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3-1 割烹「額田屋」(現タマゴ亭)で大宴会

 その日、額田美琴ぬかたみこと、つまりタマゴ亭さんの実家「タマゴ亭」に、俺達は招かれ……というか里帰りしていた。もちろん娘さん本人と、その事実婚相手である俺、平均たいらひとしが。


「いやあ……」


 タマゴ亭さんのご尊父──というか下町仕出し弁当屋のご主人だから、「親父」と呼んだほうがしっくり来る外見だが──は、並んだ俺とタマゴ亭さんを前に、眼尻を下げている。「目が線になる」という表現が、これほど合う人はいないわ。五十絡みの働き盛りだ。


「美琴みたいな跳ねっ返りを嫁に取ってくれる人が現れるとは……」


 大喜びだ。


「ちょっとお父さん、それじゃ平さんが物好きみたいじゃん」


 一応は抗議してみせるが、親子ならではの親密な雰囲気が、場には漂っている。


「だってお前、いい歳なのに恋人どころか女友達すらまともに作らないから、心配してたんだぞ、母さんと。それなのに出入りの三木本商事のエリート社員をうまいこと捕まえただけじゃなく……」


 なんか本音ダダ漏れだがまあいいか。親父さんは手を広げてみせた。


「こんなにたくさんのお友達を……」


 畳が二十四枚ほど敷き詰められた大きな部屋を、親父さんが示した。「俺達の友達枠」として、俺達以外に九人がテーブルを囲んでいる。吉野さんにタマ、トリム。それにキラリン、サタン、キングー、エンリル、ケルクス、エリーナ。……要するに、俺チーム全員だ。もちろんタマとトリム、ケルクスは耳や尻尾、ネコミミを偽装して、人間化けしている。


 みなもう先程から、先付けやお造り、煮物などの宴会料理をわいわいと、楽しそうに食べている。懐石……というほど厳密でないのが、むしろフレンドリーでいい感じだ。


「ウチは創業八十年。先々代から仕出し弁当に業態を変更したが、元はここ日本橋の地場割烹『額田屋』だ。弁当屋になってからここ離れの特別室は、使ってこなかった。残したのは何代も続くおなじみさんから稀に、宴会を頼まれるから。それがまさか……」


 涙ぐんでいる。


「まさか娘の里帰りで使うことになろうとは……」

「いやだなあ……お父さん」


 言いながらも、タマゴ亭さんが父親の手を取った。


「泣いたら平さん、びっくりしちゃうじゃん。……あたしも配膳手伝おうか。次は焼き物と揚げ物でしょ。造りたての熱々さが大事だから、なるはやで持ち込みたいでしょ」

「いいんだお前は」


 袖で涙を拭った。


「お前はもう平家の嫁。ウチにしてみればよその家のお客様だ。手伝わせるわけになんかいかないさ」

「……」


 親子の価値観の話なので、俺はあえて口を挟まなかった。仲良さそうな雰囲気だし、なんか提案する必要もないだろ。

 それでは……と俺に会釈して立ち上がると、そそくさと親父さんは廊下に消えた。


「いつ会っても、いい人だな」

「そう?」


 俺の猪口ちょこに、日本酒を注いでくれた。額田屋が割烹としての営業を止めてから随分経つ。だから酒器も今風のぐい呑みではなく、古典的な猪口だ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 くいっと一気に空ける。それが猪口のマナーだから。初期の猪口はそもそも、高台こうだいすらないベーゴマのような形状だった。要するに注がれたら飲み干さないとテーブルに置けないようになってるわけよ。額田屋の猪口はそこまでの古形状ではなく高台を持つ近代風だけど、だからといってぐい呑みと同じ飲み方は、ちょっと違う。


 飲み干すための器だから、ぐい呑みより容量が少ないしな。


「……」


 容量が少ないから、キラリンやサタンといったウチの酒豪クラスタは、もう手を休めることもなく次から次へとついでは杯を空けている。面倒になったのか、キラリンなんか仕舞いに一号八勺徳利を手に取ると、直接ごくごく飲んでいる。いやお前、中坊みたいな見た目なのに、中身昭和のおっさん社畜かよ。


