3-2 東海道新幹線、新丹那トンネル
「落ち着いて、平くん」
「は、はい……」
先ほどからそわそわそわそわ。高速で流れていく新幹線の窓外を見てはビールをぐびぐびやっていて、吉野さんに呆れられた。
「別に取って喰われるわけじゃないでしょう」
「そりゃ、吉野さんにとっては実家だけど、俺にとっては敵地の砦みたいなもんで」
「馬鹿ねえ……」
笑われた。今日は俺と吉野さんのふたりっきり。他の嫁や仲間は同行していない。なぜなら……。
「はい、もう一本どうぞ」
自分の分の缶ビールを渡してくれる。
「お父さんと会うのは明日なのに、今からそんなに緊張していてどうするの」
タマゴ亭さんの実家に押しかけたから次は……というわけではないが、流れでふたり、吉野さんの実家にこうして向かっている。
「……でもですねー」
新丹那トンネルに突っ込んだので、窓の外は暗闇になった。どえらく長くブラックアウトが続くから、しばらくは気も散らせないだろう。
「はあ、こう長時間で引き寄せられていく感覚がたまらん。キラリン跳躍で跳べたらなあ……」
「キラリンちゃんを持ってきているんだし、向こうにフラグ立てればいいでしょ。新神戸駅とか、ウチの実家裏とか」
吉野さんの実家は芦屋にある。同じ芦屋でも十三とかいう、ヤバいくらいの「代々」アッパークラスタウンじゃないというけれど。
でも、それはそれで商売にいいんだと。お父さんは神戸で小さな輸入商社を経営している。芦屋に住んでいるのも営業半分。なにしろそこの住人が……というよりそこの住人の所持する資産管理法人が……取引相手らしいからな。超高級住宅街より一段落ちつつご近所さん……という線を狙っているらしい。
「キラリン跳躍かあ……」
懐からキラリンスマホ、つまり異世界跳躍Iデバイスを取り出してみた。あーもちろん本物は退職時に返却済み。手元にあるのは異世界で分裂したほうな。
「そうそう。そうすれば次回からは秒で行けるじゃないの、平くん」
そうだそうだと言わんばかりに、スマホがぶるっと震えた。いやキラリン、俺だってわかってはいる。だがなあ……。
「そうですが、それはそれでなんか嫌だ」
「呆れた……。駄々っ子ね、まるで」
「だってそれだと、吉野さんがすぐあっちに行っちゃいそうで……」
「馬鹿ねえ……この子は」
俺の腕を、優しく胸に抱いてくれた。
「私は平くんだけのものよ。お父さんやお母さんは私の家族。でも平くんは私の……恋人じゃないの」
「はあ……俺に言えるかな。娘さんを俺に下さい……って」
「そういう言い方じゃなくてもいいわよ。それになんだか、くれだのやるだの古いかも。……私は物じゃないし」
「それもそうですね。俺達結婚します……の完全報告方式にします」
「そうそう。それなら許可を取る形にもならないし、平くんも緊張しないでしょ。単なる報告なんだから。それに……平くんと前に会って、お父さんはもう私たちのことを認めている。挨拶は単なる形式よ、形式」
たしかに例の銀座七丁目の社長御用達ワインバーで以前、お父さんと飲んだ。……というか面接か試験な感じだったけど、あれ。まあ合格はしたと思う。二次会まで行ってお父さん、上機嫌でホテルに帰っていったし。
「そう……ですね」
気が楽になった。
「さすがは俺の吉野さんだ」
「あっ……」
長いトンネルを抜け、一気に景色が開けた。今ならみんな外を見ている。抱き寄せると、吉野さんにキスを与えた。
「だめ……平……ご主人……さま……」
しっとりと、吉野さんの瞳が濡れてきた。
「そういうのは今晩……ホテルで……。ホテルで……ご奉仕して……あげるから」
「愛してます」
「ずるい……」
諦めたかのように、体から力が抜けた。俺に全て身を任せ、キスを受け入れてくれる。
「平くん……好き……」
「俺もです……」
車両間ドアが開いて、車内販売が現れた。カートをごとごと押しながら。
「さあ……」
唇を離したが、体は抱いたままだ。
「新幹線名物、スゴイカタイアイスでも食べましょう。異世界のアイスジャベリンより硬いって奴」
「車内販売って……もう……」
いきなりキスされた余韻からか、吉野さんはまだうっとりしている。頬も紅潮しているし。
「……もう無いのかと思ってた」
「期間限定復活らしいですよ。なら買うしかないっしょ」
「うん」
ふたりでアイスを味わったよ。考えてみればレナを使い魔にしてからこっち、吉野さんとふたりっきりのプライベートというのはほとんどなかった。こういう仲になるまで、タマも込みでの四人パーティーを組むまでの会社では、普通だったけれど。
だからなんだか新鮮だ。いかん俺、今晩めちゃくちゃ燃えちゃいそう。明日父親に吉野さんを見せるというのに、前日死ぬほどふたりでアレするとか、なんだか背徳的だ……。
なんだか昂って無言になった俺を尻目に、吉野さんはおいしそうにアイスを食べ続けた。俺はというと「あのかわいらしい口に今晩……」とか、例によってしょうもない妄想に耽っていた。