2-5 ラップちゃんの恋
「もうひとりお嫁さん欲しくない?」
ラップちゃんは、とんでもない提案を口にした。
「お、俺!?」
思わず腰が抜けそうになったわ。いやたしかにラップちゃん、さばさば人格ではあるけど、こんないきなり求婚してくるかあ……普通。てか本人の求婚だよなこれ、友達を紹介してくれるとかじゃなく。
「うん。平さんの聖なる刻印、あたし欲しいな」
かわいらしく、首を傾げてみせる。やっぱりそうか……。
「だって平さん、頼りになるし。今日だってあたしを助けつつもちゃあんとヴェーダにも見せ場を作ってあげたりとか。器が大きい、最高の男だよ」
「だよねー。ボクのご主人様は、世界一だよっ」
俺の胸から、レナが見上げてきた。
「それにご主人様、たくましいからね。毎晩ボクや吉野さんの体を──」むぐーっ
口を塞いでやったわ。いくらサキュバスだからって毎度毎度エロトーク挟むのやめれ。
「まあ平ボスが男の中の男というのは、あたしも認める」
「なにしろあたしの甥っ子甲だからのう」
「天使の母様にも一目置かれていますしね」
「そうそう。お兄ちゃんには、あたしのママ、ママリン博士も狙いを定めてるからね。いずれあの精子で妊娠してやろうと」
タマやサタン、キングーやキラリンも同意してくれて嬉しい。まあ……キラリンの不穏な報告だけはなんとか無視したいが。マリリン博士の魔の手からは、なんとか逃れたい。それにキラリン、マリリンだろ、お前のママは。「ママ」リンとか不吉なニックネーム付けるの止めれ。俺はあのキ○○○博士を孕ませてママにする気はない。
「ほう……」
腕を組んで、ケルクスがにやけた。
「ハイエルフのトリム、それにダークエルフのあたしに続いて、森エルフにも聖なる刻印を刻むのか、平」
「これは凄いね。エルフ全部族、完全制覇じゃん」
トリムも目を見開いている。エルフ女子は好きな男ができると発情し、恋人の唾液や体液を受けることで「聖なる刻印」が発動して生涯、その男のものとなる。身も心も。
「そ……そんなあ……」
ヴェーダががっくり首を折った。
「……と、言いたいところだけどさあ」
ラップちゃんが微笑む。
「平さん、お嫁さん多いし、しばらく順番待ちするわ。それにヴェーダちゃんがあたしを慕ってくれて嬉しいし、ヴェーダちゃんと付き合うよ」
「うひょーっ!」
よせばいいのに、ヴェーダが飛び上がった。と、やっぱり足を踏み外した。
「うひょーーーーぉーーーっ……」
歓喜の声が、火口に消えてゆく。いや落ちながらも喜んでるとか、どんだけだよ。
「……」
瞬時に、エンリルが後を追った。そのままドラゴン形態にトランスフォームして鉤爪で引っ掴む。
「ラップちゃん、それは真か」
「うん」
戻ってきたヴェーダに手を取らせたまま、ラップちゃんは微笑んでいる。なに喜んでるんだよ、ヴェーダ。エンリルがいなかったらお前、今頃死んでるんだぞ、はるか下の火口に叩きつけられて。
「ほら……」ちゅっ
顔を寄せると、ほっぺたに唇を着ける。
「ねっ。……でもキスだけだよ。あたしはもう平さんに発情しかけてるから、ヴェーダちゃんの刻印は受けられないし」
「構わん構わん構わん構わん」
ワンワンワンワン犬っころかよ。首なんかぶんぶん振って。
「齢六十五歳、ついにわしにも青春のひとときが」
腕を突き上げて大喜び。そら嬉しいだろうな。なんたってガキの頃、王都を訪れてきたエルフの姉様を見掛けた晩に精通したって、誰も尋ねてないのに自分からべらべら明かしてたくらいだ。根っからのエルフスキーだし。
「ではさっそく新婚旅行に旅立つとするか皆の者さらばじゃ」
ラップちゃんの腕を引っ掴むと、崖を登ろうとする。
「無理でしょ、ヴェーダ」
タマゴ亭さんに呆れられてる。
「登れるわけない。今、崖から落ちたばかりじゃない、馬鹿ねえ」
「これはしたり。……すみません姫様」
「ここからはキラリン跳躍でヴェーダとラップちゃんを王宮まで戻してやるよ。充分休んでから、新婚旅行だか介護旅行だかに出ればいいじゃないか。それより……」
落ち着かせるため、少し間を取った。
「それよりヴェーダ。俺達、ちょっかい出してくる邪神って奴に困っててさ。対策検討中なんだ。腐っても王立図書館長のお前だ。情報は王国一、持ってるだろ」
「失礼なことを言うな、平殿。わしは世界一じゃ」
なぜかラップちゃんの顔を見ながら言い張る。はいはい。かっこつけたいわけね。それでいいよもう。情報さえもらえたら。
「邪神について、知っておることを全部伝えよう、平殿。それに……王宮に戻ったら、図書館の稀覯本室から関連書物を出してきてやる。好きなだけ持っていけ。古代エルフ語だがなに、読めるじゃろ。トリムちゃんとケルクスちゃんがおれば」
ひと呼吸置くと、続けた。
「そもそも邪神とはのう……」
ヴェーダの話は、長く続いた。