「大勢で押しかけて悪かったかな」

「ううん」


 タマゴ亭さんは首を振った。


「お父さんも言ってたでしょ。大喜びだよ」

「まあ外形的にはみんな友達だけどさあ……」


 タマゴ亭さんの手を取った。


「ほとんど俺の嫁だからなあ……。違うのはキラリン、サタン、キングーの三人だけだし」

「それだってもうすぐご主人様のお嫁さんになるよ、絶対っ」


 シャツの胸から、レナが顔を出してきた。ぷはーっと息を吐きながら。


「ねえご主人様、もうボクもご飯食べていいよね。隠れるのはここまでで」

「大丈夫だよ、レナちゃん。配膳のときはお父さん、ちゃんと入り口で声を掛けてきて、入っていいか確認するし」

「さすがは歴史ある店ね」


 吉野さんはしきりに感心している。タマゴ亭さんとは反対側、俺の隣だ。


「割烹なのに、料亭みたい」

「まあうち、割烹が流行り始めた初期に創業だしね。だから食べて、レナちゃん……って、繰り返すまでもなかったか」


 レナはもう、俺の飯を次々味見し始めている。いつものようにテーブルにあぐらを組んだまま。


「レナちゃん、これ食べて。細かくしておいたから」


 吉野さんが、小皿にまとめた「レナ飯」を、そっと置いた。


「ありがと、吉野さん。……気の利かないご主人様とは大違いだね、けけっ」

「感謝するだけでいいだろ。俺に流れ弾よこすな」


 レナ用のカップも、吉野さんは用意していた。自分の猪口の酒を、それに小分けする。レナカップ小さいから、徳利から直はさすがに難しいからさ。


「それにしても……」


 俺の猪口にも注いでくれながら、吉野さんは首を傾げた。


「邪神って、想像以上に厄介そうね」

「ええ……」


 酒を一気に流し込むと、思い返した。あの火口で、ヴェーダが教えてくれた情報を。


「邪神には決まった形態はない……でしたっけ」

「うん。私たちが戦ったのは、『邪神の影』。人間の魔道士のような、ローブ姿の中年男だった。でもあれ、マナ掘削用の影って言ってたしね」

「エンリルの母親が戦ったときは、巨大な両手持ちドラゴンスレイヤーを振り下げた重戦士だったらしいしなあ……。背中に羽が生えていて高速に飛行するという」

「それにヴェーダの話だと、戦闘中に何度も形態を変えられるってことだったよね」


 今度はタマゴ亭さんが注いでくれた。飲み干す。


「体型やモンスター特性、攻撃手法だけならともかく、装備はどうするのかしら、防具とか、それこそドラゴンスレイヤーとか。バトルフィールドに並べておいて、いちいち選び直すとかおかしいし」

「物理の装備じゃないんじゃないすかね、吉野さん。全てを空中のマナから錬成できるとか……」

「そっかー。一度の戦いで自由自在に変わられるんじゃあ、苦戦必至ね。だってそうでしょ。進化ボスだって大変なのに、進化どころか存在ごと大変化するんだから」


 注いでくれる。飲み干す。


「はい、こっちも」


 今度はタマゴ亭さん。俺の盃を取り合うようなふたりのやり取りを、にやにやしながらレナが見つめている。


「おいおい……」


 注がれる前にと、猪口をテーブルに置いた。


「そんなにされたら酔っ払っちゃうよ。今晩、誰とも相手できなくなる」

「ふふっ」

「へっへーっ」

「けけっ」


 三人で笑い合っている。


「……なんだよ」

「ご主人様がそんなに弱いわけないもん」

「様々なマジックアイテムで賦活されてるしねー、能力」

「それにレナちゃんのサキュバスパワーで絶倫化もしてるしさ」

「なんなら泥酔してぐっすり眠ってるときでも、ボクたちがちょっと触るとご主人様の下半身は……」

「ふふふっ」

「……ねえ」

「な、なんだよ……」


 三人、意味深に笑い合っている。


「まさかとは思うがお前ら、俺が人事不省になったとき……なんかしてるんじゃないだろうな」

「平ボスは主体的に動きたがるからな」


 向かいから、タマが参戦してきた。


「でも意識がなければ別だ」


 銀杏ぎんなんをいくつか引っ掴むと、口に放り込む。


「たまにはあたしたちも、ボスをおもちゃにしたいし」

「そうそう。立場を逆転させてね」

「私は平くんにいろいろされるの好きだけれど……」


 潤んだ色っぽい瞳で、吉野さんが俺を見つめる。まあM気質だからな、吉野さん。


「でもたまには、タマちゃんやケルクスさんと一緒に平くんに跨るのも、楽しいし」


 いつものおしとやかな吉野さんにしては、珍しい発言。少し酔ってるのかも……。


「みんなで交代して……」

「空き番は、ご主人様の胸を舐めたりするしね」

「平ボス、口の前に胸を持っていくと、無意識に吸ってくれるからな。赤子のように」

「あれ、気持ちいいよねー」

「そうそう」

「うん」


 なんやらわからんが、女子のエロトーク全開になってきたな。


「いやお前ら、それセクハラ……というかもっとアレだろ」

「平くんだってするもん。ぐっすり寝ている私の口の前にヘンな物出して、唇に当てるでしょ」

「そうそう。『ほら、開いて……』とかおねだりして」


 レナが口真似をする。


「私が夢うつつで含むと、すぐ……」

「あーもう、トーク禁止だ。そもそもお前らは──」



「入ってよろしいですか」


 部屋の外から、親父さんの声が聞こえてきた。これまでのように、何人か引き連れて配膳しに来たのだろう。


「はい、どうぞ」


 睨むと、吉野さんがぺろっと舌を出した。


 いやマジ、事前に確認してくれる店で良かったわ。曲がりなりにも自分の娘の事実婚相手なのに、他の「女友達」とそういう行為に日々励んでるとかバレたくはない。


 なんせ相手は料理人だ。包丁なら何十本と持っている。異世界のモンスター戦ならともかく、日本橋のど真ん中で殺されたくはないわ。


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