わらず、すごい部屋っすね、ここ」


 蕎麦屋ご主人の趣味部屋と聞いている。秘密の会話が絶対漏れない部屋として、海部が使っている。……と、ここで話してくれたな、前回。こんな部屋なんでもちろん今日は、誰も連れてきていない。まあ……レナだけはこっそり胸に隠しているが。


「少しは慣れたろ」

「いや全然……。ここ異様だし、二回目だし」

「いつでも使っていいと、君には言っておいたろ。蕎麦屋の主人には話は通してある」

「俺にこんな趣味ないし。……それに海部さんの趣味のベイビープレイもね。だからそっちのお誘いも受けてないでしょ」

「おかしいなあ……」


 首を捻っている。


「君は三回目だろう。誰かかわいい娘と一度ここを使ったと、主人は言っていたが」


 ギクッw


 まあなんだ……その……ここはSM部屋だ。そして俺の嫁にはM気質の俺の上司、吉野さんがいる。つまり……その……。


「なんだ、押し黙って。誰と来たんだ、平くん。誰にも言わん。話せ」


 じっと見つめてくる。


「やはり吉野くんかね」

「……どうですかね」

「なんでも君、吉野くんのご実家で、正式に結婚の許しをもらったらしいじゃないか」

「どうして知ってるんです。そんなこと」


 神戸の実家で、吉野さんのご両親に歓待され、倒れるまで飲まされた夜を思い出した。気がついたら深夜で、客間のベッドで寝かされていた。そして……吉野さんも隣に寝ていた。裸で俺に抱き着いて。


 いや……実家に戻ったのにこれ許してくれるのか……と驚いたが、翌朝聞くと吉野さん、夜中にこっそりしのんできたらしい。「独り寝がさみしくて」って話だったけど、大胆だよなあ……。


 まあ……実家のベッドで……というのに興奮して俺も結局、吉野さんを組み敷いちゃったんだけどさ。声を出させないようにするのに苦労した。あと……早朝にこっそり自分の部屋に戻らせるのにも。もし吉野さんが妊娠したら、ハネムーンベイビーならぬ実家ベイビーだなこれ。結婚報告の旅のつもりで、避妊具なんてもちろん持ってきてなかったしさ。


「ふふっ……」


 ただ笑うだけだった。……でも驚いた。さすがは三木本の出世頭だった男。侮れない。


「なんでもあの取締役会で、吉野くんが大暴露したというからな。自分は平くんの女であると。……自分だけでなく他にも多くの異世界人が、君の彼女だと」


 片方の眉を上げてみせた。


「まさか出入りの弁当屋の娘まで口説いていたとは驚いたがね。あの娘美人だから若いのがみんな狙っていたが、誰にもなびかないって話だったのに」

「へへっ……すみません」


 笑って受け流すしかない。


「どうだ。ここ使ったの、吉野くんとだろう」


 身を乗り出す。


「私の見るところ、彼女にはそういう気配がある」


 どうやら、その点だけはバレてはいないようだな。


「あーもうっ」


 俺の胸から声がした。ぴょこんと飛び出したレナが、俺の肩に留まった。


「男の人ふたりだと、ぜえんぜん本題に入らないんだもんっ。すけべっ」


 ぷくーっと頬を膨らませた。


「そりゃあボクだってそういう話題は好きだよ。サキュバスだし。でもご主人様、この部屋で吉野さんと楽しんだ内容とか、これまたぜえんぜん教えてくれないし」

「このバカっ」


 ほっぺをつねってやった。


「ひたいひたいー」バタバタ

「全部バラしやがって」

「これはこれは……」


 目を見開いて、海部はレナを見つめている。


「このかわいいのも会議に現れたとは聞いていた。妖精という話だったが……淫魔なのか」

「そだよー。でもあんたにはなにもしてあげないよ。ボクはご主人様だけの使い魔だし」

「にしても……海部さん」


 レナを黙らせるために、テーブルにあったツマミを食わせた。蕎麦屋ならではの揚げ蕎麦だ。こいつが口突っ込んでくると、話がそっちにずれる。


「会議のこと、よく知ってますね。退任後の話なのに」

「そりゃあな。私にも外部に目や耳がある」

「黒幕が副社長の鉾田だと、海部さんあんた、さりげなく俺にヒントをくれましたよね。あのとき……この部屋で」

「あのほのめかしに気付くとは、さすがは平くんだ」


 うまそうに、ブランデーのグラスを口に運んだ。


「まあでも黒幕とはわかりませんでした。黒幕は経理プロパーの水野常務が鉄板。それで副社長鉾田を反社長派に口説き落としたからとうとう臨時取締役会を発議したんだと思った。だって……三木本商事の副社長は上がりポストですからね。まさか長年の慣習を破って社長を狙っていたとは……」

「あいつは相当やばいんだ。……三猫銀行大手町本店の騒ぎを知ってるだろ。鉾田が裏にいた」

「ええ、恩のあるメインバンク、しかも本店という銀行の顔に泥を塗ったんだ。自分が……社長になるために」

「あの事件で反社が動いていたのは知ってるだろ。鉾田の息の掛かった」

「ええ」

「社長追い落とし陰謀の黒幕が鉾田だと、あるとき私は確信した。だがそれで逆に追い込まれた。私や家族の命まで狙うと、ほのめかしてきたからな、向こうは。……脅迫にならないよう、極めて曖昧な表現で」

「それで退任されたんですか」

「命には代えられないからな」


 肩をすくめてみせた。


「私はともかく……孫の命まで」

「それで俺にも、あんなまだるっこしいヒントをくれたってわけですか」


 土方歳三の辞世の句がどうだとか、門割制度がこうとかな。調べていくと、反社長派の動きと鉾田の名が浮かび上がるような仕掛けだった。


「ああ。私は何も言っていない。君が勝手に邪推しただけだと、明白に説明できるように」

「まあ……助かりましたよ。鉾田が黒幕とは思わなかったけど、転んだとはわかった。それで俺も社長解任動議をひっくり返すよう、票読みできたし」

「ウチの社外取締役だった三猫銀行の北上常務を拉致して表決に殴り込んできたらしいな、君が。先様は本店不祥事でてんやわんやだったというのに」


 くっくっと含み笑いする。海部のブランデーグラスに、レナが勝手に首を突っ込んだ。どうやら飲みたいらしい。自分のグラスの酒をテーブルにこぼしてやると俺は、レナを摘み上げてそこに置いてやった。舐めてるけどこれ、蜜にたかるカブトムシだなまるで。


「おまけに君は、異世界のドラゴンや獣人で騒ぎを起こした。陽動作戦として。そのどさくさで常務を拉致し、解任表決をひっくり返した。同票否決に持ち込んだ上に、君の力に恐れをなした反社長派は総崩れ。結局解任賛成は黒幕鉾田副社長と、動議提出者で引っ込みがつかない水野常務だけになった」


 体をソファーにもたせると、ふうと息を吐いた。


「結局、二対十と圧倒的な票差で否決。鉾田と水野はその日のうちに退任に追い込まれた」


 俺の目を見つめる。


「私の想定以上の暴れぶりだ。……すっきりしたよ。それを伝え聞いてね。自宅のリビングでひとりガッツポーズで叫んだから、末の娘が驚いていた。まだ嫁入り前の実家暮らしだからね」

「ご主人様はね、やるときはやるんだよ。海部のおじさん」

「そうかそうか」

「そうだよー。実際、アッチもすごいからね。ボクと吉野さんを同時に攻めつつ、タマにはご奉仕させたりするし」

「ほう」

「冗談ですよ。なっレナ」つねりっ

「ひたいひたいー」バタバタ

「それでも仲がいいのかね、君のご主人様の……その……嫁のみんなは」

「もちろん。なんならもうひとり妊娠してるし。それがドラゴンの──ひたいひたいー」

「どうだ平くん。ウチの末娘も」

「へっ!?」

「いい娘だぞ。性格もいいし美人だし。まだ二十代前半だが、ちょっとおっとりしていて危機感がないんで、誰かいい彼氏でも……と思っているんだが……」


 見つめられた。


「君なら任せられるな。十人かそこらの嫁を仲違いもさせず、みんな満足させて幸せにしてやってるんだろう」

「はあ……まあ……仲がいいとは……思いますが」

「そうだよー。なにしろときにはみんなで一度にベッドで──ひたいひたいー」

「と、とにかくもう嫁は間に合ってます。それより海部さん、今後の身の振り方を教えて下さいよ」

「私かね」

「ええ。三木本の筆頭社長候補にまで上り詰めた傑物だ。このまま隠居なんてないですよね」

「まあ……もう反社の脅しもクソもないからな。実は……」


 海部は自分の計画を教えてくれた。その晩、遅くまで、俺と海部、それにおまけのレナは楽しく飲んだよ。礼を言って辞して、タクシーに収まった。ほら今日は、キラリン連れてきてなかったからさ。


 帰路。タクシーの背後に一台、ずっとついてくる車がいた。そのことを思い出したのは後日、トラブルが起きてからの話さ。

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